「ビジネスを地球、デジタル、宇宙の3つの軸で考えないと成立しない時代が来る」と話すのは、スペースデータ 代表取締役社長の佐藤航陽氏だ。海外ではすでにスペースXの「スターリンク」のように宇宙を軸にした事例もある。このような地上と宇宙の産業がスムースにシンクロしていく世界観を見据えてスペースデータが開発しているのが、地球と宇宙を仮想空間に再現する「地球デジタルツイン」と「宇宙デジタルツイン」だ。
8月22日~23日に開催された「TECH+EXPO 2024 Summer for データ活用」に同氏が登壇。地球と宇宙のデジタルツインとはどのようなものか、どう開発を進めているかを解説した。
異なる分野の技術を混ぜ合わせて実現させた地球デジタルツイン
講演冒頭で佐藤氏は、地球デジタルツインは、衛星のデータにAIとCGの技術をミックスし、仮想空間上に地球を再現するものだと説明した。これは機械学習・統合データベース化基盤と3Dモデル生成基盤、ゲームエンジン環境の3つの技術を融合したもので、まず衛星データや建物の3Dデータなどの地理空間データをAIに取り込んで学習させ、地球の表面上にあるものを構造化してデータベース化する。そしてアルゴリズムに基づいて3Dモデルを生成、その後CGツールやゲームエンジンで可視化して、リアルタイムに動かせるようにしている。
当初、多くの専門家がこのアイデアを不可能だと否定したそうだ。ではどうやって実現にこぎつけたのか。同氏はまず、まったく違う分野の技術を混ぜ合わせることを考えたと言う。CGと衛星の技術を学び、元々詳しかったAIの技術と合わせることでアルゴリズムをつくった。全体設計の際には、昨今の生成AIのように新しい技術が急速に進歩していく可能性も想定。生成AIの進化で3Dモデルの生成やテクスチャの切り替えも容易になったし、MetaがVR機器を開発したりFortniteがメタバースとなったりと仮想現実も急速に進化している。これらが追い風になって開発が進んでいったそうだ。
佐藤氏はさらに、有志をSNSで募り、Slackに集まるという自立分散型組織で開発を始めたことも大きかったと話す。低コストでスケーラビリティのある体制をとれた上、従来は参加することが難しかった大企業の社員や地方のフリーランスなども戦力になった。また、フルリモートするためのドキュメント化のおかげで、新メンバーもすぐ戦力になれたそうだ。
国交省のPLATEAUと連携して全国の都市を3Dモデル化
実際にサービスを世に送り出してみると、ゲームや映像制作といったエンターテイメント界、都市開発、防災などさまざまな分野から問い合わせがあった。その中でも大きなものになっているのが、全国の3D都市モデルの整備・オープンデータ化プロジェクトである国土交通省の「PLATEAU」だ。国交省がコンシューマー向けサービスをつくる場合などに、同社でデータを修正しながらクォリティを上げるというかたちで連携しつつ、開発を進めている。国交省のデータをAIでブラッシュアップする方法では、すでに新宿の街並みをリアルに再現した仮想空間ができ上がっていて、今後他の都市にも拡大していくという。
「数年後には全国の都市がこのような仮想空間になり、そこで歩き回ったり自動運転のコースとして試したりできるようになります」(佐藤氏)
開発支援プラットフォームの提供で、宇宙開発を民主化する
一方、宇宙デジタルツインは、衛星のある低軌道上と月面も含めた全宇宙を再現するものだ。これは地上の産業だけでなく、月面基地などのシミュレーション、さらには今後宇宙が戦争の舞台になる可能性もあるため、安全保障にも役立てられる。
ただ、民間企業が宇宙事業に参入するのは困難だ。その理由はコスト、期間、環境条件である。機器製造や打ち上げのコストは莫大になるし、企画から実証まで10年~20年はかかる。さらに宇宙には制約条件が膨大にあり、宇宙固有の環境条件も分からないことが多い。
