国際政治学者のイアン・ブレマー氏が運営する米ユーラシア・グループは1月6日、2025年の世界の「10大リスク」を発表した。これは、年間を通じて起こりそうな政治リスクを予測するもの。
あわせて、同社はこれらのリスクが日本に与える影響も紹介している。
以下、10のリスクとこれらが日本に与える影響のポイントを紹介しよう。
(1)深まるGゼロ世界の混迷
トップリスクに挙げられたのは「深まるGゼロ世界の混迷」だ。Gゼロとは、グローバルな課題への対応を主導し、国際秩序を維持する意思・能力を持つ国家や国家の集まりが存在しない状態をいう。
レポートでは「世界的なリーダーシップの欠如は危機的なレベルまで深刻化している」と指摘している。
こうした背景から、2025は地政学的不安定が常態化し、世界的な安全保障体制と経済体制が弱体化し、力の空白が新たに生まれて拡大し、“ならず者国家”が勢いづき、事故、誤算、紛争の可能性が高まることが予想されるという。
地政学的な後退から抜け出す方法として以下の3つがあり、現在進行中とのことだ。
- 既存の機関を改革してより効果的に機能し、幅広い正当性を確保できるものとすること
- 根本的なパワーバランスをより反映した新たな代替制度を構築すること
- 古い体制を破壊し、力によって新たなルールを強制すること
(2)トランプの支配
2番目に選ばれたリスクは「トランプの支配」だ。来るトランプ政権の影響力については、各メディアで報じられている。
同レポートでは、トランプ政権の2期目は1期目とは異なるものになると予測している。その理由として、2024年大統領選での大勝と共和党の強固な支持に後押しされ、トランプ氏は2017年に比べて経験を積んでおり、より整った体制で政権に就くことになることが挙げられている。
トランプ氏と周辺は、「ディープ・ステート(闇の政府)」内の不誠実な高官や政治的敵対者によって1期目の政策が妨害されたと捉えていることから、連邦政府に対するホワイトハウスの権力を主張し、独立機関を政治化しようとする試みを優先事項の最上位とすることが考えられるという。
また、「トランプ2期目は、米国の南北戦争後の再建期以来、初めての深刻な制度の後退をもたらすことになる」とも予測されている。
(3)米中決裂
2023年11月にジョー・バイデン大統領と習近平国家主席がウッドサイドでの会談で緊張緩和を実現し、昨年は米中間の緊張が抑え込まれたが、この安定はトランプ氏が大統領に返り咲いたことで崩れることが予想されている。
世界で最も重要な地政学的な関係において管理されないデカップリングが生じ、経済の混乱と危機のリスクが高まることになるという。
両国関係の軌道修正のポイントの一つとして、通商政策が挙げられている。中国から譲歩を引き出すために関税を活用するため、トランプ氏は就任して数週間のうちに、中国製品に新たな関税を課すことを発表して実行すると考えられるという。
注目すべき重要な分野としては、技術政策が挙げられている。中国政府と多くの国民は、米国の政策が中国の技術を現状レベルで凍結し、同国の経済発展を妨害しようとするものだと直感して反発している。
ただし、米国と中国のいずれも指導者が国内問題に集中しようとしているため、今年、危機を招くことはないと予測されている。
(4)トランプノミクス
トランプ氏は堅調な状態で米国経済を引き継ぐことになるが、同氏の政策は今年、インフレ率の上昇と成長の減速により、経済の強さを損なうことになることが予想されている。
レポートでは、トランプ次期大統領の政策が米国の経済見通しにもたらすリスクは過小評価されており、トランプ氏の選挙公約で有害なものとして2点挙げている。
1つは、トランプ氏は「不公正」な慣行を是正し、米国にとって本質的に悪影響があると考える貿易赤字を削減するために、関税の大幅な引き上げだ。これにより、中国が最大の打撃を受けるという。
米国の消費者と企業は輸入品と原材料により高い価格を支払うことになり、ドル高も進むため米国の輸出は競争力を失うことになると指摘されている。
