NTTは、強いレーザー光を使った波長変換である「高次高調波発生」において、これまで制御が困難であった偏光、波面形状の同時制御に世界で初めて成功したと発表した。固体結晶の特徴を利用したもので、将来の分光やレーザー加工、光ピンセット、光通信など、様々な分野における光技術の新たな応用が期待できるとしている。

高次高調波発生は、2023年にノーベル賞を受賞したアト秒光パルス発生の原理にもなっている波長変換過程であり、NTTでも長年に渡り、研究に取り組んできた経緯がある。

NTT 物性科学基礎研究所フロンティア機能物性研究部リサーチアソシエイトの永井恒平氏は、「レーザー光が持つ重要なパラメータを制御できる技術を模索することで、まだまだ新たな応用の可能性を拓くことができる。NTT 物性科学基礎研究所では、これまでにも強度や周波数、位相によってパラメータを制御してきた経緯はあるが、今回の取り組みは、偏光や波面形状も制御する新たな研究成果になる」と位置づけた。

  • NTT 物性科学基礎研究所フロンティア機能物性研究部リサーチアソシエイトの永井恒平氏

    NTT 物性科学基礎研究所フロンティア機能物性研究部リサーチアソシエイトの永井恒平氏

レーザー光は、波長や周波数といった色のほか、強度、位相といった重要なパラメータを制御することにより、光通信をはじめとして、科学や産業、医療など、幅広い分野への応用が進んできたが、今後は、偏光や波面形状を制御することで、高次高調波のすべてのパラメータ制御することで、さらなる応用範囲の広がりが期待されている。

今回の技術では、波長変換を起こす固体結晶中の「対称性」と呼ばれる原子配列の規則性を活かすことで、偏光や波面形状の同時制御に成功。さらに、発生する光の偏光と波面形状を制御するための基本的な指針である光の変換法則を発見したという。

「対称性」を利用した固体高次高調波発生技術では、固体中の規則的な原子配列に起因する対称性を利用した光の制御を行っているのが特徴だ。

「従来の研究は、気体による高次高調波発生であり、原子が空間に浮いたような状態となる。だが、原子が変わってもあまり変化がなかった。それに対して、固体高次高調波発生では、固体のなかに規則的に並んでいる原子の特徴を活用して制御することができる。光電場と固体結晶の動的対称性によって、光の偏光の入力と出力の関係を法則として明らかにできた」という。

固体を変えることで、偏光や波面形状を変え、制御することができると判断しており、変換則に従う偏光制御が可能になると位置づけている。

また、「光の円偏光と光渦を相互に変換する光学実験系」を考案した成果もあげた。

円偏光は波の振動が一定方向だけでなく、右回りや左回りして回転する状態であり、光渦は波面がねじれたような形状でビームが発生することを指す。

円偏光は、固体高次高調波発生の制御が比較的簡単だが、今回は、光渦状態まで同時制御できる光学実験系を考案しており、円偏光のガウシアンビームを、厚い一軸性結晶に対して、短い焦点距離のレンズで集光(タイトフォーカス)すると、光渦の光成分を発生して、特殊な偏光状態の空間分布を、物質内に実現できることに着目したという。

タイトフォーカスによって、結晶の厚み方向に対して斜め入射するビームの成分が、複屈折を起こすことから、通常は特殊な光学素子を必要とする光渦の生成を、簡便に行うことができたという。

「偏光、波面形状が固体結晶と合わせてひとつの対称性で特徴づけけられる状態を作ることで、発生する高調波の偏光と波面形状の同時制御を実現。偏光と波面形状と次数の関係性を決める単純な変換法則を導くことができる」と説明した。

実験では、固体結晶において高次高調波発生を起こし、変換される様々な波長の光の円偏光や光渦の状態の制御が実現していることが観測できたという。

  • 強い赤外レーザー光

    強い赤外レーザー光(左)から固体結晶(中央)中での波長変換を通して、様々な波長において選択的な偏光と、波面形状を持った光(右)が同時に発生させる様子

波長2500nmの強い赤外フェムト秒レーザー光の円偏光ガウシアンビームを発生し、1軸性結晶である2mm厚のセレン化ガリウム(GaSe)結晶に、6mmの焦点距離のレンズを用いて集光。高次高調波発生を起こしたという。

集光したレーザー光の周波数の何倍も高い周波数に対応した赤や橙、青の光を偏光成分ごとに分解したのちに、発生した光をカメラで撮影。高調波のビームの空間形状を確認した。その結果、赤、橙、青などの様々な波長の高調波が得られ、波長や偏光成分に依存したビームの空間形状が観測できた。

また、タイトフォーカスしない際には、通常のビームの断面形状しか現れなかったが、タイトフォーカスした際には、ドーナツ状や風車状のビームの断面形状が観測されたという。ドーナツ形状は光渦の状態を示し、風車は異なる複数の光渦が同時に発生していることを示しており、これらの観測結果は、光の変換法則に従って、同時に制御された選択的な円偏光、光渦状態であることが明らかになったとしている。

今後の取り組みについて、NTT 物性科学基礎研究所の永井氏は、「既存のレーザー技術では簡単に発生できない波長の短いような光も生成できる技術になる。これに波面形状の制御を組み合わせることで、微小物質の光ピンセットや、レーザーによる微細な加工技術、細かいものを見る分光技術、光通信のOAM多重伝送にも応用できると考えている」とした。