電通デジタルは今年9月、AIを活用して新たな購買体験を創出するプロジェクト「Commerce AI Lab.(コマース・エーアイ・ラボ)」を本格始動した。クライアントのニーズをくみ取り、対話型コマースなどを活用して新たな価値の創出を目指す。新プロジェクトの狙いや展望について、コマースマーケティング部門の部門長 永山悟氏とグループマネージャー 延命敬一郎氏に聞いた。
――「Commerce AI Lab.」の狙いは?
永山:どの企業もこれからは事業に対して「どうAIを活用したらいいか」を考えていくことが大事になる。AIを活用する上で2つの視点があると思う。事業判断はまだ人がやらないといけないが、その判断を支援するためにAIを活用できる。これが内部的な使い方だとすると、もう1つは外部に向けた活用だ。
ECサイトは現状、”欲しいものを買う場所”になっている。AIを活用することで、ECサイトを”欲しいものが見つかる場所”にすることができる。
当社としてもグループのAI開発・データ分析会社を吸収合併したり、モンゴルに開発拠点を持っていたり、AIを活用した統合マーケティングソリューション「∞AI(ムゲンエーアイ)」を展開したりしている。
世の中的にもAI活用の可否判断基準ができつつある状況だが、まだリスクに対する懸念もある。こうした状況の中で「どうAIを活用していくのが良いのか」の検証を進めるために、「Commerce AI Lab.」を立ち上げた。
――具体的にどのようなAIソリューションを提供していくのか?
永山:「Commerce AI Lab.」はプロダクトではない。あくまでプロジェクトだ。当社の発案やクライアントのニーズから、AIを活用したサービスの検証を進め、新たな価値の創出を図る。
すでにいくつか進んでいるアクションがある。
1つ目が「対話型コマース」だ。ECサイト上でAIチャットとの対話を重ねることで顧客の潜在的なニーズを引き出すことができると想定している。例えば対面で相談しづらい内容でも、AIだから気軽に相談できるケースもある。
2つ目の「商品DNA作成」では、担当者が入力した商品情報以外に、AIが顧客の求める商品情報を新たに作成する。Tシャツのロゴが大きい、小さいなど商品情報には含まれないが、購入の意思決定には必要な情報をタグ付けし、レコメンドに生かせるようにする。レコメンドされた衣類などの商品はECサイト上でバーチャル試着することもできる。
3つ目の「AIペルソナ作成」は、電通グループ独自の大規模調査データを活用し、クライアントのターゲットに合わせたAIペルソナを作成できる。大手卸メーカーであれば実際にターゲット層のモニターを集めて、インタビューしているが、EC事業単体ではそこまで資金や時間をかけられない。AIペルソナであれば短期間かつ低コストで作成でき、対話を重ねることで、ターゲット層に響くような商品・サービスや事業戦略のアイデアを生み出すことができる。
4つ目の「対話型レビュー生成」では、AIとの対話を通して購入者から情報を収集し、許諾を取った上でレビュー作成・投稿まで自動化できる。レビューを作成するのが面倒なユーザーも、対話型であれば気軽に回答でき、高品質なレビューを簡単かつ大量に生成することが可能だ。
――どのようなクライアントがAI開発のターゲットとなるのか?
延命:企業規模の大小というよりは、課題に対してAIで解決したいという意思を持っているかが重要だと考えている。クライアントの中でもAI活用については温度差がある。もちろん大手企業の方が資本的な体力や、AIを使う戦略的な余裕がある。ただ、現場の中に意思決定できる方がいるプロジェクトの方がAI活用は進みやすい。
――4つのアクション以外にもAI活用の可能性はあるのか?
延命:AIを活用してデータを分析し、LTVが最も高くなるお客さまの導線「ゴールデンパス」を設計する取り組みはすでに実施している。
AIとの対話を活用した領域は未開拓の部分が大きく、可能性は大きいと思っている。アパレルの事業者によると、AIで過去の購買履歴から行動を予測して、お薦めするような商品が必ずしも最適にはならないという。対話の場合は、リアルタイムの事実やモーメントを捉えて商品をお薦めすることができ、より顧客の感情に寄り添ったサービスを提供できる。リアルの販売員がまさにそういった接客を提供している。
永山:ゴルフダイジェスト・オンラインさんがゴルフ場予約ページに、対話型AIを試験的に設置した。ゴルフをプレーする方が一番、話したいタイミングはコースを回った後だが、家族がゴルフをやらない場合、話す相手がいない。そんな時、AIが話し相手になってくれる。コースの感想を話し合う中で、「パターが短かった」とAIに話せば、「こんなお薦めのパターがあります」と紹介することもできる。そのパターが気に入れば、そのままECサイトに誘導して、購入してもらうこともできるだろう。
――「Commerce AI Lab.」の目標は?
永山:現段階では支援するプロジェクトの数よりも、質の方が大事だと考えている。
まずは1社の新しい体験を作り、売り上げなどの成果に結び付けたい。そのような事例を作ることが大事だ。1つの成功例ができれば、自ずと広がっていくだろう。