米Salesforceは9月17日~19日の3日間、カリフォルニア州サンフランシスコのモスコーニセンターで、年次プライベートカンファレンス「Dreamforce 2024」を開催している。18回目を数える今回の目玉は、自律型人工知能(AI)エージェントの「Agentforce」だ。Salesforce CEO(最高経営責任者)であるMarc Benioff(マーク・ベニオフ)氏は「AgentforceはSalesforceの技術史上、最大のブレークスルーだ。私は長年AIのトレンドを注視してきたが、その歴史においても最大のブレークスルーだと確信している」と、絶対的な自信を見せた。

  • Salesforce CEO(最高経営責任者)であるMarc Benioff(マーク・ベニオフ)氏

    Salesforce CEO(最高経営責任者)であるMarc Benioff(マーク・ベニオフ)氏

業務プロセスを自動実行、必要な情報も判断して収集

9月17日の基調講演に登壇したベニオフ氏は「Agentforce」を予測、生成に続く、AI革命の「第三の波」として位置づけ、従業員の生産性向上やビジネスの効率化、顧客サービスの質を「かつてない次元で向上させる技術」だと主張する。

  • ベニオフ氏はAIの変革を第一波(予測)、第二波(生成)、第三波(自律)、第四波(汎用)と位置づけている

    ベニオフ氏はAIの変革を第一波(予測)、第二波(生成)、第三波(自律)、第四波(汎用)と位置づけている

Agentforceの最大の特徴は、ユーザーが自然言語で入力したプロンプトの内容を分析し、必要なデータを自動で取得してタスクの計画を立てて実行する「自律性」と、複雑な業務プロセス(タスク)を自動的に実行する「自動化」にある。

例えば、顧客からの問い合わせに対して、関連する情報を社内外のデータソースから取得し、最終的な回答を作成するまでの一連のプロセスを、人間が介入することなく完結することができる。

また、Agentforceは従来のチャットボットのように事前にプログラムされた応答を返すだけでなく、状況を理解し、最適な回答ができる。

具体的なコールセンターのユースケースでは、自社のCRM(顧客関係管理)から顧客の過去の購買履歴を参照し、現在の会話の文脈を分析して、市場動向などの外部情報を取り込んで総合的に分析し、その顧客にとって最適な提案や解決策を導き出すといった具合だ。

ベニオフ氏はAgentforceを「高度なコンテキスト理解とタスクの実行で、人間のスタッフと遜色ない、あるいはそれ以上の顧客対応が可能となる。Agentforceは、単なる新機能ではなく、ビジネスプロセスと人材リソース配置を根底から改革するものだ」と力説する。また、同氏は多くの企業が生成AIに対して不満を抱えているとし、以下のように指摘する。

「社会では多数の生成AIが普及しているものの、エンタープライズではその恩恵を十分に受けられていない。多くの企業は自社に最適なAIを導入するために投資したり、莫大な予算を割いてライセンスを取得したりしているにもかかわらず、望む結果が完全に得られていないという不満を抱えている。その背景には、従来のAIソリューションが複雑で専門知識を必要とする『DIY(Do It Yourself)』のアプローチをしているからだ」(ベニオフ氏)。

  • 同社の調査によるとOpenAIでDIY(Do It Yourself)すると18カ月かかるものが、Agentforceであれば2週間で構築可能だという

    同社の調査によるとOpenAIでDIY(Do It Yourself)すると18カ月かかるものが、Agentforceであれば2週間で構築可能だという

こうした課題に対する“解”になるのがAgentforceというわけだ。Agentは同社のローコードビルダー「Agent Builder」で作成する。トピックを定義すれば、その指示は自然言語で記述できる。

作成者はAIエージェントが選択できるアクションのライブラリを作成し、AIエージェントに実行させるジョブを設定する。また、セールス、サービス、マーケティング、コマースなど、複数の業務領域に対応したプリビルトのソリューションなども用意されているので、企業は自社のニーズに合わせて迅速にAIエージェントを導入できるという。

ベニオフ氏は「Agentforceは既存のSalesforceプラットフォームと統合しているため、企業は新しいシステムを構築することなく、既存のデータやワークフローをそのまま活用できる。2025年までに10億のAIエージェントを展開する予定だ」としている。

すでに、Agentforceを早期導入した企業では効果を上げているという。例えば、教育出版社の米Wileyでは、新学期開始前に集中する顧客問い合わせの解決率が40%向上した。また天然石産業向けの装置製造を手掛ける米VAKASYSTEMSでは問題の平均処理時間が26%短縮されたとのことだ。

グローバルでの展開に続いて、日本市場での展開も計画されている。Agentforceの日本での具体的な提供時期は未定だが、セールスフォース・ジャパン 製品統括本部の前野秀彰氏は「言語対応で日本語は英語に次ぐ第一次グループになので、数カ月以内には提供される見込みだ。中でもカスタマーサービス領域に特化した『Service Agent』の日本語版は2024年10月末に提供される予定だ」としている。

