東京大学未来ビジョン研究センター 客員教授で、IGPIグループ シニア・エグゼクティブ・フェローの西山圭太氏は、「デジタル技術が体現している原理や構造は、これまで慣れ親しんできたビジネスのロジックとは違う」と話す。ではデジタル技術の原理とはどんなもので、製造業の現場でそれを活かすにはどのように考えるべきなのか。

12月11日~12日に開催された「TECH+フォーラム 製造業DX 2024 Dec. ありたい姿に向かうための次なる一手」に同氏が登壇。デジタル技術の原理を活用してDXを成功させた事例を紹介しながら、製造業におけるDXの考え方について解説した。

デジタル技術の特長はジャンルと無関係で“Configurable”

講演冒頭で西山氏は、デジタル技術の特長は「ジャンルと無関係であること」だと話した。例えば生成AIは、新薬をつくる、絵を描くというような特定のテーマのために開発されたものではない。基本的には横割りの技術であり、応用すればどこでも使えるものだ。ただし横割りの技術が1つあるだけでは課題を全て解決することはできない。そのため、それを積み重ねたレイヤー構造にして、さまざまな機能を持たせることになる。例えばスマートフォンであれば、言葉を調べたりレシピを見たり、飲食店を検索したりできる。このように同じデバイスでも瞬時に機能を切り替えて使えることを表すのが「Configurable」という言葉だ。

「ジャンルと無関係であり、Configurableであるという新しい原理を持つのがデジタル技術です」(西山氏)

  • 西山氏が示すDXのイメージ図

組織のコミュニケーションを改善したDXの事例

こうしたデジタルの特長を活かした製造業のDXの例として、愛知県にある旭鉄工の事例がある。製造業でよくあることだが、工場内でトラブルがあっても経営者にはなかなか情報が届かない。情報伝達がタテのコミュニケーションしかないと、すぐ隣のラインでトラブルがあっても対応できないし、現場と経営の距離が離れてしまう。そこで同社ではその解決策としてIoTを導入した。装置にセンサーをつけ、動いているか止まっているかを計測したのだ。取得したデータは見やすくダッシュボードにして、さらに写真も加え、タブレットなどで共有できるようにした。これにより、どのラインでなにが起きているか、周囲にも経営者にもすぐに伝わるようになった。

ここで重要なポイントが2つある。1つは、現場の状況を伝えるのに文字だけでなく写真も使ったことだ。文字だけのときに比べて誤解が起きにくくなる。もう1つは、稼働状態をトンやメーターなどの単位ではなく、全て金額で表現したことだ。これにより、例えばトラブルが複数のラインで起きても、どれを優先して対応すべきかがすぐに分かる。

情報を横に流すことの効果も大きい。全てのラインの仕事が可視化され、全員が公平に評価されることが明確になるため、従業員は意欲的になり、挑戦する会社になったという。つまりIoTというツールを使ったことで、組織のコミュニケーションが変わり、さらに会社の風土まで変わったのだ。

この取り組みは同社の本業である金属加工に限定されないもので、他業種でもこの仕組みを取り入れることができる。つまりデジタル技術が横割りであることを示す例と言える。実際、同社ではこのノウハウを横展開し、別の製造業への展開やコンサルティングも行っているそうだ。

「デジタル技術が横割りなので、良い仕組みをつくるとみんなが使えるようになります。それがプラットフォーマーになるということです」(西山氏)

Configurableを実現した地方バス事業のDX

Configurableを活かしたのが、IGPIグループのみちのりHDが行っている地方のバス事業だ。ここでは横串のグループ経営という手法を取り入れた。同社には岩手や福島、茨城などのバス会社があり、それぞれの地域は人口や気候など異なる条件を持っている。しかし、地方のバス事業において必要な要素は実は共通していることに気付いた同社は、経営管理や整備、旅行、車両や部品の購買、安全対策など8つの要素を洗い出した。そして共通する“横串メンバー”がそれぞれを担当することにして、経営の再建を実現させた。

  • 横串のグループ経営のイメージ図

デジタル技術も横串で導入した。ここで採用したのは、ダイナミックルーティングというAI技術だ。決められた停留所に決まった時刻にバスが来るのではなく、例えば買い物に行きたい、通学に使いたいといった利用目的をスマートフォンから入力してもらい、その需要に応じてバスを運行するようにした。これはつまり乗車地、降車地を指定してバスを利用するモビリティ・アズ・ア・サービスだ。そして病院に向かったり学校へ行ったり買い物に行ったりと、目的によって行き先が変わる。これこそがConfigurableなのだ。

「Configurableが伴うと、デジタル技術であるAIのダイナミックルーティングが活かせるのです。逆に言えば、せっかくAI技術を使っても、今まで通り決まった場所に走らせていては効果がありません。デジタル技術を使いこなすには、サービスを大きく変えることが必要になります」(西山氏)

データモデルによるプロセス産業と建設業のDX

化学品メーカーのダイセルは、今で言うDXに2000年代から取り組んできた。行ったのは、熟練の労働者のノウハウを定式化し、ケーススタディとして洗い出し、ソフトウェアに移行することだった。熟練オペレーターの仕事は、センサーから送られるデータを表示する膨大な数のグラフを、数台のモニターを切り替えながら見て、プラントの配管の内部などの状態を監視することだ。どの情報が表示されたら次に何を見て、何を判断し、どう処置するべきかということは、従来は熟練者の頭に蓄積されてきたノウハウだったが、それをソフトウェアに移行し、熟練者でなくても対応ができるようにした。同様に、誰に何の情報を伝えてどんな判断をしたかという報告と指示命令の実態も洗い出してソフトウェア化した。つまりプラントの中で起きている反応や動作、そこで働く人の判断を全体としてデータモデルに置き換えて、デジタルツインをつくったのだ。これも旭鉄工の事例と同じく、他社、他業種でも使える仕組みをつくった例の1つである。

建設業では、建物の三次元データモデルである「Building Information Modeling(BIM)」が使われている。これを発展させれば、例えばある日の施工現場の状態と翌日の状態を三次元で比較することで、その1日ですべき作業が明らかになる。つまり、日々の状態の差分から工程表がつくれるし、発注すべきものも分かる。もともとは二次元の設計図を三次元でデータ化するCADから始まったBIMだが、これを活用することによって施主から設計、施工、ユーザーまで、建設に参画するすべてのプレーヤーのタスクが連結され、かつそれが施工中の状態とリンクするようになった。言ってみればBIMは、構造物とその仕事全体をデジタルツイン、データモデルにしてしまうものなのだ。

モノをつくるためにやっていることは全てデジタル化できる

ハードウェア、製造業というとデジタル化から遠いように思えるが、「実はそうではない」と西山氏は言う。最新の自動車がそうであるように、ハードウェアであってもその機能はソフトウェアの制御によって規定されるようになってきていると考えると、デジタル技術は不可欠だと分かるはずだ。また、製造業でつくっているのはモノだが、そこで働く人がしているのは、トラブルがあったらどう対処するか、製品をどう効率的に組み立てるかというようなこと。これは意思決定だ。そして意思決定は、どの業界でもデジタル化できるようになってきていることを認識しておく必要がある。

「製造業でハードウェアをつくるためにやっていることは、全てデジタル化できますし、すでにその動きは始まっています。開発や設計、生産、調達、保守といった活動はサイバー空間側に移動して、DXの対象になっていきます」(西山氏)