広島大学と海洋研究開発機構(JAMSTEC)は9月26日、岩石中を伝わる地震波速度が水の存在や形態によって変化するモデルを応用し、NASAの火星探査機「インサイト」(2018年5月打上げ、2022年12月運用終了)が検出した火星地下の地震波不連続面は、水で満たされた割れ目が存在することで説明できると発表し、現在の火星の地下には液体の水が存在している可能性があることを共同で発表した。

同成果は、広島大大学院 先進理工系 科学研究科の片山郁夫教授と、JAMSTECの赤松祐哉研究員の研究チームによるもの。詳細は、米国地質学会が刊行する地質学に関する全般を扱う学術誌「Geology」に掲載された。

  • 火星内部の地震波速度構造と、今回の研究によるモデル計算の比較

    火星内部の地震波速度構造と、今回の研究によるモデル計算の比較(出所:広島大プレスリリースPDF)

「キュリオシティ」や「パーサヴィアランス」などの探査ローバーを筆頭に、これまでの火星探査で確認された表面の地形の状況や鉱物の分布などから、今から30~40億年ぐらい前の太古の火星には液体の海が存在していたことが示唆されている。しかし、現在の火星大気や表面は乾燥しきっており、過去にあった大量の水がどこに行ってしまったのかが謎となっている。

地球と比べると重力も磁場も弱いために太陽風によって長い間に大気が削られていき、表面に液体の水を保持できる大気圧や気温を維持できなくなり、さらに水が酸素と水素に分解され、水素は軽いために宇宙空間に逃げていってしまったとする考えがある。その一方で、火星の地下に取り込まれた水もあるとする考えもある。そこで火星内部を地震計を用いて探査すべく、2018年に火星に送り込まれたのがインサイトである。

  • インサイトの概要と火星表面で撮影された画像

    インサイトの概要と火星表面で撮影された画像。右画像のドーム状の機器が地震計。また画像で地震計の右横に見える細長い機器はロボットアーム(C)NASA/JPL-Caltech(出所:広島大プレスリリースPDF)

同探査機は地震計を用いて、火星の地殻には地震波速度の不連続面があることを発見。これまでのところ、その原因として、火星地殻の岩石種が異なることや、空隙率が変化することなどが提案されている。そうした中、片山教授と赤松研究員は、さまざまな地球の岩石の地震波速度を測る中で、同速度は岩石に含まれる水やその形態によって変化することを見出していたという。そこで今回の研究では、そのモデルを火星の内部構造に応用することで、火星地殻に検出された地震波速度の不連続面が水の有無によって説明できるのではないかと考えたとする。

火星地殻を模擬した物質の地震波速度を実験室で測ることで、同速度は岩石中の割れ目を満たす物質(水、空気、氷)によって大きく変化することが判明。また、岩石中の割れ目が増えることによって、地震波速度が低下する傾向も見られたという。これらの実験結果は、理論的なモデルとも整合的であり、そのモデルを用いて火星地殻での地震波速度の計算が行われた。

その結果、火星の深さ約10~20kmの層に、水で満たされた割れ目が存在することで、インサイトが検出した地震波速度の不連続構造を説明できることが突き止められた。また、縦波と横波の比であるVp/Vsがその領域で上昇していることも、水で満たされた割れ目が存在するモデルと調和的だとする。

ちなみに2024年8月に米国の研究チームが、「インサイトが検出した速度構造から地殻内部に水が存在する」という今回の研究成果と似たモデル(Wrightモデル)を発表し、BBCなど、世界的なマスメディアに取り上げられたという。異なるアプローチから同じような結果が得られたことは重要だが、Wrightモデルと今回のモデルでは、割れ目の形状や空隙率が大きく異なるとする。

  • Wrightモデルと今回の研究のモデルの相違点

    Wrightモデルと今回の研究のモデルの相違点(出所:広島大プレスリリースPDF)

割れ目の形状は、楕円体の短軸と長軸の比であるアスペクト比で表されるほか、岩石中の割れ目の体積比は空隙率で示される。Wrightのモデルは、アスペクト比の大きい球体に近い割れ目を想定し、空隙率は17%とかなり高い必要があるのに対し、今回のモデルは、アスペクト比の小さな扁平な割れ目で、空隙率は1%ほどになる。そのため、地下での水の分布やその存在量はこれら2つのモデルでかなり違うことになるとした。

今回の研究成果は、火星表面は乾燥していても、火星地下では液体の水が存在することが示唆されている。それは太古の火星にあった海水が地下に閉じ込められた可能性があるという。今後のミッションで、地震波の速度構造に加え、液体の水やその塩分に敏感な電気伝導度を観測することで、火星内部での水の存在や起源が明らかになることが期待されるとしている。

また、現在の火星地下に液体の水があるのであれば、そこには生命が生息する可能性もあるとする。地球でも、地下の岩石の隙間にも、水や化学反応をエネルギー源とする微生物が生息していることが知られている。それらの微生物の多くは、メタン菌などの化学合成独立栄養生物であり、光の届かない地中であっても生きていくことが可能だ。火星内部にはハビタブルな環境があり、人類のまだ知り得ない地下生命圏が広がっている可能性もあるとしている。