DXの重要性は重々承知しているが、なかなか思うように進まないという企業も少なくない。数多くの大企業でDXを推進してきた経歴を持ち、現在はJTB 執行役員 CDXOを務める各務茂雄氏は、「その理由は、日本企業の持つ独特の型、独特の行動にある」と指摘する。
11月26日~27日に開催された「ビジネス・フォーラム事務局×TECH+ EXPO 2024 Nov. for Leaders DX FRONTLINE いま何を変革するのか」に同氏が登壇。ビジネスを加速しDXを成功させるために日本企業が解決すべき5つの課題を挙げ、その解決策について詳しく説明した。
日本企業が抱えている課題とは
各務氏はまず、日本企業が抱えている課題について説明した。1つはスピードの問題だ。日本企業では、社長から社員まで情報がクリアかつオープンに流れていないことが多いという。情報がスムースに流れないとスピードは上がらず、意思決定が遅くなる。問題は社内だけではない。ビジネスパートナーやグループ企業にも同じように情報が流れていなければスピードは上げられない。
そして社内にはリスク許容度の大きい人材と小さい人材がいる。リスク許容度が大きいのはデジタル寄りのDX人材とアナログ寄りのX人材の2タイプだ。DXのXはトランスフォーメーションであり、リスクを取ることにつながる。したがって、DXを推進するにはこの2タイプの人材が不可欠だ。しかし、リスクを取ることを良しとしない社風であったとしたら、これらの人材はさっさと辞めてしまう。リスクを取る人材が減れば、当然DXは進まない。
社内政治、社内の文化に課題があることも多い。伝統的な年功序列の社風では言いたいことが言えないし、噂や口コミが評価基準になることさえある。成果やアイデアを横取りしたりミスを隠したりする上司がいることも問題だ。そういった自分を正当化する人が出世し、その人によって意思決定されるようになってしまうと、DXなど会社が良くなる方向への取り組みはますます進まなくなる。
DXに向けて解決すべき5つの課題
各務氏はさらに、DXに向けて解決すべき共通の課題として、以下の5つを挙げた。
- 経営理念から現場のゴールがつながっていないこと
- 仕事の役割があいまいになっていること
- 合議制や無駄な会議などコミュニケーションが昭和的であること
- 人事制度が年功序列で、正しく部下を評価できないこと
- 遅行指標だけを見て意思決定する、つまり先行指標が不明でPDCAが回っていないこと
これらを解決するには、まず会社のアーキテクチャをしっかり設計することが必要だと同氏は言う。
「まず仕事のやり方を設計して社内の文化と定義し、それを日常とする。スピードが上がって利益が出るようなアーキテクチャを先に決めるべきなのです。しかし日本企業ではそれが逆転している。日常から文化ができ、文化がアーキテクチャをつくっているのです」(各務氏)
こうしたアーキテクチャの設計につながるのが、5つの課題を解決していくことだ。
5つの課題の解決法とは
・経営理念を明確にする
まず「経営理念から現場のゴールがつながっていないこと」という課題に対しては、経営理念を明確にすることが必要となる。どの土俵で戦うかは社長が経営戦略として決めるのだが、それを支えるものとして、どんな人が周りにいて、どんな仕事をするとよいかを明確にするのが経営理念だ。
例えば各務氏が以前在籍したKADOKAWAの経営戦略は、出版やIPビジネスといった土俵で戦うことだ。それを下層へと展開し、明確な役割ごとにチームをつくった。同氏が社長に就任したKADOKAWA Connectedではそのミッションをブレイクダウンして、例えば今の役割を楽しむこと、自分への挑戦状を持つこと、そしてそういったことに共感する人を求めることなどを経営理念として明確に定義した。その結果、スピードをアップさせることができ、それがKADOKAWA本体にも波及して、DXがスムースに進んだという。
・仕事の役割を明確にする
