照明のスイッチやコンセント、ブレーカ、電線管などの電気設備資材(電材)は、私たちの暮らしに欠かすことができないものだ。“安全で便利な電気”が使えることは、決して当たり前のことではない。

電球に取り付ける小さなアタッチメントプラグの製造を創業の原点として持つパナソニックは、電材分野において国内シェア1位(約8割)を誇っている。海外でも100カ国以上に展開しており、台湾やベトナム、インド、タイ、インドネシア、トルコなどでトップシェアを持っている。世界全体だと現在のシェアは2位だ。

  • 電設資材を製造するパナソニックのベトナム工場(ビンズオン省)

    電設資材を製造するパナソニックのベトナム工場(ビンズオン省)

日本で培った高品質で高効率な生産技術を世界に伝搬し、故松下幸之助氏の『どの家庭にもあまねく安全で便利な電気のインフラを』という創業時の想いを世界中に広げている。2030年には世界でもシェア首位になることを目指す。

特に市場成長性の高いインド・トルコ・ベトナムの3カ国を重点国と位置付ける。重点3カ国を核に、欧州や東アフリカ、東南アジアなど周辺地域へ販売領域を拡大していく考えだ。

今回、パナソニックのベトナム事業環境について現地で取材する機会を得た。2023年時点で人口が1億人を超え、アジアの中でも3番目の規模を誇るベトナム。パナソニックは経済成長の勢いが増す同国で、どのようなビジョンを描いているのだろうか。約30年におよぶベトナムでの電材事業の歴史と、今後の戦略について解説する。

  • パナソニックの製品を扱うベトナムの電材街

    パナソニックの製品を扱うベトナムの電材街

“稼ぎ頭”の電設資材、ベトナム市場で断トツシェアへ

パナソニックグループで、電材事業を手掛けるのはエレクトリックワークス社(EW社)だ。EW社は、パナソニック ホールディングス(HD)傘下で家電などを手掛けるパナソニックの社内カンパニーで、電材事業のほかに照明やソリューション事業なども手掛けている。

パナソニック創業の原点となる電材事業は、今でもなおグループ全体における「稼ぎ頭」だ。プラスチックや金属の加工が主な電材ビジネスは決して“きらびやか”とはいえないが、高い市場シェアを保ってきたからこそ、高い利益水準を維持し続けている。

  • パナソニック エレクトリックワークス社は電設資材事業などを手掛ける

    パナソニック エレクトリックワークス社は電設資材事業などを手掛ける

EW社の堅調ぶりは通期決算をみれば一目瞭然だ。パナソニックHDの売上高は2024年3月期で8兆4964億円、営業利益は3610億円だった。同期におけるEW社の売上高は1兆486億円、営業利益は645億円と、全社売上の約12%、全社利益の約17%を稼いでおり、屋台骨の1つといえるだろう。

1月21日にベトナム現地で開かれたEW社の事業戦略説明会で、電材&くらしエネルギー事業部 電設資材ビジネスユニット 戦略企画統括の松本亮氏は「EW社はパナソニックグループに対して大きく貢献している会社だ。開発・製造・販路拡大まで一貫して自社で行っており、暮らしのインフラを支える電気設備の領域において事業を成長させてきた」と胸を張った。

  • パナソニック エレクトリックワークス社 電材&くらしエネルギー事業部 電設資材ビジネスユニット 戦略企画統括 松本亮氏

    パナソニック エレクトリックワークス社 電材&くらしエネルギー事業部 電設資材ビジネスユニット 戦略企画統括 松本亮氏

アジア諸国での新築需要の高まりを背景に、海外電材事業の業績も着実に伸びている。先に述べた重点3カ国の2018~2023年度における名目GDP(国内総生産)成長率は5.9%と極めて高いが、同期間におけるEW社の海外電材売上成長率(配線)は7.8%と、それを上回る売上成長を実現している。

現地の電材メーカー買収や大規模な設備投資などが高成長の要因の1つだという。2003年にインドのアンカー、2013年にトルコのヴィコという現地の電材メーカーを買収し、各国でのシェアを伸ばしてきた。