もう1つは国境政策だ。トランプ政権は、南部国境における移民対策として、「メキシコにとどまれ(Remain in Mexico)」や即時送還措置「タイトル 42」のようなプログラムを復活させるなど、取り締まりを強化する措置を講じるという。また、不法移民の大量送還を実施するために一時滞在許可プログラムを縮小し、取り締まり機関への資金投入を強化するという。その結果、米国の労働力が縮小し、賃金と消費者物価が押し上げられ、経済の生産能力を低下させることが予想されるという。
(5)“ならず者国家”のままのロシア
レポートでは、「ロシアは、イランの戦力投射能力が低下したことにより、現在、世界最大のならず者国家」と糾弾している。
ウクライナで停戦が成立する可能性が高いが、ロシアは米国主導の世界秩序を弱体化させる政策をさらに推進、具体的には反露政策を継続するEU諸国、特に最前線の国々に対して敵対的で非対称的な措置を取ることが見込まれるという。
また、イランと北朝鮮との戦略的軍事同盟「ならず者国家の枢軸」のリーダーとしての役割も継続し、今年の世界の安定を大きく揺るがす可能性があると指摘されている。
そして、ロシアとウクライナは今後の交渉で優位に立つために、今年初め、積極的にリスクを取るようになるという。具体的には、互いの領土に対するミサイルや無人機による攻撃が激化し、前線で激しい戦闘が起こり、要人を標的とした暗殺行為が双方で発生するという。
こうした状況を背景に、トランプ米次期大統領は2025年後半に、長年求めてきた戦争の停戦を実現する可能性が高いと予想されている。停戦は戦後の欧州の安全保障体制を損なうリスクがあり、欧州はロシアの新たな攻撃にさらされることになるとも指摘されている。
(6)追い詰められたイラン
2025年も中東は依然として不安定な情勢が続くことが予想されるという。大きな理由として、イランが弱体化していることが挙げられている。
イランは強力なミサイルと無人機の兵器庫を保有しているが、米国の支援により防衛が万全なイスラエルには、限定的な効果しかないという。加えて、イランの核兵器開発の動きがあればすぐに察知され、米国とイスラエルによる先制攻撃が迅速に実行される可能性が高いとみられている。
イランが先に核兵器を開発するようなことがない限り、トランプ氏がすぐにイランとの戦争を始めることはないと予測されている。
(7)世界経済への負の押し付け
2025年の世界経済の拡大が強まるという期待に市場は沸いているが、「それは大きな誤解」とレポートでは警鐘を鳴らしている。2つの経済大国である中国と米国は、今年、混乱を他の国々にももたらし、世界経済の回復を妨げ、地政学的分裂を加速させることになると考えられるという。
中国経済はここ数十年で最も低迷しており、深刻化する不動産危機、増大する債務、景況感の悪化は、中国の成長モデルの限界を露呈していると指摘されている。
こうした中、習近平氏は家計消費を促進するための痛みを伴う改革ではなく、中国が最も得意とする輸出にさらに力を入れているが、トランプ氏の関税施策が火種を抱えた状況にさらに油を注ぐことになるという。
さらに、トランプ氏の政策はドル高を招いて米国の金利を高止まりさせ、対処の準備が整っていない世界中の国々への圧力を高めることにもなることが予想されている。その理由として、補助金を受けた中国製品の流入が急増し、トランプ関税が米国への輸出を脅かすことが挙げられている。
(8)制御不能なAI
2025年にAIの能力と性能はさらに向上し、新たなモデルは自律的に行動し、自己複製を作り出し、人間と機械の境界をさらに曖昧にすると予測されている。しかし、ほとんどの政府が規制を緩和する方向を選択し、国際協力が進まない中、制御不能なAIがもたらすリスクと2次的被害が増大すると指摘されている。
