名古屋大学(名大)は12月23日、代表的な酒造好適米(酒米)品種である「山田錦」の出穂後の開花後日数を規定し、穎果(えいか)一粒ずつに低温プラズマ処理を行ったところ、日本酒製造で重要となる「心白」の含有率(心白歩合)が増加して品質向上が示され、さらに実際の栽培環境を模擬した人工気象器内での試験でも同様の結果が得られたと発表。これまでの研究では、水稲栽培における「大気圧低温プラズマ処理」(低温プラズマ)が玄米の収量や品質向上に有効であることが見出されていた。
また、人工気象器に各種センサーやカメラを設置し、収集した各種データを活用することでさまざまな栽培環境を再現できる「Smart Agriculture System」を構築したことも併せて発表された。
同成果は、名大 低温プラズマ科学研究センターの堀勝特任教授、同・橋爪博司特任講師、富士通クライアントコンピューティング(FCCL)の共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。
日本の農業が抱える就農人口の減少や高齢化、豪雨災害、温暖化といった課題を解決するため、ICTやAIを活用したロボットやドローンの利用、環境を人工的に制御して栽培する技術などのスマート農業の研究開発と導入が進められている。
そうした中で、研究チームが2018年より実施しているのが、スマート農業と低温プラズマを融合させた農業技術の開発だ。通常、プラズマとは物質が非常に高温となり、原子核が電子を捕捉できなくなってバラバラとなる状態を指すが、近年は常温常圧下でのプラズマ生成が可能となり、生体への低温プラズマ処理が農業や医療において注目されている。研究チームは名大 生命農学研究科とも連携し、同・大学の試験水田(東郷フィールド)において、水稲栽培においてもさまざまな品種や生育段階において低温プラズマの実証試験を実施中だ。
デンプン結晶化が不完全で白濁した構造が胚乳の中心部に見られるのを心白と呼び、これが高発現するのが酒米品種の特徴である。日本酒製造工程では麹菌との反応を円滑に進めるために心白が重要であり、特に大吟醸といった高品質な日本酒では50%以上まで精米することとなる。
これまでの実験では、山田錦の心白米の含有率(心白歩合)が増加することが確認されており、水稲栽培における低温プラズマの有効性が示されていた。それを受けて今回の研究では、イネ苗の栽培で収穫に向けた重要な生育段階である稲穂の登熟過程に着目し、低温プラズマの実証試験を行うことにしたという。
山田錦の出穂が観察された後、それぞれの開花日から1、5、10、15日後に低温プラズマが照射された。開花から約45日後、成熟したそれぞれの種籾を収穫して玄米の品質として心白歩合の観察や計測が行われた。すると、開花1、5日後に照射された玄米では心白歩合は減少しており、逆に10、15日後照射では増加していることが判明。開花後に照射する日数が変化することで、玄米品質に大きく影響することが解明された。
また今回の研究では、人工気象器に温湿度、照度、CO2濃度、水位、水温、pHの各種センサと定点カメラが設置され、それらの環境・生育データを取得する管理システムを搭載したSmart Agriculture Systemが構築された。
東郷フィールド水田から山田錦苗10株が同システム内に移設され、1週ごとに温度や湿度など、愛知県東郷町の気候変化を模擬して環境設定が行われた。出穂が観察されて以降に低温プラズマ処理が行われ、玄米品質が調査された。その結果、温度変化を初めとして取得した環境データから東郷町の気候が模擬されたことが示され、苗の生育は健常に進み、開花後日数に対する低温プラズマ処理による心白歩合の変動はフィールドでの先行試験と同様の効果が観察されたとした。
日本の「伝統的酒造り」は2024年12月5日に、ユネスコ無形文化遺産に登録され、日本酒が世界的に注目を集めている。しかし酒米に限らず、近年、水稲をはじめ多くの作物栽培において、夏場の猛暑が収量・品質の両面で大きな打撃を与えることが問題となっている。低温プラズマ処理は登熟を活性化するものであり、猛暑の高温障害による実の登熟不良を回避できることが期待できるという。
さらに、猛暑などの異常気象時において最適な低温プラズマ処理レシピを、Smart Agriculture Systemで収集したデータに基づいて構築することで、高品質な農作物の安定的な生産に有益であるとする。研究チームは今後も、さまざまな栽培環境を模擬した検討を続け、得られたデータを用いてコンピューティングによる制御を活用した低温プラズマを用いた先進農業システム構築へ向けて推進していくとしている。