2024年のIT業界はAIに始まり、AIで終わったといっても過言ではないだろう。新製品、導入事例、あらゆるシーンでAIが話題の中心となり、AIをもっと知りたいと言う人は明らかに増えた。DX(デジタルトランスフォーメーション)に人手不足と、AIによって解決したい課題は山積みだ。

そして、ハイパースケーラーによるAIの開発は活発さを増しており、競争はヒートアップするばかりだ。そんなAIだが、2025年はどのように進化するのだろうか。ガートナージャパン リサーチ&アドバイザリ部門 ディスティングイッシュト バイス プレジデント アナリストの亦賀忠明氏に話を聞いた。

  • ガートナージャパン リサーチ&アドバイザリ部門 ディスティングイッシュト バイス プレジデント アナリスト 亦賀忠明氏

2025年、AIにまつわる5つの予測

亦賀氏は、AIを取り巻く環境について「時代が江戸から明治になったほどの大転換期にあり、新たな産業革命が起こりつつある」として、既存の業務の延長ではなく、AIとの共生時代における新たなビジネスのやり方を切り開くことが求められていると述べた。

亦賀氏は、AIに関わる2025年の予測として、次の5点を挙げた。

  • 生成AIはハイプ(お祭り)から幻滅期に移行する可能性
  • AIエージェントはリアリティが試される
  • AGI(Artificial General Intelligence:汎用人工知能)の先駆けが登場し、アーリーアダプターの感度はさらに高まる
  • 多くのユーザーは、成果を出すプレッシャーを受け、模索が続く
  • AI共生時代が当たり前となり、AIを駆使できる人、組織、企業と、そうでないところのギャップが拡大する

以下、これらの詳細について、見ていこう。

「幻滅期」に移行する可能性がある生成AI

ガートナーは、テクノロジーのイノベーションについて、登場からメインストリームに至るまでの成熟度、妥当性、採用率を「ハイプ・サイクル」として図示している。ハイプ・サイクルは、「黎明期」「『過度な期待』のピーク期」「幻滅期」「啓発期」「生産性の安定期」の5つの段階に分かれている。

米ガートナーが2024年8月に発表した「先進テクノロジのハイプ・サイクル2024年版」では、生成AIは「『過度な期待』のピーク期」の終末期に位置づけられていた。

  • 2024 Hype Cycle for Emerging Technologies 引用:米ガートナー

そして、生成AIは2025年には「幻滅期」に移行する可能性があると考えられている。亦賀氏は「幻滅期はその名称から誤解されることが多いが、実際はお祭り状態のハイプが収まって、これからが本番になるということ。よって、このことは、ほとんどの企業にとって、本番に向けた準備を加速するフェーズ」と語る。

さらに、亦賀氏は「機械ができることを人間がやり続けることは企業競争力、生産性の観点で問題。実際、そうしたことで仮に雇用は守れても給料を上げることは難しい。AIなどのITを駆使し生産性を向上し賃金を上げることが王道である」と指摘する

「人手不足はさらに深刻になるため、現場の努力に依存し続けることもできない。機械ができることを人間がやっていると、効率が悪く、給料が上がらない。だからこそ、企業はAIを理解して、AIを中心とするITを自分たちでこれまで以上に使えるようになる必要がある」(亦賀氏)

だからこそ、「日本企業は現在を産業革命の時ととらえて、AIに取り組む必要がある」と亦賀氏はいう。ここでは、AIを業務効率化のためだけでなく、会社全体を江戸時代からNew Worldへと転換するイネーブラーと捉える必要があるという。

AIエージェントは定番となるのか

ここ数カ月、AIの取材の場でよく耳にするのが「AIエージェント」という言葉だ。AIエージェントとは、特定の目的を達成するために、情報を収集して、それをもとに分析を行い、タスクを自律的に実行するシステムを指す。

AIエージェントは、LLM、プロンプトエンジニアリング、RAG(Retrieval-augmented generation:検索拡張生成)などを組み合わせて構築する。現在は、プロンプトをもとに新しいデータを生成する生成AIの一歩上を行くAIの活用例と見なされており、プロセスを自動化して業務の効率化を実現することが期待されている。

亦賀氏は「ChatGPTの登場から時間が経過し、AIに関する期待と幻滅が入り混じる中、ここ数カ月で『AIエージェント』が取り上げられるようになってきた。しかし、現在ベンダーから提示されているAIエージェントの多くは、以前からあるフレームワークの延長にあり、特段の革新的なイノベーションが必ずしもあるわけではないものもあるため、それぞれを慎重に吟味し、過度に期待しすぎないよう注意が必要。ただし、このことは従来型のフレームワークの延長が悪いという意味ではない」との見解を示した。

「一方、別な動きもある。それはマルチモーダルから発展しAGIにつながる動きだ」と亦賀氏。同氏は、AI業界の次なるブレイクスルーは「AGI」と見ているようだ。

次の主戦場はAGIに

では、AGIとは何か。AGIは人間のように幅広い知識を持ち、独自の判断でさまざまなタスクをこなすことができる技術とされている。例えば、米OpenAIは配信イベント「12 Days of OpenAI」において、AGIの存在を改めて匂わせたと報じられている。

