「いやあ、この渋滞状況だと、あと2時間くらいはかかりそうですね」ーー。報道関係者を運ぶバスの中で、現地のガイドがぼやいた。
1月21日。ベトナム最大の都市で経済の中心地であるホーチミン。朝の通勤ラッシュの影響で主要道路の交通量が異常に多い。バスの窓から道路を見渡すと、数え切れないほどの2輪車がせわしなく走る。1週間後に迎える旧正月「テト」を祝うムードも街中に漂っている。
2025年1月からベトナム全土の交通ルールが厳格化され、信号無視や歩道走行といった違反に対する罰金が増額し従来の約5倍以上になった。跳ね上がった罰金を恐れ、ルールを守る人が増えたこともこの渋滞につながっているだろうとガイドは説明する。“無法地帯”ではなくなったのは素晴らしいことだが、以前なら1時間以内で到着したはずの目的地までなかなかたどり着かない……。
「電材」が創業の原点、あの会社の工場に潜入
向かっている目的地は、ホーチミン市から北に約50㎞離れたビンズオン省にある工業団地。照明のスイッチやコンセント、ブレーカといったパナソニック創業の原点である電設資材(電材)の工場がそこにある。
同社は成長領域の1つとして海外電材事業を掲げており、ベトナムは重点国のうちの1つだ。2014年にベトナム工場で配線器具の生産を開始し、大規模な設備投資や販売網の拡大を通じて、2023年時点でシェア首位(約5割)を築き上げた。
2024年1月には既存工場の敷地内に新棟を13億円投じて建設。コンセントなどの配線器具やブレーカの生産を強化し、現在の月900万台から最大で8割増となる月1600万台とする計画を掲げている。また2022年度に42%だった自動化率を2025年度には90%まで高め、コスト競争力を磨く。
「ベトナム事業においては、配線で“断トツシェア獲得”を目指す」ーー。電材事業を手掛けるパナソニック エレクトリックワークス社 電材&くらしエネルギー事業部 電設資材ビジネスユニット 戦略企画統括の松本亮氏はこう語る。パナソニック創業の原点“電材”をベトナム全土にさらに浸透させる狙いがある。
安定的な成長で今後も期待ができ、若き人材も豊富なベトナム。金型から部品づくり、組立までを一貫して生産するパナソニックのベトナム工場に潜入した。
日本で培った技術とノウハウをベトナムへ
ホーチミン市から大型バスを走らせること2時間強。目的地である工業団地「VSIP(ベトナム・シンガポール工業団地)」に到着した。VSIPは、1996年にシンガポールとベトナムの共同で設立された会社が開発を開始した工業団地だ。
ビンズオン省には国内最大規模の工業団地が広がる。同省は1990年代より外資企業を多く受け入れており、2020年時点で29の工業団地がある。これまで日本からビンズオン省への累積投資件数は325件、総額57億3200万ドル(2021年3月時点)の投資が行われており、パナソニックのほか、ヤクルトやシャープ、日清食品といった大手日系企業が製造拠点を構えている。
ベトナムで電材事業を展開するパナソニック エレクトリックワークス ベトナム(PEWVN社)は2013年1月に設立し、2014年4月に操業を開始。ビンズオン工場には新棟を含め3つの棟があり、建物の延床面積は2万8240㎡と標準的なサッカーグラウンド約4個分の広さだ。2024年11月時点で約1000人の従業員が勤務し、主に配線器具とブレーカを製造している。
2023年度の売上高は222億円で、そのうち121億円と半数以上の売上を占めるのが配線器具やブレーカなどの電材だ。2030年には電材で現状の約1.6倍に当たる176億円のベトナム国内販売を目指す。
PEWVN社 社長の坂部正司氏は「日本品質を担保しながらベトナムに合わせた商品を拡充している。日本で培った技術とノウハウをベトナムに伝え、『一貫生産』による高品質で高効率なものづくりを追求している」と説明する。
製造ラインの自動化90%へ、現地で商品開発も
パナソニックのベトナム工場には、日本から引き継いだ生産技術があった。それでは、工場内部の一部を写真でお届けしよう。
