日清食品をはじめ、明星食品、湖池屋などをグループ会社とする日清食品ホールディングスは、「デジタルを武装せよ」をスローガンとして掲げ、グループ全社でのデジタル化を推進している。この数年でIT部門の組織を再編し、デジタル教育の内容も刷新、生成AIの活用にも取り組んできた。
11月26日~27日に開催された「ビジネス・フォーラム事務局×TECH+ EXPO 2024 Nov. for Leaders DX FRONTLINE いま何を変革するのか」に日清食品ホールディングス 執行役員 CIO グループ情報責任者の成田敏博氏が登壇。生成AIの活用を中心に同社のデジタル戦略について説明した。
「デジタル武装」戦略の取り組みとは
日清食品グループは2019年から「DIGITIZE YOUR ARMS デジタルを武装せよ」というスローガンを掲げてデジタル化を推進している。当初からタイムラインが明確に示されており、まず2019年から紙やハンコを使う業務の変革、翌2020年にはテレワークの実現、2023年には業務自動化やAI活用によるルーチンワークの50パーセント減、2025年には完全無人ラインの成立といった目標を掲げ、デジタル化を進めてきた。
「その場その場では実現できるかどうか誰も分からないようなことでも、経営トップがあえてタイムラインを掲げて方向性を示していく攻めの姿勢が日清食品という会社のカルチャーを表しています」(成田氏)
非IT企業であってもデジタルリテラシーを高めることが中長期的に組織力を向上させるという考えから、2024年にはデジタル教育を刷新。デジタルリテラシー、アプリ活用、システム開発、データサイエンス、生成AIなど7つの領域で合計38の講座を社内で展開することとした。
さらに今後強化すべき5つの施策を掲げ、その推進のためにグループのIT部門の組織の再整備も行った。従来は情報企画部という単一部門だけだったが、サイバーセキュリティ、グローバルITガバナンス、業務部門のデジタル活用支援、先進ネットワーク/モバイルデバイスの活用、データドリブン経営に寄与する基盤の整備という、5つの施策それぞれを担当する部門を新設した。
この5つのうち、成田氏が「もっとも特長がある」と言うのが、業務部門のデジタル活用支援を行うデジタル化推進室だ。その前身は、RPAやローコード開発ツールを使って現場の業務効率化を進めるためのRPAプロジェクトだったが、2021年にデジタル化推進室となって以降、各業務部門における年間の作業工数削減は計画値を上回る成果を上げている。例えば営業部門では年間45124時間の工数を削減した。これは営業担当者が従来バラバラにやっていたことをデジタル化したり、あるいは一部の業務をやめたりすることで実現したそうだ。
デジタル化推進室では、ローコードによるアプリ開発の内製化も進めている。例えば商品情報データベースを確認できるアプリは、MicrosoftのPower Platformで内製開発をしている。モバイルアプリも積極的に活用していく方針で、業務要件に応じて必要な自社独自のモバイルアプリを業務部門と連携しながら開発しているという。
生成AIの活用に向けたリスク対策
生成AIについては、「NISSIN AI-chat powered by GPT-4」と名付けたサービスを内製で開発、グループ全体で利用している。利用にあたり、生成AIのリスクについては大きく2つに集約して対策を行った。1つはセキュリティだ。入力した内容が生成AIの学習に利用され、情報漏えいにつながる可能性がある。そこで、セキュリティを担保する同社専用の環境を構築して、生成AIの利用をその環境のみに限定することにした。
もう1つはコンプライアンスだ。生成AIの回答内容を二次利用、三次利用してしまうと権利侵害を引き起こす可能性があるうえ、回答が必ずしも正しいとは限らない。これに対しては、利用者がこうしたリスクを念頭に置いて回答内容を適切に扱うリテラシーを向上させることが有効だと考え、ガイドラインの策定や説明会の開催を実施。さらにシステム上には、コンプライアンス違反について何度も注意喚起する機能を設けた。例えば「NISSIN-GPT」と呼ばれるAIチャットの場合、ログインするとまずCEOからの注意喚起のメッセージが表示され、次に最低限把握してもらいたいリスクを説明する画面、さらに選択肢の中から正しいものにチェックさせる画面が表示され、それらをクリアして初めて機能が利用できるようにしている。