「仕事の役割があいまいになっていること」という課題の解決策は、もちろん仕事の役割を明確にすることだ。各務氏は過去に在籍した企業で、サービスと役割を縦横の軸にした役割分担表を作成したそうだ。こうした分担表があれば、どの仕事のどの役割を誰が担当しているかが明確になり、どのサービスのどの役割からどこにジャンプアップしているかというキャリアアップも明確になる。その結果、どのサービスがしっかり回せるのか、誰に何を聞けばよいか、自分は将来どういうキャリアがあるのかが分かるようになり、ロール型の人事が回せるようになったそうだ。
組織が拡大していくと、例えば上司が直接意見をする必要のある案件も出てくるが、そういった場合には、これは“代打自分”の案件であると上司が事前に宣言し、権限移譲しないことを明確にしておくべきだと同氏は言う。上司が口を出す案件を決めておくことで上司の会議参加が減り、余計な調整も減らせる。権限を渡すことで部下が育つことにもつながる。ただし、仕事の内容はデータドリブンになっている必要があり、報告はダッシュボードやWikiでいつでも共有できるようにしておくことが望ましい。
・コミュニケーションを最適化するには、暗黙知を形式知化する
「合議制や無駄な会議などコミュニケーションが昭和的であること」という課題に対しては、暗黙知を形式知化することが重要だ。例えばWikiのようなところに情報を蓄積していけばよい。重要なのは、物事が決まる過程も残しておくことだ。なぜそうなったかが分かれば、新たな人材が参加した場合でもすぐにすべきことが分かるためだ。JTBでもDXチームの仕事は全てログに残し、新たに誰かが加わってもすぐにランプアップできるようにしているそうだ。
・人事制度は実力主義に
「人事制度が年功序列で、正しく部下を評価できないこと」については、実力主義に変えることで「本物の人的資本経営を行うべきだ」と各務氏は指摘する。そのために必要なのは、人材マネジメントのループを改善することだ。人材マネジメントのループとは採用、面接、オファー面接からランプアップ、目標設定、評価などを経てキャリアモデルのアップデートである卒業に至る一連の流れのことで、改善とはその中の各プロセスですべきことを細かく設定することを指す。例えば面接であればジョブディスクリプションを細かくつくったり、目標設定ではOKR(Objectives and Key Results)のようなストレッチゴールを設定し、そのゴールに対する自信度を1 on 1で議論できるようにしたり、評価についても月単位でフィードバック面接を行うといったことだ。
「こういったPDCAを回すことで、実力主義の人事制度ができます」(各務氏)
・先行指標を明確にする
「遅行指標だけを見て意思決定する、つまり先行指標が不明でPDCAが回っていないこと」という課題の解決策は、先行指標を明確にして定点観測をすることだ。これについては、マーケティングの世界的権威であるジェフリー・ムーア氏が提唱するゾーンマネジメントの考え方が参考になる。ゾーンマネジメントでは、収益と支援型投資のどちらを重視するか、そして目指すべきイノベーションが破壊的か持続的かによって、何を行うべきかを4つのゾーンに分類する。例えば収益を意識しながら破壊的イノベーションを目指すトランスフォーメーションゾーンなら、新規事業を拡大し数年で投資を回収することが使命となる。つまりBSを意識しながら将来的にPLを良くしていくことが求められる。同様に収益重視、持続的イノベーションのパフォーマンスゾーンは、既存事業で成果を出し翌会計年度で投資を回収、つまりPLを改善するゾーンだ。一方、支援型投資を重視するゾーンには、R&D中心に新規事業を育み、よりBSを充実させるインキュベーションゾーンと、生産性を上げ翌会計年度で投資回収し、BSとPLの大きいところを連携させるプロダクティビティゾーンがある。
「こうしたゾーンをしっかりと意識したうえで、それぞれのゴール設定をすることが重要です。目の前の赤字や黒字を議論するよりも、ファイナンス指向でBSやPLをちゃんと見て、フリーキャッシュフローで物事を考える。そういうことをぜひやっていただきたいと思います」(各務氏)