ビルメンテナンス企業・裕生はノーコードツールを利用して現場DXを進め、ノーコード推進協会主催「第一回日本ノーコード大賞」で優秀賞を受賞した。その取り組みを主導したのは、プログラミング経験のない経営者だ。

2月27日に開催された「TECH+セミナー ビルメンテナンス 2025 Feb. デジタル化による業務効率化戦略」で、同社 代表取締役社長の根本将氏が登壇。講演の前半では裕生のDXの詳細を語り、後半では日本マイクロソフト 業務執行役員 エバンジェリストの西脇資哲氏と対談し、これまでの取り組みを振り返った。

  • (左から)日本マイクロソフト 業務執行役員 エバンジェリストの西脇資哲氏、裕生 代表取締役社長の根本将氏

協会の通達を機に、DXに着手

裕生は1952年創業、ビル管理、警備、清掃などの事業を展開している。従業員520名を有する中規模企業だ。

根本氏によると、DXに踏み出すきっかけになったのは、2021年10月の全国ビルメンテナンス協会からの通達だったという。健康観察アプリなどを活用し、従業員の健康状態を把握するなどのDXを進めることを推奨する発令が出されたのだ。

しかし、当時の同社の状態は「DXへの意識が低く、重要だと認識しながらも誰も何も始めない『スタートアップ以前』の状態だった」と根本氏は振り返る。

当時専務を務めていた根本氏は、DXは難解であり、座学から始めると挫折すると考えた。そこで「とにかく何か始めよう」と、アステリアが提供するノーコードモバイルアプリ作成ツール「Platio」を導入。当時の自社の状態から、エンジンをかける前の「イグニッション(点火)プログラム」と名付けた。

使いやすく・分かりやすく・続けやすくが鍵

Platioには100種類以上のテンプレートがある。根本氏はこれを活用してアプリ作成を始めた。例えば、検温レポートのテンプレートを使って作成したアプリでは、検温に加えてPCR/抗原検査結果の共有、健康報告機能も追加。これにより、検温だけでなく、従業員の幅広い健康対策に役立つアプリとなった。

アプリ作成にあたって心がけたことは「使いやすく・分かりやすく・続けやすく」である。

「使いやすく」するため、必要項目を絞り、最小限の入力で報告できるようにすることを徹底。「分かりやすく」するため、Platioの一覧表示機能を活用し、必要な情報を一目で確認できるようにした。「続けやすく」するために、10秒で入力が完了するようにする、ワンタップ操作を多くしてストレスを軽減させるといった工夫をした。

  • 検温アプリの実際の画面

その結果、先述の検温アプリでは、従業員の報告率は目標だった95%を上回る97.4%を達成した。さらにこのアプリにはその後、「震災時用」項目も追加したという。震災時は電話が繋がりにくくてもパケット通信は比較的繋がりやすい。そこで、アプリから怪我や建物被害などの最低限の被災報告ができるようにした。すなわち、BCP対策である。シミュレーションテストを実施したところ、1回目は24時間以内の報告率が76%、3回目には90%まで向上したそうだ。

RPGのようにレベルアップし、困難を克服

イグニションプログラムからスタートした裕生のDXは少しずつ社内に浸透し、根本氏のもとに、現場からアプリ作成依頼が来るようになったという。依頼に応じて作成したものの1つが社有車管理とアルコールチェックのためのアプリだ。

つくば営業所のメンバーから社有車日報が面倒だという相談を受け、アルコールチェック法令強化に合わせてアプリを作成することにした。それまではExcelで手動入力していた業務だ。アプリは、運転者名や日時は自動入力とし、使いやすさを意識。重要な項目は入力をすると、項目の背景色が変わり、完了したことが分かりやすい。また、出発時と帰着時のメーターの画像を取り込み、走行距離を自動計算できるようにした。これは、不正防止にも役立てているという。

  • 社有車管理兼アルコールチェックアプリの実際の画面

現場から具体的な依頼があったことついて根本氏は「分かりやすいアプリを毎日使ってもらうことで、従業員のDXへの意識が変わったのかもしれない。そう思うと嬉しかった」とほほ笑んだ。

このように裕生のDXは根本氏が主導するかたちで進められた。その経験を振り返り、同氏は「まずはノーコードプラットフォームを使うこと、DXをやらせるのではなく、一緒に取り組むことがポイントだった」と話す一方、「DXがビジネスに直結できていない、マネタイズできていないという課題もある」とした。

「ノーコードDXはロールプレイングゲームに似ています。1人でもチームでも取り組め、レベルアップすることで困難に立ち向かえるようになるのです。もちろん、DX自体が目的ではなく、業務改善・効率化・利益増が本来の目的。重要なのはDではなく、Xです」(根本氏)

ノーコードツールでの変革が「楽しい」

講演の後半は西脇氏との対談となった。西脇氏が社長自らDXに取り組んだ理由をたずねると、根本氏は「変革にはボトムアップかトップダウンしかない。このスピードで変化するには、まずトップダウンで進めるしかなかった」と答えた。これに対し、西脇氏は「変化が難しい業界で会社のカルチャーを変えていくためには、まずはトップダウンがいい」と同意した。

「プログラミング経験はない」という根本氏はノーコードツールについて「不安だったが、想像以上に簡単につくれた」と高く評価。西脇氏からどのように学んだのかを問われると、「勉強というよりは、トライアンドエラー」だとしたうえで、「変革のアイデアがアプリとして実現されると、達成感がある。感動するし、何より楽しい」と続けた。

根本氏は忙しいなかでもアプリづくりを進められたポイントとして、「1日何時間もかけるのではなく、今日は1時間だけやってみようという感じで取り組んだ」ことを明かした。

「時間内でアプリをつくり終わらなかったとしても、その日は止める。そして、通勤中などふとしたときに考えたアイデアを翌日に反映させるといったことを繰り返しながら進めました」(根本氏)

「ちょっとやってみるというスモールスタートができるのはノーコードツールならではです。システム開発の専門家は高機能にしがちですが、ノーコードなら現場が自分たちの使い勝手を重視したアプリを開発できます」(西脇氏)

講演の最後に西脇氏は、根本氏が中心となって進めた裕生のDXについて、「経営者には課題と危機感がある。その危機感を原動力に、課題を変えていくのが経営であり、それを支えるのがDX」と話し、その取り組みを称えた。