ベトナムでは現地電材メーカーの買収はしていないが、2014年にベトナム工場で生産を開始。大規模な設備投資や販売網の拡大を通じて、2023年時点でシェア首位(約5割)を築き上げた。

  • パナソニックが掲げる海外電材の中長期戦略

    パナソニックが掲げる海外電材の中長期戦略

そして同社は、海外電材の中長期戦略として、重点3カ国を核に、周辺地域へ販売領域を拡大している。海外拠点で生産した電材を周辺地域へ積極的に輸出していく考えだ。インドからは南アジア・中東・東アフリカ、トルコからは欧州・北アフリカ・CIS(独立国家共同体)、そしてベトナムからは東南アジアへ貢献領域を広げる。

「ベトナム事業においては、配線で“断トツシェア獲得”を目指す。ブレーカについても事業盤石化を進め、地産地消に加え、ASEAN新興国向けに展開していく」ーー。松本氏はベトナムにおける電材事業の中長期戦略をこう説明した。

  • 配線器具事業のグローバルシェア(パナソニック調査)

    配線器具事業のグローバルシェア(パナソニック調査)

ベトナムにおけるパナソニックの歴史

ベトナムにおけるパナソニックグループの歴史は長い。電材事業のほかにも、冷蔵庫や洗濯機といった家電製品、車載用デバイスや電話など、日・ベトナム外交関係樹立より先駆けてさまざまな事業を展開してきた。

製造だけでなく、開発や販売に特化した事業会社も設立しており、2021年で事業進出50周年を迎えた。2024年4月末現在、電材事業のパナソニック エレクトリックワークス ベトナム(PEWVN社)を含む6社・約6800人の従業員で事業を展開している。

1月21日の説明会に登壇したPEWVN社 社長の坂部正司氏は「電気、明かり、空気・水といったインフラに価値を与えるメーカーとして、最適な商品で、より良い健康なくらしを提供している。日本品質を担保しながら現地に合わせた商品を拡充している」と説明した。

  • パナソニック エレクトリックワークス ベトナム 社長 坂部正司氏

    パナソニック エレクトリックワークス ベトナム 社長 坂部正司氏

配線器具の販売は1994年に開始。そして、現地法人としてPEWVN社を2013年1月に設立し、2014年4月に操業を開始した。2024年12月末の従業員数は1570人を超え、ホーチミン市の東部に位置するビンズオン省に、製造拠点を2つ構えている。電材や照明、ファンなどを中心に「製造・販売一体経営の会社」として、ベトナム市場で事業を展開してきた。

2023年度の売上高は222億円で、そのうち121億円と半数以上の売上を占めるのが配線器具やブレーカなどの電材だ。日本基準の高い品質と適正価格により販売実績を積み上げてきた。また2024年1月、ベトナムに増設した配線器具の工場の稼働を本格的に開始。既存工場の敷地内に新棟を13億円投じて建設し、コンセントなどの配線器具やブレーカの生産を強化している。

  • 2024年1月に本格稼働したビンズオン工場の新棟

    2024年1月に本格稼働したビンズオン工場の新棟

安定した供給体制を構築していることも、PEWVN社が急成長を遂げている要因の1つだ。ベトナム現地の販売代理店であるNanoco(ナノコ)グループと協業し、ベトナム全土に21倉庫体制で全57省と6直轄市をカバーしている。「約1800㎞にもおよぶ北部ハノイ市近郊から南部ホーチミン市近郊まで強固な販売・物流網を構築しており、他社との差別化を図っている。基本的に1日でどこでも商品を届けられる」(坂部氏)

なぜベトナム市場を重視するのか、「1970年代の日本と重なる」

パナソニックがベトナムで事業拡大を目指す理由、つまりベトナムの優位性は大きく分けて2つある。

1つは、安定的な成長で今後も期待ができ、若い人材も豊富だということ。

ベトナムは外国からの侵略や戦争、紛争が長く続いた歴史を持つ。南北ベトナムが統一されて、ベトナム社会主義共和国が成立したのは1976年のこと。そして、ベトナム経済の転換期となったのは1986年のドイモイ(刷新)政策だ。

