宝ホールディングス社長・木村睦の世界市場開拓論「日本食材だけではなく、日本の食文化を世界へ」

和酒が祖業である宝ホールディングスの意外な稼ぎ頭とは

 酒造会社が食材卸で稼いでいるー。京都発祥の焼酎・清酒・みりんなどを手掛ける国内最大手和酒メーカーの宝酒造。

 同社は1984年に国内初の缶入りチューハイ『タカラcanチューハイ』を発売しパイオニアとして市場を開拓。昨今、缶チューハイの市場では、健康志向の高まりによる糖質ゼロといった機能面や、食事に合う甘くない味わいが求められるようになり、同社はいち早くニーズを捉え「焼酎ハイボール」を開発するなど他社との差別化をはかってきた。清酒『松竹梅』、スパークリング日本酒『澪』、『極上宝焼酎』、『タカラ本みりん』などが同社の代表商品で、一般的には酒造メーカーのイメージが強いが、いまグループの稼ぎ頭は海外での食材卸事業だ。

 2025年3月期は、売上高で3620億円、営業利益で257億円を見込んでおり、海外売上高比率は約57%。海外日本食材卸事業は全体の4割を占めている。なぜ海外で食材卸事業が成長したのか?

 同社の海外事業の歴史は長い。1951年に清酒『松竹梅』を海外輸出したことから始まり、1983年にTakara Sake USA Inc.(米国宝酒造)を設立して現地の米と水を使い『松竹梅』の製造販売を開始した。製造拠点の米カリフォルニア州バークレーは、シエラネバダ山脈の豊かな水、酒造りに適したカルローズ米の生産地という環境に恵まれ、現地産の清酒ということで比較的米国の人々にも受け入れられてきた。

 しかし、米国では1970年代に健康志向の高まりから始まった寿司ブームがあったものの、寿司に合わせられるのはビールやワインが一般的だった。

「寿司をはじめとする日本食の普及はものすごいスピードで広まったが、それと比べて和酒の普及は遅いという状況を目の当たりにしていた。そこで、酒だけにとらわれず長期的な視点で"日本食のビジネス"を手掛けることで、最終的に和酒の拡大にもつなげていけるのではと考え、卸事業に参入したのです」と話す宝HD社長の木村睦氏。

 そうして本格的に世界に目を向けるようになった同社は、2010年のフーデックス社(仏)から、海外に展開する日本食材卸会社のグループ化に乗り出し、英国、スペイン、ポルトガル、米国、豪州へと進出。現在では、欧州で12カ国、米国で13拠点を展開する。

 23年度時点欧州では同社がシェア首位だが、米国においてはキッコーマングループのJFCと西本ウィズメタックホールディングスが上位を占めており、同社は3位の位置。上位2社とは拠点数で大きく差があり、そこを増やすことが喫緊の課題として追い上げをはかっている。

日本食人気は 10年前から

「和食のもつ健康的なイメージ、機能性に注目が集まり食事とともに酒類も広まってきた。M&Aした会社も、市場拡大を目指しており一緒に未開拓地を開拓してきた」と木村氏。2013年に「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録されこれをきっかけに和食の普及は世界に急速に普及。欧州では2015年ミラノ万博開催というタイミングも相まって和食に注目が集まり、需要も拡大していった。

 外務省の調べによると、2023年の海外における日本食レストランは18.7万店で、2013年のユネスコ登録から10年間で3.4倍に拡大。需要増により日本食レストラン開店を志す者も増加している。同社は食品以外にも、開店に必要な調理器具、食器、のれんなどすべてのアイテムを揃えることで、飲食店向け卸事業を拡大してきた。

「コロナ禍においては職場のランチをサンドイッチで済ませていた人が、同じ片手で食べられる寿司テイクアウトという選択肢が増えたことで、和食需要がさらに高まったように感じる」と木村氏は続ける。

 2024年のインバウンドは3400万人を超える勢いで、その来日目的1位は「日本食を食べること」(観光庁調査)で、全体の8割を超えている。その和食人気を支えているのは、10年以上前からの海外各国での和食文化の普及ともいえる。

 同グループでは、日本食材卸事業や酒の製造販売以外に、日本食文化普及にも注力。和食料理人や和酒のプロを育成する学校を運営。また、「SAKE SCHOOL OF AMERICA」では、日本酒や焼酎のアドバイザー、日本酒ソムリエなど6コースがあり、2023年度は約400名が受講している。日本食レストランを立ち上げる卒業生も多い。

 米国宝酒造の工場内にある清酒の資料館「SAKE MUSEUM」には年間約1万人が来訪し、酒造りの歴史や文化に対する米国の人々の高い関心が窺える。

 2024年12月5日には日本の「伝統的酒造り」がユネスコの無形文化遺産に登録された。麹菌を使った酒である日本酒、本格焼酎・泡盛、本みりんが対象となる。このことを契機に和酒を含む日本食人気はさらに過熱していくのだろうか。

「そのことは追い風だが、まだ世界視点で見ると和酒の割合は低い。国内事業を展開する宝酒造の技術力と品質力、強いブランド力があってこその海外展開だと思っている。今後もグループ全体のネットワークを通じ日本食文化の世界浸透に注力していきたい」と木村氏。2024年10月には、東京豊洲市場内の鮮魚卸売業者の築地太田を買収し、日本産の高品質な鮮魚を全米に展開していく予定で、今後も同グループは積極的に海外でM&Aを進めていく方針。全世界に日本食文化の浸透をはかることで、インバウンドを呼び込む重要な役割を担うことになるだろう。