新商品 『晴れ風』開発に20代・30代を起用 キリンビール経営陣の決断

〝新しさ〟と〝慣れ親しんだ味〟を両立させ『一番搾り』に次ぐブランドをどう誕生させるか─。成熟市場の中で各社シェアを奪い合っている状況が続く中、同社は17年ぶりにスタンダードビール『晴れ風』を発売。「世の中に美味しいビールがたくさんある中、味わい以外でお客様に喜んでもらえることを模索した」と語るのは同社マーケティング部の向井優夏氏。味わい以外の付加価値とは何か? 若手チームが考案した新しいマーケティング戦略〝晴れ風アクション〟に迫る。

キリンの新たな挑戦

 ビール市場は縮小が続き、アサヒビール、キリンビール、サントリー、サッポロビールの大手4社が毎年しのぎを削っている状況。2023年10月の酒税改正でビールの酒税が引き下げられたことが追い風にもなり、シェアを勝ち取るために各社の工夫が光る。

 ここ数年における各社の主な特徴を挙げると、アサヒは『スーパードライ』をはじめフルオープン型の生ジョッキ缶が唯一無二の付加価値となり、缶ビールの販売量では現在首位の位置。キリンは味わいに特徴のあるクラフトビールにも注力し、若者世代を中心としたクラフトビールブームを牽引。サントリーは低価格帯で飲みごたえのある『トリプル生』がヒットし、2023年の販売数量は当初計画の約1.3倍にあたる399万ケースを達成。サッポロは『黒ラベル』ブランドの根強い人気を誇り、2024年8月までの累計は前年実績を上回り続けている。「正直どこの会社のビールを飲んでも美味しい」と業界関係者は口を揃えて言い、市場は成熟状態。明確な差別化が困難な状況となっている。

 そんな中、キリンは新商品として24年4月に17年ぶりのスタンダードビール『晴れ風』を投入。ブランド説明会でキリンビール社長の堀口英樹氏は「今の時代の新しい価値観を捉えるためにプロジェクト推進には入社5年目の若手社員を抜擢した。初年度販売目標は430万ケースで、1990年に誕生した『一番搾り』の半分か、それ以上を目指す」と次のキリンビールの代表的ブランドを狙う意気込みを語った。

 抜擢された若手社員中心のチームは、リーダーも30代半ばで全員が40歳以下。定番商品『一番搾り』に次ぐ大事な新ブランドを、今回若手に任せるということ自体もキリンにとっては大きな挑戦となる。激しい競争の中で、新ブランド『晴れ風』の認知度をどう高めるかが至上命題である。

「中身が美味しいのは大前提として、今後100年以上続くブランドにどうしたら育てられるか。味わい以外でお客様に喜んでもらえる新しい価値とは何か。チームでアイデアを膨大に出し模索した」と話すのはマーケティング部の向井優夏氏。現状の限界突破ができる新しい視点を期待され、比較的堅い社風だと言われることが多い同社では、従来にない斬新なアイデアが飛び交ったという。

ビールの味わい以外の付加価値とは

 さまざまな議論の結果、編み出したのは〝晴れ風アクション〟という名の仕掛けだ。背景には、ビールが楽しまれる日本の風物詩のお花見や花火大会が財政難により各地域から姿を消しつつあるということがある。

 キリンビールが調査を進めると、現在日本にある桜は戦後植えられたものがほとんどで、全国的に高齢化が進行している。

 しかし予算や人手不足により約9割の自治体では桜の保全活動が十分に行われていない現状が浮かび上がってきた。花火大会も同様で、物価高や人件費高騰によって全国各地域でイベント中止が相次いでいる。

 そこで同社は消費者が『晴れ風』を購入することで、桜保全費と花火大会運営資金として、各自治体に自動的に寄付される仕組みをオンライン上に構築(集金後キリンが自治体に分配)。350ミリリットル1缶につき0.5円、500ミリリットル0.8円が自動的に寄付される。

 さらに消費者は缶にあるQRコードを読み込み、専用のWEBサイト上に飛ぶと0.5円分のコインが付与され、これを応援したい自治体をサイト上で選び寄付できる。サイト上ではリアルタイムで寄付金額総額がわかり、写真付きで自治体へ応援メッセージを書き込むことも可能となっている。

 第一弾として春には桜、第二弾で夏には花火をテーマにプロジェクトを開始し、それぞれ目標額は総額4000万円を掲げた。結果的にどちらも開始1か月半で目標を達成。(上限4000万円以降は来年に繰り越し)。全国の47自治体におおむね80万円の寄付額が分配された。第一弾と第二弾総額で8000万円以上の寄付が集まっている(24年10月10日時点)。

『晴れ風』の販売数は8月末時点で、約420万ケースとなり当初初年度目標の97%を達成し、プロジェクトは成功を収めたといえよう。現在同社においてのブランド売上ランキングは一位『一番搾り』、2位が『晴れ風』、3位が『ZERO』で、『晴れ風』は2位に追い上げてきている。しかし向井氏は歴史を振り返ると全く油断はできないと話す。

「過去の商品データを全部調べたところ、同じくらいのスタートダッシュで1~2年売れたのちに終売している商品も多くある。工場を増設し増産をかけても現在はなきブランドとなった例も多く、こんなに売れていたのに失速することがあり得るのだと驚いた。『一番搾り』のように30年続けるのはすごく難しいことだと肝に免じ、気を引き締めていきたい」と語る。

 近年食品業界大手が抱える課題は消費者とのコミュニケーションと言われる。物価高騰の中、値段が上がっても買う商品になれるかは消費者各々の中での存在感次第。それには商品を通した消費者との相互コミュニケーションが大きく影響する。人間と同様、自発的接触が増えれば増えるほど、人々の商品への愛着は増すからだ。

 今回〝晴れ風アクション〟で日本の風物詩を守りながらブランドを育てていく、消費者・地域との共創マーケティングに挑戦したキリンビール。今回のような巻き込み型の手法は、人と人との関係が薄れる今、それをつなぐ役割にもなっている。