「重たいクルマを走らせることが果たして環境に良いことなのか?」─。こう投げかけるのはスズキ社長の鈴木俊宏氏だ。同社が開催した技術戦略説明会では、10年先を見据えた電動車の方向性が示された。基軸となったのは、これまで同社が磨き上げてきた「小・少・軽・短・美」の思想。そのことは、電池を積んで重たくなる電気自動車(EV)の副作用を防ぐことにもつながるという。
200~300キロ軽い!
「何百キロも走る電池を積まなければならないクルマで、会社の駐車場に8時間止めて帰る通勤のような普段使いをするのが、本当に地球環境に優しいのだろうか」─。スズキ社長の鈴木俊宏氏はこう投げかける。
10年先を見据えた技術戦略─。軽自動車に象徴される小型車を中心に世界で年間300万台超を販売するスズキが開催した技術戦略説明会で、鈴木氏は自社の強みを生かした戦略で生き残る意気込みを示した。
「排出するCO2(二酸化炭素)が少なければ、取り返す量が少なくて済む。スズキは『小・少・軽・短・美』の理念に基づき、使うエネルギーを極少化して、排出するCO2を極限まで小さくする。これが私たちの考える技術哲学だ」
電動化が進む自動車業界にあって、脱炭素を実現するための本命はEVと言われるが、足元ではそのEVの販売台数が失速。「EVの普及には、まだ時間がかかる」(自動車メーカー首脳)という声が多い。ホンダ社長の三部敏弘氏は「2030年が勝負どころになる」とも話す。ただ本命に間違いない。
そんな中で、まだEVを投入できていないスズキは電動化について、エンジンの小型化と燃費性能の向上の両立を目指し、主力の日本とインドでハイブリッド車(HV)の開発を強化。小型車に対応したHVの新型エンジンを開発する。電池とモーターを組み合わせた燃費性能がさらに高い「ストロングハイブリッド」の搭載車種を広げる。
HVはトヨタ自動車やホンダなどが傾注している。その中でスズキの強みをどう発揮するのか。鈴木氏は「移動する手段として、丁度よいサイズ、軽くて燃費がいい、安全で必要十分な装備を備えた小さなクルマをつくってきた」と話す。
その成果として、日本、インド、欧州での業界平均の車両重量とスズキのクルマのそれとの比較でみると分かりやすい。各地域の業界平均の車両重量に対して、スズキの平均車両重量は200~300キロ軽い。重量が軽いということは、その分、材料は少なくて済む。さらに、製造時のエネルギーは約20%少なく、走行に必要なエネルギーも少なくて済む。「小さくて軽いクルマはエネルギーの極小化に大きく貢献できる」(同)。
これはEVでも同じだ。軽量化の効果として鈴木氏は次のようにも語る。「軽いクルマは道路や埋設された水道管、ガス管などへのダメージも小さくできる」。EVの航続距離を延ばそうとすればするほど、電池を多く搭載しなければならず、電池を搭載した分だけ、車両重量は重くなる。結果、EVが普及すればするほど、エンジン車より重いクルマが増えることになり、道路などへの負荷が増す。
スズキが行動理念に掲げる小・少・軽・短・美とは、「小さく」「少なく」「軽く」「短く」「美しく」を意味する。同社が国内で年間55万台超を販売する軽自動車(23年度のシェア首位)や小型車には、この思想が脈々と受け継がれている。
EVで先行するインド勢
象徴的なエピソードは現相談役の鈴木修氏が1978年の社長就任時に開発した初代「アルト」だ。当時の同社内は、排ガス規制の対応で後れを取って危機的な状況だった。そこで修氏は「1部品1円、1グラム」を合言葉に徹底したコスト削減と軽量化を指示。50万円を切る「47万円」という値付けで大ヒットし、同社は這い上がった。
そしてスズキは、そのアルトの次世代を「100キロ軽くする」(取締役専務役員の加藤勝弘氏)ことを目指す。EVやHV向けでも「小さく、軽く、高効率」なイーアクスル(駆動装置)やモーター、電池も自前で開発する考え。これらの部品を国内で量産してコストを抑制し、「軽自動車EV」に搭載する。
同社は2035年に新車販売のうちHVとEVがインドでは3分の1程度を占め、日本では7割を占めると予測。「HVもEVも両方やっていく」(鈴木氏)。そういった中での課題はEVだ。前述の通り国内はもとより、新車販売で約42%のシェアを誇るインドでもスズキはEVを投入できていない。
EVのシェアを見ると、インドでは印のタタ・モーターズが約7割で他を圧倒。中国の上海汽車傘下のMGモーターや印・マヒンドラ&マヒンドラなどが続く。この劣勢をどう巻き返すかが生き残りを左右する。
その中で注目されるのが軽自動車の国際規格化だ。伊藤忠総研エグゼクティブ・フェローの深尾三四郎氏は「クルマを小さくつくる技術はEVとの親和性が高い」と指摘。「ルノーCEOで欧州自動車工業会会長も務めるルカ・デメオ氏が日本独自規格の軽自動車はライフタイムでの環境負荷が全車平均値を75%下回ると訴えている。それだけ狭い道が多い欧州では小さいクルマが求められている」。
つまり、「省資源な軽自動車を国際規格化すれば、日本自動車産業がEVシフトの荒波を乗り越えられる好機が訪れる」というわけだ。もちろん、そのためには経済産業省や国土交通省など政府や日本自動車工業会も動かなければならない。
既にスズキは米国と中国から生産は撤退済み。日本とインドでシェアを維持しつつ、欧州やアフリカでのシェアを伸ばしていかざるを得ない。そこで電動化という新たな潮流に絡めた「小・少・軽・短・美」な小型車で生き抜くことを改めて示した鈴木氏。同社は電動化と環境を両立させるための方策に挑むことになる。