岩手大学は12月3日、腎臓病が進行したネコでは、ネコ特有なきつい尿臭の原料であるアミノ酸の一種「フェリニン」の尿中排泄量が減少することでその悪臭が低減することを明らかにしたと発表。これにより、飼い主がトイレ掃除の際に尿臭が薄まっている変化に気づける可能性があり、その結果として腎臓病の進行を遅らせる治療などを早い段階で受けることにつながる可能性があると報告した。
同成果は、岩手大 農学部の宮崎珠子准教授、同・宮崎雅雄教授、同・須賀絢香大学院生らの研究チームによるもの。詳細は、「The Journal of Veterinary Medical Science」に掲載された。
腎臓病は高齢のネコにおいて一般的な疾患だが、徐々に進行することが多いため、飼い主が明確な症状に気づいた時点では、すでに腎機能が大きく損なわれていることが少なくないという。尿検査や血液検査は腎臓病の診断に有効な手段であり、それらの早期診断が重要だが、定期検査は多くの飼い主にとって負担が大きいのも事実である。この問題を克服するため、従来の尿や血液を用いた診断法に加え、日常生活で飼い主が早期に気づける兆候の発見が求められていた。
ネコの尿に含まれる特有のアミノ酸であるフェリニンは、代謝によって硫黄を含む揮発性物質が生成されることから、ネコの強烈な尿臭の原因物質とされている。研究チームはこれまで、同物質の生合成機構や、ネコのマーキング行動における尿臭の成分解析を進めてきたが、腎臓病のネコにおいて同物質がどの程度排泄されるのかについては詳しく調べていなかったとのこと。そこで今回の研究では、ネコが腎臓病を罹患することで、同物質の生成や排泄、尿臭にどのような影響が生じるか解明を試みたとする。
今回の研究では、健康なネコ34匹および腎臓病を患う66匹が対象とされた。それらのネコの尿中のフェリニンおよびその前駆体である「3-メチルブタノールグルタチオン」(MBG)の濃度が測定された。また、フェリニンから生成される「3-メルカプト-3-メチル-1-ブタノール」(以下「3M3M1B」と省略)などの揮発性硫黄化合物の尿中揮発量が分析され、腎臓病の進行とそれらの物質の変化の関連性の検討が行われた。腎臓病の進行度は、ヒトの血液検査でも一般的に行われている「血中クレアチニン濃度」(血中における、筋肉が運動するための重要なエネルギー源「クレアチンリン酸」の代謝後にできる老廃物の濃度)に基づき、軽度(1.6~2.8mg/dL)が42例、中等度(2.9~5mg/dL)が13例、重度(>5mg/dL)が11例の3段階に分類された。
その結果、健康なネコでは尿中フェリニン濃度が高い値を示したのに対し、腎臓病が進行するにつれてその濃度が著しく減少することが判明。特に、重度の腎臓病ではフェリニンがほとんど検出されないケースが多く見られたという。一方で、MBGの尿中濃度は腎臓病が進行しても減少しないことが確認され、腎臓病の進行に伴いフェリニンとMBGの比率が顕著に増加することが明らかにされた。研究チームはこの現象について、腎臓内でMBGからフェリニンへ変換を担う酵素反応が低下するためと考えられるとする。
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健康ネコと腎臓病ネコにおけるフェリニンとその前駆体の尿中排泄量の比較。箱ひげ図では、枠が中央値と四分位範囲を表し、各個体データが個別にプロットされている。右の円グラフは、フェリニン(黒)、その前駆体(白)、および両化合物の中間体(灰色)の割合。これらの結果から、腎臓病の進行に伴い、尿中のフェリニン濃度が減少する一方で、その前駆体の濃度は増加することがわかった(出所:岩手大Webサイト)
さらに、揮発性硫黄化合物の分析では、腎臓病の進行に伴って、3M3M1Bや「3-メチル-3-メチルチオ-1-ブタノール」などの物質が、大幅に減少することが突き止められた。これらの物質はネコ尿特有の臭気を形成する主要成分であり、これらの排泄量低下が尿臭の低下に直接関与していることが確認されたとした。
腎臓病が進行すると、腎臓の濃縮機能が低下し、薄い尿が排泄されるようになる。今回の研究では、尿の希釈による臭気低下の可能性に加え、ネコ特有の尿臭成分の生成量自体が低下することが主因であることが初めて示された。研究チームは今回の成果について、ネコの尿臭の変化を通じて腎臓病の兆候を早期に察知できる可能性が示されているとする。具体的には、飼い主がトイレ掃除の際に「尿臭が以前より弱くなった」「ほとんど感じられなくなった」といった変化に気づくことで、腎臓病のリスクを早期に察知できる可能性があるという。またこのような変化を基に動物病院で早期診察を受けることで、腎臓病の進行を遅らせる治療が期待されるといい、今回の研究成果はネコの健康管理に新たな視点を提供するものとしている。