  • 日本でのAgentforceのリリースは「一年はかからない」とのことだ

    日本でのAgentforceのリリースは「一年はかからない」とのことだ

Agentforceを下支えするAtlasとData Cloud

基調講演ではAgentforceを支えるコア技術として「Atlas」も披露された。AtlasはSalesforceの研究機関であるSalesforce AI Researchが独自に開発したAI要素技術の集合体で、推論エンジン、RAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)、コンテキスト理解機能、マルチモーダル処理機能などを包含する。

  • Agentforceは「Atlas」エンジンをコアとしている

    Agentforceは「Atlas」エンジンをコアとしている

RAGとは、大量の企業データや外部情報から関連する情報を抽出し、それをもとに適切な回答や提案を生成する機能である。マルチモーダル処理とは音声、数値データなど、多様な形式の情報を統合的に処理する機能を指す。

Salesforce AIでCEOを務めるClara Shih氏は「Agentforceが複雑なタスクや高度な推論を必要とする業務にも対応できるのは、コアにAtlasがあるからだ。Atlasの推論エンジンはユーザーからの質問や要求を理解し、それに対する最適な行動計画を立てる能力を持つ。例えば『新規顧客獲得のための戦略を立てて』というプロンプトに対しては市場分析、ターゲット顧客の特定、マーケティング計画立案といった一連のステップを自動的に計画し実行する」と説明する。

  • Salesforce AIでCEOを務めるClara Shih氏

    Salesforce AIでCEOを務めるClara Shih氏

セールスフォース・ジャパンの前野氏は「Atlasの開発目的は、AIエージェントが人間のような理解力と問題解決能力を持つために必要な技術を開発することだ。Atlasは、単なる言語モデルの改良ではなく、ビジネスコンテキストを深く理解し、複雑なタスクを効率的に処理できるAIシステムの構築を目指している」と説明する。

さらに、Agentforceを下支えするのが「Data Cloud」である。Data Cloudは、CRM(顧客関係管理)サービスをはじめデータレイクやWebアプリケーション、外部のデータソースなどを取込み、構造化データとして一元的に管理する。Salesforceの中核となるデータプラットフォームだ。ベニオフ氏は、Data Cloudの存在がAgentforceの性能を大きく左右すると強調する。

「Agentforceが差別化されているのは、顧客データをはじめとする信頼できるデータが土台にあるからだ。Data Cloudは顧客を軸にしたすべての構造化データと非構造化データを統合する。Agentforceが顧客ビジネスを完全なコンテキストで把握し、『次に何をすべきか』といった提案ができるのはそのためだ」(ベニオフ氏)。

今回のDreamforce 2024に合わせ、Data Cloudの新機能も発表した。ウェビナーや通話などの音声や動画データの処理をサポートし、非構造化データの取込みも可能になった。

  • Dreamforce 2024に合わせて「Data Cloud」の新機能も発表された

    Dreamforce 2024に合わせて「Data Cloud」の新機能も発表された

また、データの処理や転送が1秒未満の短時間で実行するサブセカンドの「リアルタイムパイプライン」も実現した。具体的には、データの取り込みからアクティベーションに至るまで、エンドツーエンドでほぼ瞬時の処理が可能になる。

例えば、ユーザーがオンラインサイトで商品を閲覧した場合、その瞬間に情報が処理され、その顧客に最適なオファーを即座に提示できる。これにより、顧客体験を重要なタイミングで提供するために、タイムリーなデータ活用が可能になる。

さらに、150の新たなプリビルトコネクタも追加された。これにより、さまざまなサードパーティシステムのデータを、データリソースの1つとして簡単に取り込めるという。

AIは人間の仕事を奪わない

ただし、自律型エージェントの台頭には「AIが人の仕事を奪う」との懸念がつきまとう。実際、事前の記者説明会や基調講演後の記者会見でもこの点を問う記者は多かった。

こうした懸念に対しベニオフ氏は、Agentforceは従業員の働き方に影響を与えることは間違いないとしたうえで以下のような見解を示した。

「従業員の業務を“補完”することが目的であり、“奪う”ものではない。新技術を活用して業務を改善し、企業全体の生産性を向上させること。そして、従業員がより価値の高い業務に集中できるようにすることを目指している。収益を増やして従業員を強化し、利益率を上げること。これがAgentforceの役割だ」(ベニオフ氏)

  • 同社が「世界最大のAIカンファレンス」と主張するDreamforce 2024は、AI一色。リアル参加者は4万5000人、オンラインでの基調講演は25万人が視聴した。日本からも約600人が参加したという

    同社が「世界最大のAIカンファレンス」と主張するDreamforce 2024は、AI一色。リアル参加者は4万5000人、オンラインでの基調講演は25万人が視聴した。日本からも約600人が参加したという