理化学研究所(理研)、東京科学大学(科学大)、高知大学、高輝度光科学研究センター(JASRI)は10月3日、マリアナ海溝北東斜面の水深約5700mに位置する深海熱水噴出孔の構造を詳細に解析した結果、噴出孔中にイオンを選択的に運ぶための小さな通路が存在し、噴出孔が発電している可能性があることを突き止めたと発表した。
同成果は、理研 環境資源科学研究センター 生体機能触媒研究チームの中村 龍平チームリーダー(東京工業大学 国際先駆研究機構(現・科学大 未来社会創成研究院) 地球生命研究所 教授兼任)、イ・ヘウン 基礎科学特別研究員(研究当時)、高知大学 海洋コア国際研究所の奥村知世 准教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。
地球の深海の火山活動が活発な場所の近辺には、煙突状の天然構造物である熱水噴出孔がそびえ立っていることがある。そこからは、多彩なミネラルや金属イオンなどを含む熱水が放出されており、それらを利用する独自の生命圏が形成されている。噴出孔は、生命誕生以前の地球にも存在していたとされ、最初の生命が誕生するための「天然の化学合成装置」として、重要な役割を果たしていた可能性があるとも考えられている。
さらに熱水噴出孔は現在、土星の第2衛星エンケラドスに代表される、太陽系の巨大ガス惑星が従える氷衛星にも存在する可能性が示唆されており、そうした地球外の天体にも噴出孔を中心とした生命圏が存在している可能性があるとされる。
そうした中、これまでの黒煙を噴出するブラックスモーカー(BS)型熱水噴出孔に対する研究で、それらが燃料電池のように発電し、その電気により二酸化炭素から有機分子が生成される可能性があることを解明したのが研究チームだという。そこで今回の研究では、別のタイプであるホワイトスモーカー(WS)型熱水噴出孔を詳しく調べることにしたという。
WS型は、水酸化マグネシウムからなり、板状の形状を持つ鉱物「ブルーサイト」を主成分としている。BS型とWS型の違いは、噴出する熱水の温度で、前者が400℃近い高温なのに対し、後者は90℃程度の温和なアルカリ性の熱水を噴出する。そしてWS型は、マグネシウムやシリコンなどの金属水酸化物を主成分として、無数の細孔を持つ多孔質状の構造を作り出すことも特徴であり、この特異な構造と環境が、生命起源に関する重要な手掛かりを提供する可能性があるとされる。
WS型は、カンラン石と水が反応することでできたアルカリ性の熱水により作り出されているが、今回の研究では、マリアナ海溝の北西側斜面、水深約5700mに位置する「しんかいシープフィールド」から採取されたWS型のサンプルが研究対象とされた。
まず、顕微鏡観察が行われたところ、大きさが100nm程度の小さな板状の結晶が集合することで分厚い膜が形成され、熱水と海水の通り道を作り出していることが判明したほか、同膜には周期的なしま模様が刻まれており、これが何層にも重なることで200~400μmの厚さに成長していることが確認された。
また、放射光X線回折実験にて、同膜の構造が詳しく調べられたところ、試料の全体にわたって、ブルーサイトのナノ結晶が規則正しく配列し、海水と熱水の通り道から放射状に広がっていることが確認されたという。さらに、この配列により、80cmの高さを持つ試料全体に、イオンを運ぶのに適したナノサイズのチャネル(通路)のような構造物が作り出されていることも確かめられたとする。
加えて、海水中に含まれるナトリウムやカリウムなどのイオンの濃度に違いがある環境に試料を浸し、イオン輸送が調べられたところ、ナノサイズのチャネルが持つ表面電荷によって、熱水噴出孔全体が選択的なイオン輸送材料として働き、ナトリウムやカリウム、塩化物、水素などの各種イオンの濃度の違いを電気エネルギーに変換できることが確かめられたという。この結果は、深海熱水噴出孔は海水中の多様なイオンを選択的に運ぶことで、電気エネルギーを生成する天然の「浸透圧発電システム」として機能する可能性があることを意味するという。
なお、研究チームでは、今回の研究によって生命にとって不可欠なイオンを利用したエネルギー変換が、地質学的な過程によって自然に生じることが示されたことから、イオンの濃度差は自然界で広く見られ、生命誕生以前の地球でも同様の現象が起こっていた可能性があるとしている。また、エンケラドスなどの氷衛星では、内部海での熱水活動が示唆されている。将来、そうした天体からのサンプルリターンを実施して詳細な解析を行えれば、今回のサンプルとの類似構造と発電現象が確認される可能性もあるとしているほか、今回の研究成果は、海水と淡水を利用する「浸透圧発電」のための新たな材料合成法としても期待されるとしている。