産業技術総合研究所(産総研)と旭化成は12月3日、微細藻類の「ミドリムシ」の細胞から抽出される多糖(パラミロン)をベースとする組成物(通称「ミドリムシ接着剤」)が、自動車構造材用の接着剤として使用可能な接着強度を発現することを確認したと共同で発表した。

  • ミドリムシとパラミロン

    ミドリムシとパラミロン(出所:産総研Webサイト)

同成果は、産総研 バイオメディカル研究部門の芝上基成キャリアリサーチャー、同・氷見山幹基主任研究員、産総研 センシングシステム研究センターの寺崎正研究チーム長、旭化成の共同研究チームによるもの。詳細は、12月5・6日にポルトガルで開催されるバイオ接合に関する国際会議「1st International Conference on Bio-joining(BJ2024)」にて6日に発表の予定。

エポキシ系などの従来の自動車構造材用の接着剤は、接着力は高いが解体が容易ではないため、使用済み自動車に由来する廃棄物が環境に与える影響が大きいことが課題となっている。そのため、高い接着強度と容易な解体性を併せ持つ接着剤が求められていた。

環境負荷低減のため、接着材の材料を従来の石油由来からバイオベースに置き換えるための研究開発を進める産総研において、バイオベース材料の素材として注目しているのが、高い二酸化炭素(CO2)固定能を持つミドリムシだという。ミドリムシが生産するパラミロンは、CO2や糖を栄養源として、グルコース(ブドウ糖)が2000個ほどつながっている生体物質で、ミドリムシの乾燥細胞重量の半分以上になるほど大量に蓄積されており、細胞内では多数の同物質が集まって、直径が数μmの粒子として存在している。

なおその粒子は、パラミロンの純度がほぼ100%であるため、複雑な精製工程を経ることなく、そのまま各種材料へ化学変性することが可能だ。また、ミドリムシの細胞は柔らかい細胞膜だけで囲われているため(植物のような硬い細胞壁を持たない)、パラミロンを細胞から取り出すのも容易だという。さらに、ミドリムシの培養には、培養液1リットル当たり数十グラム以上の収率が望める高密度培養が可能であることや、他の微生物が生息しにくい酸性条件下でも培養が可能なことなどの長所も備えている。そこで研究チームは今回、パラミロンベースのものづくり研究開発の一環として、天然にも見られる脂肪酸をパラミロンに一定量付加することで合成したミドリムシ接着剤の開発を目指したという。

今回の研究ではまず、有機合成手法でパラミロンに脂肪酸を付加することで、ミドリムシ接着剤の原料である粉末状の「パラミロンエステル」が合成され、この粉末を熱プレスして厚さ0.05mmの透明フィルムに加工された。

  • ミドリムシ接着剤原料の化学構造とフィルム状接着剤の外観

    ミドリムシ接着剤原料の化学構造とフィルム状接着剤の外観(出所:産総研Webサイト)

次に、透明フィルムを5mm×25mmの大きさに切り出し、レーザー処理をしたアルミニウム合金製の板(100mm×25mm×3mm)の端に置き、さらにもう1枚の同様の処理を施したアルミニウム板をフィルムに重ね合わせるように置いた後に、熱プレス、つづいて冷却することで2枚のアルミニウム板が接着された試験片が作成された。

  • 試験片の作成

    試験片の作成(出所:産総研Webサイト)

続いて試験片の両端を固定した上で、試験片が破断した時の力から引張せん断強度が算出された。ミドリムシ接着剤の引張せん断強度は30MPaであり、一般的な構造材料用のエポキシ系接着剤の強度の20~30MPaに匹敵したとのこと。また、2023年9月にNature誌で発表されたバイオベース接着剤が18MPaであり、それを大きく上回る値となった。なお、ミドリムシ接着剤で接着された今回の試験片を破断させるために要した力は3750N、つまりこの試験片を破断させるためには380kgの重さが必要となることも確認された。

  • 引張せん断強度の比較

    引張せん断強度の比較(出所:産総研Webサイト)

さらに、繰り返しの接着性の評価も行ったところ、解体と加熱による再接着を4回繰り返しても、接着力は維持されていたとする。この結果に対して研究チームは、ミドリムシ接着剤に対し、使用済み自動車部品の解体を容易にする重要な一手段となりうるものと考えているとする。

  • ミドリムシ接着剤の易解体性と繰り返し使用性

    ミドリムシ接着剤の易解体性と繰り返し使用性(出所:産総研Webサイト)

今回の研究により、ミドリムシ接着剤が持つ自動車構造材用接着剤としての高いポテンシャルが示唆された。同接着剤の利活用で使用済み自動車の解体や部品の再利用、再生利用が容易となることで、使用済み自動車に由来する環境問題の重要な解決手段となることが期待されるという。研究チームは今後、ミドリムシ接着剤の社会実装化を加速すべく、同接着剤の多角的な評価と改良に加え、同接着剤の原料の合成法のさらなる効率化に関する開発を進めるとしており、自動車構造材用に加え、電子機器材料用など、幅広い用途の利用可能性にも期待するとしている。