東京大学(東大)は9月27日、これまでサケ(Oncorhynchus keta)の稚魚は主に13℃以下の水温帯に生息することが知られていたが、その理由が不明だったため、岩手県産のさまざまな体サイズのサケ稚魚を複数水温で飼育し、スタミナトンネル(閉鎖型循環水槽)に封入して呼吸代謝実験を行った結果、体重の増加に伴って臨界遊泳速度が高まり、水温13℃以下の水温環境であれば、遊泳効率が高くなることが示されたと発表した。

同成果は、東大大学院 農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻の飯野佑樹大学院生(研究当時)、東大大学院 新領域創成科学研究科 自然環境学専攻/東大 大気海洋研究所(AORI) 海洋生命システム研究系の北川貴士教授、日本大学生物資源科学部 海洋生物学科の阿部貴晃研究員/日本学術振興会特別研究員-PD、岩手県水産技術センター 漁業資源部の清水勇一 上席専門研究員、岩手県沿岸広域振興局 宮古水産振興センターの長坂剛志 水産業普及指導員らの共同研究チームによるもの。詳細は、淡水および海洋環境に関連する水産および水生科学に関する学術誌「Canadian Journal of Fisheries and Aquatic Sciences」に掲載された。

  • 呼吸代謝実験に用いたサケ稚魚

    呼吸代謝実験に用いたサケ稚魚(出所:東大プレスリリースPDF)

北太平洋に広く分布するサケは、川で生まれた後に海に降り、成長した後に生まれ故郷の川に戻って産卵し、そこで一生を終えることがよく知られている。海に降って数か月の間は沿岸域で過ごし、その後に北上回遊を始めるが、このころはまだ稚魚であり、それだけ他の魚に食べられやすい。その際、これまでは体のサイズが大きい稚魚が生き残りやすいと考えられてきた。その理由は、体サイズが大きいと、素早く泳いで天敵から逃れられる能力が高いからだ。また稚魚は主に13℃以下の水温帯に生息することが確認されており、北上回遊に関しては、沿岸域の水温上昇も何らかの関係があるという指摘がなされていた。しかしこれまでのところ、稚魚の遊泳能力、水温の変化、そして北上回遊が互いにどのように関連しているのかは、解明されていなかったとする。

サケの分布域の南限に近い岩手県沿岸域では、親潮や津軽暖流といった南向きの冷たい海流が流れている。海に降りた稚魚が北方海域にたどり着くためには、天敵からの逃避だけでなく、このような海流に逆らいながら長距離を泳ぎ切る遊泳能力が重要とされている。しかし、海に降りた稚魚の遊泳能力そのものに関しても、これまでのところまだあまりわかっていないという。そこで研究チームは今回、複数の水温、体サイズ条件で呼吸代謝実験を行い、遊泳能力の指標である「臨界遊泳速度」と「遊泳効率」を定量することで、遊泳能力の発達過程と北上回遊の関連の解明を試みることにしたとする。

今回の実験では、水槽馴致後に徐々に速度を上昇させ、臨界遊泳速度と、各流速で遊泳している時の「総酸素消費速度」が計測された。なお臨界遊泳速度とは、尾びれを振りつづけながらの遊泳速度の最大値のことで、同速度が高いほど、持続的な遊泳能力が高いとされている。また総酸素消費速度とは、休息時と遊泳時の両方の酸素消費速度の合計を表す。

  • スタミナトンネルに封入されたサケ稚魚

    スタミナトンネルに封入されたサケ稚魚(黄色点線枠(A)体重1g・(B)4g・(C)30g)。プロペラの回転速度を調節することで、さまざまな速度の水流を発生させることが可能。溶存酸素計の測定値から遊泳時の酸素消費速度を算出する(出所:東大プレスリリースPDF)

計測の結果、臨界遊泳速度は体重増加と共に高まり、体重2g時の速度は、岩手県沿岸を南下する海流の流速を超えていたという。つまり稚魚は、海流に逆らうことのできる遊泳能力を獲得してから岩手県沿岸域を離れ、北上回遊を開始することが推測されたのである。

  • 黒矢印は、サケ稚魚の生息時期に流れる海流を表す

    黒矢印は、サケ稚魚の生息時期(5~6月)に流れる海流を表す(矢印の向きが流れの向き、長さが速度)。黄色の網掛けは岩手県沿岸域(出所:東大Webサイト)

また、8~12℃の水温範囲内で体重が増加すると、魚1個体が一定距離を遊泳する時の酸素消費速度である「総遊泳コスト」は水温8℃、体重2g時に比べ50~56%低くなった。同コストは、値が低いほど遊泳効率が高いとされる(総酸素消費速度、体重、臨界遊泳速度から算出される)。岩手県沿岸域では水温12℃を超えるころ、稚魚の分布がほぼ確認されなくなることが報告されており、海水温が高くなるまでに沿岸域で成長することは、海流に逆らい、北方海域までの長距離回遊を遂げる上での大きなメリットになることが考えられるとした。

  • 総遊泳コストの計算式

    (A)総遊泳コストの計算式(略式)。水温が高いほどもしくは体重が重いほど総酸素消費速度が高まり、総遊泳コストが増加する。一方、臨界遊泳速度が高まれば、反対に総遊泳コストは減少する。(B)各水温、体重における総遊泳コスト。青色に近いほど総遊泳コストが低い(=遊泳効率が高い)。(C)基準値(水温8℃、体重2g時の総遊泳コスト)に対する各水温、体重での総遊泳コストの変化率。濃い青色(濃い赤色)ほど、基準値に比べて遊泳効率が高い(低い)。なお水平方向の青色バーは、岩手県産サケ稚魚の沿岸滞在時の水温範囲。鉛直方向の橙色バーは、同稚魚の沿岸滞在時の体重範囲(出所:東大Webサイト)

将来の気候変動に伴い、サケの分布域はより低水温の高緯度域へと移動する可能性が指摘されている。水温と体のサイズに応じた遊泳能力の変化を捉える今回の研究手法を、北海道、カナダやアラスカなど高緯度域でのサケ研究にも適用することで、北太平洋の環境変化に対するサケ資源の応答予測と管理につながることが期待されるとしている。