佐藤氏は、宇宙開発を民主化するためには、専門家以外が低コストで容易に利用可能なシステムをつくる必要があると指摘する。そこで取り組んでいるのが、シミュレーションのツールに宇宙開発支援のプラットフォームを合わせて提供することだ。現在同社では、シミュレーション環境以外のソフトウエアやアルゴリズム、宇宙の基本知識なども含めた環境に世界中の人がアクセスできるよう、整えている。狙っているのはいわば“宇宙版Microsoft”で、さまざまな宇宙開発で使われることで勝手に進化していくことも期待しているそうだ。
このプラットフォームが提供する主な基本機能としては、シミュレーション環境とサンプルデータ配布、宇宙機固有システムの3つがある。宇宙ステーション内の空気がある環境、衛星のある低軌道上、月面とでは、温度や重力、通信環境などが異なるが、これを全て再現した環境を提供する。また宇宙ロボットや衛星、ローバーからのデータはほとんど世の中にないが、これらのサンプルの設計データやソフトウエアも配布する。さらに、地上機と異なる固有のシステムについても、これさえ使えば宇宙用の機能になるというライブラリとして提供する。
地上のエンジニアが特別な意識を持たずに開発できる環境をつくる
宇宙デジタルツインの開発は、まず国際宇宙ステーションの再現から始めている。空気がある環境なので再現は比較的容易だが、電力や通信には制限があり、宇宙線や放射線の影響、船内の風の流れなどもある。これらの微細な条件については、JAXAと連携しているため多くの実データを使うことができ、すでに船内はほぼ完ぺきに再現できていると佐藤氏は話す。この環境は、実機開発の事前段階での検証に使うことが可能だ。例えば水をこぼす、ドッジボールをするなど、実機ではとてもできないようなこともバーチャル環境なら実現できる。
開発にあたっては、ロボットやゲーム開発との連携も想定しているが、宇宙業界と地上の産業とでは、ソフトウエアもプログラミング言語も仕様が異なっている点が問題になる。ロボットやゲームのエンジニアがこれまで使ってきた技術では対応できなくなるためだ。そこでスペースデータでは自分たちのシステムを、地上側で有名なゲームエンジンやロボットのオペレーションシステムに乗せるかたちをとった。これにより、宇宙ステーション船内の仮想空間で、ゲーム感覚でリアルタイムにロボットを動かすといったこともできるようになっている。
「地上のエンジニアが何も努力をせず、気付かないうちに宇宙開発を進めている。そういう設計をしています」(佐藤氏)
実績をつくってプラットフォームを育てる
新たなプラットフォームをつくる場合、実績がなければ使ってもらえないし、使ってもらえなければ実績にならないというジレンマがある。そこで同社では、自社でリスクをとって宇宙ロボットが動かせるという実績をつくり、それによってプラットフォームを育てていくことにした。ハードウエアは宇宙ロボット開発を行うスペースエントリー社に投資してつくり、自社ではソフトウエアとシミュレーションの実験を行っている。2025年には、国際宇宙ステーションでの実証も予定しているそうだ。
KDDIと連携した宇宙展開支援プログラムも始めている。これは国内のさまざまなスタートアップの宇宙進出を支援する目的で、宇宙領域以外を含むスタートアップと大企業がペアになり、同社のデジタルツイン上で宇宙での技術検証と事業化を進めるものだ。食糧生産や電力供給、エンターテイメントなど多様なものと宇宙を掛け合わせて、宇宙の産業の事例をつくっていくことを目指している。
「20年後、30年後には宇宙も、今のインターネットのように身近なインフラになっているかもしれません。皆がYouTubeを見たり、小中学生が勉強にインターネットを使ったりする感覚で宇宙が生活に溶け込んでいく時代に向けて、宇宙事業を推進していきます」(佐藤氏)