また、Amazon Web Services(AWS)は昨年12月に開催した年次イベント「AWS re:Invent 2024」で、新しい基盤モデル「Amazon Nova」を発表した。「Amazon Nova」は、マルチモーダル対応、画像生成、動画生成に対応しており、同イベントで行われた発表の最大の目玉だったといわれている。

AWSを追うように、OpenAIが動画生成モデル「Sora」を、また、Googleが動画生成AIの「Veo 2」を発表した。「Veo 2」は最大4Kまでの解像度の動画を作成できるほか、アニメ調の動画も作成可能だという。今、マルチモーダルのLLMの開発において熾烈な争いが繰り広げられている。

亦賀氏は「AWSに続き、Googleも全力投球の様相を呈してきた。マルチモーダルを実現するためのLLM開発競争がAGI開発競争につながる」と話す。

RAGはどうなる?

ところで、企業のAI利用を進めるテクノロジーのうち、計算負荷が高いファインチューニングの代替策として、既存のデータベースを活用するRAGが引き合いに出されることが多くなった。RAGでは、企業が抱える自社のデータベースに格納されているデータをAIが参照できる。

亦賀氏にRAGの将来を聞いてみたところ、「RAGはサーチのテクニックに依存するもので、精度を上げるために多くの企業が引き続きチャレンジを継続している」との答えが返ってきた。

ただし、亦賀氏はAIに100%の精度を求める風潮に対し、疑問を投げかける。「AIの精度に対する割り切りは人によって異なる。ある程度の精度が確保されるなら利用する人もいれば、100%の精度が出ないと使えないという人もいる。技術の観点からすると、AIに100%の精度を求めることはできない」(同氏)。

加えて、「100%に近い精度を追及するためには時間も手間もコストもかかる」と亦賀氏は指摘する。そのコストは想像を超えるものとなるという。

「企業はビジネスである。よって、すべての人はコスト面も考慮し、『100%でなければ許さない、とにかく何でも完璧であるべし』といった精神論にならないよう、適切な発言をすべきである」(同氏)

亦賀氏は、「クリティカルなディシジョン(判断)をする領域においてAIを利用する際は相当な注意が必要だが、必ずしも精度が100%でなくてもよい領域システムであればAIを使うメリットはあるはず」という。

「実際、現在の生成AIは『ないよりましの下書きサービス』。精度が100%確保されないから使わないといっていると、いつまでたってもAIを使えないし、業務もよくならない。AIをはじめ、テクノロジーをうまく合理的に利用してメリットを得ている企業は既に出てきている。問題は、AIが使いものになるかよりも、むしろその人や組織がAIを使える人や組織なのかどうか、に変わってきている。このあたり、すべての人々や組織はテクノロジーに関する向き合い方が問われている」(亦賀氏)

経営層は産業革命を起こすための意識改革を

亦賀氏は、「AIがなかなか浸透しないのは、日本企業の経営のリテラシーが世の中の変化についていけていないことも大きな要因の一つ」と指摘する。デジタルが当たり前になっている昨今、経営層は、AIをはじめとしたテクノロジーのイノベーションへの理解を加速し、これらを武器として、企業が産業革命の時代に対応でいるようなマインドセットを獲得することが求められているという。

意識改革を起こすにはどうしたらよいのだろうか。

亦賀氏は「経営層やマネジメント層は、もっとテクノロジーについて本気で学び、その真のインパクトについて自ら積極的に洞察を得る必要がある。特に時代変化への対応と新たなテクノロジーを使った競争という観点での視点が重要」と話す。「DXを進めるにあたり、上司が勉強していないと現場に丸投げすることになり、すべてのツケが現場に回る。AIで何かやれ、AIをスライド一枚で分かりやすく教えろ、では現場はたまったものではない」(同氏)

また、亦賀氏は「グローバル競争では、卓越したスキル、マインドセットと新たなスタイルは不可欠」と語る。例えば、中国はこの20年の間、優秀な人材を留学させてグローバル企業のノウハウを吸収した結果、EVやドローンにおいて目覚ましい発展を遂げている。

「AIやソフトウェアとハードウェアをうまく融合し、洗練されたユーザーエクスペリエンスを開発しグローバルに提供する能力、さらに大きな構想を描き中長期戦略として展開する中国の能力は、日本を含むその他の国にとって予想以上に脅威」(亦賀氏)

「AIがトレンドになり10年が経過し、AIは当たり前のものとなった。今後、すべての企業は、New World、すなわちAIとの共生時代に備える必要がある。このことは、AIがAGIに向けて一段と進化する2025年にさらに問われる」と、亦賀氏は話す。

リスキリングについて取り組んでいる日本企業は多いが、2025年は、現場だけでなく、経営者もAIを中心とするテクノロジー、イノベーションについて本腰を入れて学び、企業を新たなステージへと移行できるよう本気で取り組む必要があるといえるだろう。