同政策により、農業から工業やサービス業への移行が進み、外国資本の導入が促進された。2000年前後から民間資本の自由化を本格的に推進し、規制緩和を行わない市場経済型の発展が進んだ。2023年現在、パナソニックのほか、トヨタやホンダ、富士通、ロート製薬、花王、ユニクロなど幅広いカテゴリの日系企業約2500社が進出している(ジェトロ調査)。

  • 現在のベトナム経済と1970年代の日本経済は類似点が多い

    現在のベトナム経済と1970年代の日本経済は類似点が多い

ベトナムは新興アジア諸国の中でもGDP成長率が安定的に推移しており、2023年時点における1人当たりGDPは4000ドルを超えた。高度経済成長期だった1970年代の日本のGDP水準にある。また、日本国民の平均年齢48.4歳に比べ、ベトナムの平均年齢は33歳と若く、2019年の労働人口は約7割を占める。GDP同様、現在のベトナムの人口ピラミッドは、1970年代の日本の人口ピラミッドと酷似している。

「現在のベトナム経済は、高度経済成長期だった1970年代の日本経済と類似点が多い。安定成長しており、グローバル化が加速している。高速道路や地下鉄など、交通インフラの構築も進んでおり、ベトナムの市場規模と成長性が大きな魅力だ」と坂部氏は述べた。

また、坂部氏はベトナムの国民性について「手先が器用で勤勉でまじめ。向上心や独立心が強く起業家としての夢を持っている人が多い。そして親日的で製造業に向いている」と捉えている。平均賃金はアジア主要国比で3~4割ほど安く、賃金上昇は経済成長に比べるとやや緩やかで、人件費の安さも魅力的に映る。

  • ビンズオン工場では、金型から部品づくり、組立までを一貫して生産している

    ビンズオン工場では、金型から部品づくり、組立までを一貫して生産している

もう1つの理由が、ベトナムにはASEAN随一の地理的優位性があるからだ。ベトナムは中国・東南アジアの中心に位置しており、周辺地域へのアクセスが容易だ。また、ベトナム東部は太平洋に面しており、都市の近くに空港を持っているなど、陸路以外に海路や空路も活用できる。

加えて、グローバルな経済連携にも積極的にコミットしており、RCEP(東アジア地域包括的経済連携)やAEC(ASEAN経済共同体)、TPP(環太平洋パートナーシップ)など、15のFTA(自由貿易協定)を締結しており、輸出拠点としての魅力も大きい。「製造業に適している拠点だ」(坂部氏)

生産量と自動化率を向上、ラオスやカンボジアにも展開へ

ベトナム市場において、配線器具やブレーカの圧倒的シェアを狙うパナソニックグループ。今後は、配線器具の地産地消をベースにカンボジアやラオスといった近隣国への輸出を強化し、利益を伴う事業成長を目指す。

「ベトナムの今と未来にわたって最適な商品でより良い健康な暮らしを提供していく。2030年には電材のベトナム国内販売で170億円超を目指す。2025年度に配線事業でカンボジアに進出し、将来的には他の東南アジア諸国にも展開していく」と坂部氏は説明した。

この目標達成に向け、同社はビンズオン工場における生産能力の向上と自動化・内製化を急ピッチで進めている。2024年1月に新棟を本格稼働したことで、特に配線器具の生産能力を向上させており、2030年までに2023年比で生産量を8割増強する考えだ。

加えて、2022年に42%だった配線器具生産の自動化率を2025年には90%まで引き上げ、コスト競争力を磨く。同時に新商品開発の現地化も進め、ベトナムのニーズに適合した新商品を早期に継続して創出できるようにしていく。

  • ビンズオン工場において生産能力と自動化率を高めていく(WD:配線器具)

    ビンズオン工場において生産能力と自動化率を高めていく(WD:配線器具)

「今後はMCCB(集合住宅などで使用する大容量ブレーカ)など、配線を中心としながらさまざまなな商材へ展開していく。日本企業との協業で新規事業創出も進め、ベトナムにおける電材のシェア率を日本と同等のものにしていく」(坂部氏)

パナソニック創業の原点である電材。『どの家庭にもあまねく安全で便利な電気のインフラを』という故松下幸之助氏の想いは、ベトナム国内にも広く浸透しつつある。