まずは配線器具の製造ラインから。入って驚くのがほとんどの製造ラインが無人化していること。金属加工から成型加工、組み立てまでほぼ自動化されており、梱包や出荷作業以外は機械化している。
「良い商品は良い部品から。良い部品は良い金型から。精度の高い金型や設備、新規商品の開発をベトナム現地で行っている。ばらつきが少ないパナソニック独自の加工技術により、高効率で安定している生産を実現している」と、工場長の内藤吉洋氏は胸を張る。
配線器具における現在の自動化率は約80%で、2025年度には90%まで高める予定。商品用の部品だけでなく、設備や金型の内製化も進め、「圧倒的なコスト力の実現につなげる」(坂部氏)考えだ。
一方、主に日本向けのブレーカを生産する新棟の製造ラインには人の姿が目立つ。ブレーカは配線器具に比べて部品が多く、組み立てが複雑で自動化が難しい。そのため、専任トレーナーによる育成や映像などを活用した研修を受けた、ものづくりの仕組みを理解している従業員が組み立てを担当する。「ベトナム人は手先が器用で勤勉だ」(坂部氏)という。
商品開発と品質評価の機能も日本から移管している。日本のマザー工場の技能者が現地で指導しており、ベトナム市場に適した製品をパナソニックの品質基準を満たす高いレベルで、短期間で開発する。
企画から設計、評価、審査までの機能を移管し、商品開発のリードタイムを約40%減らす目標を掲げている。実現に向け、新棟の建設に合わせ26台の評価設備を導入し、15人の開発人員へ増強したという。
コンセントやスイッチは日本では白色系が多いが、現地の好みに合うゴールドなどの配色やさまざまなデザインの品ぞろえを充実させているのも特徴だ。生産品目を足元の250~300品から増加させる方針で、多品種生産を目指す。現在は輸入販売している商品も、今後はベトナム工場で内製化する方針だ。
また、現地の従業員が健康に働くために、福利厚生にも力を入れている。工場の目の前にはサッカーコートがあり、定期的にスポーツイベントを開催。工場長自らも参加し、従業員との距離を近づけている。また、無料で食事を提供する食堂もある。
ベトナムから東南アジア諸国へ輸出、安価な中国製に対抗
ベトナム工場で生産された電材商品は、ベトナム全土に届けられる。現地の販売代理店であるNanoco(ナノコ)グループと協業し、安定した供給体制を構築。ベトナム全土に21倉庫体制で全57省と6直轄市をカバーしており「約1800㎞にもおよぶ北部ハノイ市近郊から南部ホーチミン市近郊まで強固な販売・物流網を構築している」(坂部氏)という。基本的に1日でどこでも商品を届けられる。
ベトナム工場の視察後、“ホーチミンの秋葉原”とも言える電材街「グェンキム(Nguyen Kim)通り」付近を散策した。年間で約1億2300万円分のパナソニック商材を販売するという「グェンザン(Nguyen giang)」の店主は、「ホーチミン市では値段より品質や品揃えを重視するお客さんが多い。『パナソニック=高級』というイメージは強いが、多くの人がパナソニックの商品を選んでいる」と教えてくれた。
パナソニックは今後、ベトナム現地における配線器具の地産地消を強化するだけでなく、東南アジア諸国への輸出も進める。2025年度にもカンボジアへ進出し、将来的にはラオスといった他の東南アジア諸国にも展開する考えだ。加えて、IoT(モノのインターネット)商材といった新たな事業の柱も確立し、事業拡大を図る。
同社が事業拡大を急ぐ背景には、中国メーカーの台頭がある。中国製の強みは安さだ。パナソニック製に比べ2割ほど安く、アジア・中東各地で勢力を広げている。フィリピンにおける配線器具のシェアは首位から3位に転落してしまった。松本氏は「商品力は負けていないが、中国メーカーの勢いは想定を上回っている」と危機感を抱く。
日本品質を担保しながら圧倒的なコスト力の実現を目指すパナソニック。東南アジア市場で中国勢の攻勢を抑え込むことができるだろうか。今後の動向に注目したい。