2025年には既存の安全対策を強化するどころか、わずかに存在するガバナンスの枠組みさえも侵食されてしまうという。トランプ次期大統領はバイデン政権のAIに関する大統領令の撤回を公約しており、説明責任や透明性確保のための措置が消滅し、リスクが高いAIシステムに対する安全性テストの手順が解体される恐れがあるという。
加えて、立法の取り組みも同様の逆風に直面していると指摘されている。その最たる例として、カリフォルニア州のSB1047法案が挙げられている。同法案は、トレーニングに1億ドル以上を要するAIモデルに対して、リリース前のリスク評価などの安全対策を義務付けていたが、同州の民主党知事が署名を拒否したという。
また、世界で最も包括的な法律であるAI法を制定したEUでさえ、後悔の念や規制疲れの兆候が強まっていると指摘されている。
(9)統治なき領域の拡大
「統治なき領域の拡大」というリスクはGゼロの深化に起因するという。米国がグローバルなリーダーシップを放棄していることから、深刻な地政学的対立、混乱、不安定を引き起こし、グローバルな公共財に関するグローバルな統治や多国間協力を低下させ、ならず者国家や非国家主体を勢いづかせると予測している。
レポートでは、「世界中の多くの人々、場所、空間などが、統治が不十分で忘れ去られた状態になっている」と指摘している。
こうした忘れられた空間や人々が2025年に広範な地政学的リスク・市場リスクをもたらす可能性は低いと思われるが、統治の欠如や無法状態は長く尾を引き、最終的には直接的な影響を受けた国以外にも広がるとみられるという。
(10)米国とメキシコの対立
2025年、米国とメキシコの関係はさらに険悪になると予測されている。トランプ次期大統領は、米国への移民とフェンタニルの流入を食い止めなければ、メキシコからの輸入品すべてに25%の関税を課すと脅している。また、トランプ氏はメキシコから輸入される自動車に中国製部品が多く使用されていることから 100%の関税を課すとも述べている。
一方、メキシコのクラウディア・シェインバウム大統領は、迫り来るリスクに対して現実的かつ積極的なアプローチを取っているという。
ただし、レポートでは「米国への服従が主流となっている中、メキシコの政府関係者や投資家は直面する課題を過小評価している」と指摘している。
トランプ1期目の両国関係は険悪で、北米自由貿易協定(NAFTA)再交渉は難航したが、緊張は抑制されていたが、今回は米国の政府関係者はより強硬かつ統一的なアプローチを取ることが予想されるという。
大きな火種として、来年開始されるであろう米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)の見直しが挙げられている。交渉プロセスは長期かつ複雑なものとなるうえ、メキシコはトランプ政権1期目よりも不透明な米国の貿易官僚機構に対処しなければならないという。
10大リスクが日本に与える影響
同社は、日本にとって最も重要な同盟国である米国に関連して、2つの重大なリスクがあると指摘している。2つのリスクとは「米中決裂」と「トランプノミクス」の施策である関税だ。
トランプ関税は、日本から輸入する自動車が標的となった場合、日本経済に打撃を与える可能性があるという。トランプノミクスが米国のインフレを再燃させたら、日本の消費者物価、金融政策、円相場に混乱を招く可能性も指摘されている。
また、中国と米国は日本の最大の貿易相手国であり、米国と中国の関係が悪化すれば日本も巻き添えを食う可能性が高い。
加えて、日本の自動車メーカーは米国への輸出拠点としてメキシコで製造工場を運営していることから、「米国とメキシコの対立」に巻き込まれるリスクがあるという。
さらに、「ならず者国家のままのロシア」と「追い詰められたイラン」が日本のエネルギー安全保障にとって重要なリスクとなることが指摘されている。その背景として、 日本人は幼い頃から、島国である日本は天然資源に恵まれず、エネルギーの輸入に依存しているため常に危険にさらされているという脆弱性が挙げられている。