大和証券グループでは、顧客の資産価値最大化とビジネスモデルの変革を目指して、全社的なデジタルの活用を推進している。とりわけデジタルIT人材の育成を重要視。2019年から「デジタルITマスター認定制度」という育成プログラムを導入しており、認定された人材の主導によりサービスが実用化されるなど、具体的な成果も上がっている。

11月26日~27日に開催された「ビジネス・フォーラム事務局×TECH+ EXPO 2024 Nov. for Leaders DX FRONTLINE いま何を変革するのか」に、大和証券グループ本社 デジタル推進部長の植田信生氏が登壇し、同社のデジタル推進の取り組みについて説明した。

将来のIT人材不足に備えて認定制度を導入

講演冒頭で植田氏は、2018年から現在までの同社のデジタル戦略の歩みを紹介した。

まず2018年からDX 1.0にあたるデジタル化に取り組み、業務時間の約3割の削減に成功した。2021年からはDX 2.0のデジタライゼーションに着手。申込書類の電子応対システムを開発し、APIやワークフローシステムの活用により事務処理時間を大幅に短縮したほか、全社的なデータ活用推進のために「データ駆動推進業議会」を設置してデジタルマーケティングにも取り組み始めた。そして2024年以降がDX 3.0で、AIやWeb 3.0などの最新デジタル技術の活用を推進している。

  • 大和証券グループのデジタル戦略

2018年からのDX1.0のデジタル施策によって、業務効率化などの成果は上がったが、次の10年で起きるであろう変化を考えると、AIやビッグデータなどの先端技術を扱える高度IT人材の確保が課題になった。そこで2019年から導入したのが「デジタルITマスター認定制度」だ。単なる「システム人材」ではなく、「デジタル技術を活用してビジネスを変革できるデジタルIT人材」を育成していくための制度である。応募者の中から候補者を選抜し、DX推進コースとAIデータサイエンスコースに分け、それぞれ約半年間の基礎研修プログラムを実施。その後各自の所属部門の課題解決に取り組む実践的なOJTを約2年行い、一定基準を満たせば「デジタルITマスター」として認定される。現在までに約200名の認定者がいるという。

植田氏が「走りながら考えるアプローチ」と言うように、先にレベル2までを設計してスピーディーに研修プログラムを開始しつつ、その間にレベル3以降の上位プログラムを用意した。研修プログラムの内容や支援体制は、受講生の反応や各部門の意見を取り入れながら改善を重ねている。

  • デジタルITマスター認定制度の概要

全社的なデジタル活用を後押しするデジタル推進部

こうして育成した人材との連携の強化や、案件拡大、成果創出などを目的として、2023年にはデジタル推進部を設置した。デジタル推進部の主な役割は3点、先端デジタル技術に関する知見の蓄積、デジタルIT人材の育成、そして各部門のビジネス展開の支援だ。

知見蓄積については、2021年に設置したものの成果があまり上がっていなかったCoE(Center of Excellence)の機能をデジタル推進部に移管し、専門家集団として最新技術の調査、検証、導入を担うこととした。社外の専門家も招いて技術の進化に対応できる体制をとり、蓄積された知見を全社に展開している。

人材の育成については、デジタルITマスター認定制度のほかに、全社員向けの「ダイワデジタルカレッジ」を開講し、DXリテラシー、情報分析、クリティカルシンキングなどのスキルを選択して学べる環境を整備した。会社全体のデジタルリテラシーを向上させるとともに、それぞれの社員が自らの業務に必要なシステムやツールをしっかりと活用できるようになることを目的としている。

また、各部門のデジタル案件のサポートのため、デジタルITマスター認定者のうちの一定数を、専任または兼任でデジタル推進部に配置することにした。

「デジタル推進部が発足して約1年、期待以上の効果が出ていると感じています。メンバーには、失敗を恐れずスピード重視で新しい取り組みを進めるように伝えています」(植田氏)

  • デジタル推進部を2023年10月に新設

生成AIを活用したサービスもすでに実用化

生成AIの活用も推進している。新たなデジタル技術をまず全員に使ってもらうことが重要だと考え、当時金融機関としては先駆けて、2023年4月からChatGPTを導入して大和証券全社員が利用できるようにした。現在ではGPT4-o、OpenAI o1、Claude 3.5を導入し、コーディングの補助、翻訳、文章作成、要約などに多く利用されているそうだ。

生成AIには意図せず公平性や安全を毀損してしまうリスクもあるため2023年6月には「大和証券グループ AIガバナンス指針」を策定するとともに「グループAIガバナンス委員会」を設置し、検討事項や疑義などが生じた場合に議論できる場を設けた。

実際に顧客向けのサービスとして実用化された一例が、2024年10月にスタートした「AIオペレーターサービス」だ。資産形成に関心を持つ顧客が増え、問い合わせ増加に対応するもので、マーケット情報から事務手続きに関する内容まで、AIが音声による会話形式で応対する。顧客からAIオペレーター専用番号に電話がかかると、それをテレフォニーシステムで音声認識し、AIオペレーターサービスが問い合わせ内容を振り分ける。そしてRAGやAPIによってFAQやデータベースを参照して回答を生成し、テレフォニーシステムが音声で回答を伝えるという仕組みになっている。

生成AIを活用したサービス提供においては、ハルシネーションや誤答が課題となる。その対策として、例えば問い合わせの範囲を超えるなど回答できない質問については、人間のオペレーターに電話をつなぐ。応対ログはリアルタイムで人間のオペレーターに連携しているので、顧客は最初から質問し直す必要はない。さらにAIの応対結果はモニタリングツールで人間がチェックしており、万一の誤回答の際には人間のオペレーターがフォローするようにしている。

「課題を生成AIの技術だけでカバーするのではなく、運用面での対策を組み合わせることで、生成AIのサービスをより早く、より安心してご利用いただけると考えています」(植田氏)

  • AIオペレーターサービスの開始

デジタルITマスター認定者が主導することでスピーディーに実現したサービスは他にもある。会議の音声データから議事録を自動生成する社内向けアプリや、同社グループ企業のFintertechで導入した、外部企業と共同開発したアバターを活用するAIオペレーターの「KOTO」がその例だ。

「これらはアイデアから実際にかたちになる過程を社内に示すことができ、社内のビジネス変革の意識改革にも重要な役割を果たしています」(植田氏)

カルチャーの醸成も重要

最後に、植田氏はデジタルカルチャーの醸成について触れた。デジタル戦略を進めていくためには、そのカルチャー醸成が重要だ。そのためには、トップのコミットメント、外部の知見の活用、デジタル人材育成のしっかりとしたプログラムが重要だと言う。トップがデジタルの重要性について社内外へ継続したメッセージを発信、外部から業界を跨いだ最先端のデジタル技術を吸収し活用していくこと、そして、デジタル人材の育成プログラムをきちんとつくること、これにより、デジタルカルチャーの醸成が進んでいるものの、まだ十分でないと話す。

「デジタルIT人材の育成をはじめとした当社の取り組みはうまく回り始めていますが、まだ十分ではありません。デジタルIT人材が組織内のあらゆる部署で増え、デジタル活用が企業カルチャーとして根付くまで、手を緩めず進めていきます。デジタルイノベーションに取り組み、非連続的な価値を創出していくことが、将来の企業の競争力の源泉になるのです」(植田氏)