理化学研究所(理研)は8月26日、他者の行動や選択を予測して自らの意思決定に活かす脳回路の働きを解明したと発表した。

同成果は、理化学研究所 脳神経科学研究センター(CBS) 学習理論・社会脳研究チームの中原裕之チームリーダー、同・ニン・マ研究員(現・客員研究員)らの研究チームによるもの。詳細は、神経科学学会が刊行する公式学術誌「The Journal of Neuroscience」に掲載された。

  • 実験の概要

    実験の概要(出所:理研Webサイト)

ヒトは、他者の行動や選択を予測した上で、自らの意思決定を行うことは日常的に行っているが、その神経メカニズムについては不明な部分が多いという。そこで研究チームは今回、他者の選択が自らの選択の良し悪しに影響を与えるような意思決定課題を作成。その課題をfMRIスキャナの中で被験者に行ってもらい、計測された行動データと脳活動データを、意思決定に関する脳計算モデルにより統合して解析する「脳計算モデル化解析」手法で解析し、他者の選択を考慮する意思決定の脳回路を調べることにしたという。

実験では、実験参加者(20~28歳の男女48人)により、3種類の選択課題(1つがメインで、2つがコントロールの「選択課題」と「他者課題」)が実施された。課題はすべて、左右に提示される2つのくじから1つを選択するというもので、それぞれの選択肢には当たりやすさと当たった場合の報酬量が示されている。選択課題では、実験参加者は自分の報酬を最大化するよう、くじを選択。他者課題で、他者がそのくじで選択をする時に実験参加者はその他者の選択を予測して、くじを選択した(その予測が当たっていたら報酬がもらえる)。選択課題と他者課題を組み合わせたのがメイン課題で、他者の選択により自分の報酬量が変化するため、実験参加者は他者の選択を予測することで自分の報酬を最大化するように、くじを選択するという内容だ。

解析の結果、メイン課題では、予測が簡単な時には、その予測にもとづいた自分の報酬を最大化するような自己選択をする傾向が確認された。その一方で、他者の選択を予測するのが難しい時には、他者の両方の選択それぞれに応じた自己選択の傾向が共に(ただし、共に傾向の程度は弱まった状態で)観察されたという。

さらに、この実験課題の特徴を利用した解析が行われた。すると、他者予測が困難な時には、自らの報酬量に基づいた意思決定の変数が、他者のありそうな選択となさそうな選択の両方に影響されているという裏付けが確認されたとする。なお、反対に報酬確率に基づいた意思決定は、他者のありそうな選択となさそうな選択には影響を受けないことも確認された。

これらの行動データの解析に基づいて、他者選択の予測に基づく意思決定の脳回路の調査が行われた結果、他者がどちらの選択をするのかを予測した「他者の選択の(予測)確率」に関する脳活動が、左半球の「扁桃体」に発見された。さらに、二択の他者選択のうち、他者のありそうな選択の予測から自己の報酬量に基づいて自らの選択の判断に関する脳活動が「後帯状皮質」で、その反対になさそうな場合の脳活動が「右背外側前頭前野」で、それぞれ初めて発見された。そのほか、自己の報酬量だけではなく、各選択肢での報酬の実現確率も踏まえた、最終選択に関わる主観的価値は「内側前頭前野」の活動が対応することを確認したとする。

次に、以上の脳活動の関係を調べるコネクティビティ分析が行われると、(左半球の)扁桃体→後帯状皮質と、右背外側前頭前野→内側前頭前野の3段階のステージのように、脳活動が順次影響を及ぼす脳回路が同定されたという。さらに、扁桃体の活動が後帯状皮質の活動に及ぼす影響がプラスの方向であるのに対し、右背外側前頭前野の活動に及ぼす影響はマイナスの方向であることも判明したとする。

これらの脳回路は、ヒトの直観的な理解にも整合するという。たとえば、他者選択の予測に確信が持てる時には、後帯状皮質の脳活動が促進され、右背外側前頭前野の脳活動が抑えられることを意味する。つまり、扁桃体→後帯状皮質→内側前頭前野で主導される情報処理が相対的に促進されて意思決定が行われる。

  • 他者の選択肢を予測して自らの意思決定を行う脳回路

    他者の選択肢を予測して自らの意思決定を行う脳回路(出所:理研Webサイト)

反対に、他者選択の予測に確信が持てない時には、他者のありそうな選択に基づく意思決定だけではなく、他者のなさそうな選択に基づく意思決定も相対的に勘案されるような調整が回路に働いていることがわかった。つまり、扁桃体→後帯状皮質→内側前頭前野の経路だけではなく、扁桃体→右背外側前頭前野→内側前頭前野も相対的に利用する度合いが高まって、この2つの意思決定を最終的に統合して意思決定が行われるのである。

今回の成果は、社会性脳機能に関わる基礎研究や社会性に関わる脳疾患の機序の解明と治療法の開発、社会知性を人工的に実現しようとするAI研究などの分野で活用されることが期待されるとしている。