生成AIの全社的な活用促進に取り組む
実際に生成AIを活用できる環境を構築しても、当初は「利用率がなかなか上がらなかった」と成田氏は話す。そこで営業担当者から20名を選抜し、生成AI活用促進のためのプロジェクトを立ち上げた。このプロジェクトは4ステップで進められた。まずプロンプトエンジニアリングの研修を実施し、次にどの業務に生成AIが活用できるのかを洗い出した。そして、さまざまな業務に流用できる生成AIへの質問文をつくって何度も添削することでプロンプトのテンプレートを作成。最後に効果算出、成果報告を行った。こうしたプロセスを経て、商談準備や会議、能力開発などの分野で合計32の業務に生成AIを活用できるという結論に至り、営業部門の各業務で使えるプロンプトを用意した。
その後、対象の部門を拡大しながら同様の取り組みを行い、その過程で作成されたプロンプトのテンプレートをグループ全社に展開している。現在は社内全体で約150を超えるプロンプトがあり、部門をまたいでも利用できるようにしているほか、グループ会社間でも共有している。
こうした取り組みの結果、営業部門での利用率は2023年末には7割に到達、マーケティング部門では9割を超え、2024年8月時点では全社平均で5割を超えた。全社での利用状況はダッシュボードをつくって可視化し、部門ごと、部門内のチームごとの利用率やその推移まで自分たちで確認できるようにしている。
生成AI活用の範囲をさらに拡大
ここまでの話は言わば社内版ChatGPTの活用推進という位置付けだが、それ以外の生成AIの活用方法も探っている。例えば、ナレッジが蓄積されたデータベースを対象として、インサイト抽出を生成AIで効率化しようというのがその例だ。社内外からの問い合わせ業務で、オペレーターがすぐ回答するのではなく、まずAIが過去履歴を参照して回答のたたき台をつくり、それをベースとしてオペレーターが回答するという活用法である。
工場における是正措置ナレッジにも生成AIの活用が進んでいる。工場で想定外のことが発生した場合に、過去の事例を蓄積したデータベースを生成AIが参照し、原因や再発防止策として考えられることを回答する。この回答は現場担当者が事案の調査を進める際のヒントになるのだ。
同社グループにはさまざまなシステムからのデータを集約した全社統合データベースがあるが、その中身を生成AIが参照して自動でレポーティングするといったことも可能になっている。例えばカップヌードルの出荷実績をたずねると、トレンド、ピーク、季節性、周期性、前年同月比較などを生成AIが分析してテキストでレポートする。
「今はまだ、生成AIはデータの比較や類推がまだ苦手で、間違った回答をすることもありますが、生成AIがより進化すれば完全な自動レポートが現実化する見込みが高いと思います。今後、世の中はAIをさらに活用する方向に向かうことは間違いないため、今から少しでも足を踏み入れてAIの活用に取り組んでいこうと考えています」(成田氏)
成田氏は、日清食品グループのDXの取り組みには「特長がある」と話す。それは経営トップからつねに情報が発信されていることだ。変革に対する意思を経営トップが強く持ち、それをトップダウンで直接繰り返し伝達するカルチャーが同グループにはあるという。また、さまざまな部門で先行して成功事例をつくり、それを横展開して拡大していくことも頻繁に行っている。こちらは現場に根差したスモールサクセスを迅速に全社展開していくという、ボトムアップの働きかけだ。
「こうしたトップダウンとボトムアップの両軸からの働きかけを行うことによって、組織が着実に変化していくことを何度も目にしてきました。今後もこうした取り組みを継続して硬直しがちな組織を変革し続けていきたいと思っています」(成田氏)