東京大学(東大)と北海道大学(北大)は8月20日、北大の同位体顕微鏡を利用して、マグマと鉱物(ブリッジマナイト)の間の微量元素(ランタン、ネオジム、サマリウム、ルテチウム、ハフニウム)の分配係数を地球の下部マントルを広くカバーする圧力範囲で初めて決定したことを共同で発表した。

同成果は、東大大学院 理学系研究科 地球惑星科学専攻の小澤佳祐大学院生(研究当時)、同・廣瀬敬教授らの研究チームによるもの。詳細は、米科学振興協会が発行するオープンアクセスジャーナル「Science Advance」に掲載された。

  • 地球深部の環境を実現するダイヤモンドアンビルセル装置

    地球深部の環境を実現するダイヤモンドアンビルセル装置(左)と高圧高温下で合成された試料(右)(出所:共同プレスリリースPDF)

多くの隕石は、火星と木星の間にある小惑星帯に起源を持つことがわかっている。そうした中で、始原的とされる隕石の化学組成が、太陽の大気と一致することが明らかにされていたことから、太陽と小惑星帯の間に位置する地球の組成も同様であると考えられていた(ただし、水のような揮発性成分を除く)。地球のマントル由来のマグマのハフニウムとネオジムの同位体組成には強い相関があり、それらは1つの直線上に乗ることが知られている。しかし、その直線は始原的隕石の組成を通っていなかったことから、地表では観測されない「隠された貯蔵庫」が地球深部にあることが予想されたという。ただし、その貯蔵庫がどこにあるのか、そしてどうやってできたのかはこれまでのところよくわかっていないとする。

地球はおよそ46億年前の形成時、表面まで全球的に溶融したマグマオーシャンだったと考えられている。マグマオーシャンの冷却が進むと、「ブリッジマナイト」の結晶がマントル中位に集積し、マグマオーシャンは上下2つに分けられる。浅い方のマグマオーシャンは地球表層から冷却が進み、数百万年で固結。一方、深い方のマグマオーシャンである「基底マグマオーシャン」はゆっくりと冷却が進むため、現在でもそのごく一部がマグマとしてマントルの底に存在している可能性があるという(地震波の超低速度領域として観察される、マントルの底の部分溶融体がそれにあたる)。

  • マントル由来のマグマのハフニウムとネオジム同位体組成の範囲が、始原的隕石の組成(原点)とずれている

    マントル由来のマグマのハフニウムとネオジム同位体組成(青点)の範囲が、始原的隕石の組成(原点)とずれている。黒線は青点データの回帰直線。εHf、εNdは、隕石組成からのずれが万分率で示されたもの。今回得られた分配係数を使って、基底マグマオーシャンのεHfとεNdの進化が計算された。すると、基底マグマオーシャンのマグマが「隠された地球化学的貯蔵庫」であるとすると、それ以外のマントルの化学組成の平均値(赤丸)はマントルアレイを説明することが明らかにされた(マントルアレイ自体の成因は、マントル中でマグマが生成される一方、形成された地殻がマントル中へリサイクルすることによる)(出所:共同プレスリリースPDF)

基底マグマオーシャン中で結晶化が進むにつれ、残ったマグマは鉄に富んでいく。また、微量元素も主にブリッジマナイトとの分配係数に従って、大きく変化していくとする。鉄に富む残ったマグマは密度が大きいため、マントル上昇流に巻き込まれることはないという。このことは、地表では観測されない「隠された貯蔵庫」の有力候補となる。そこで研究チームは今回、ダイヤモンドアンビルセル装置を使って、マントル物質を高圧高温状態にして融解させ、分析することにしたとする。

加熱後の試料の断面が切り出されて観察が行われた。すると、中心に急冷凍結されたシリケイトメルト(マグマ)、その周りをブリッジマナイトが覆う構造が得られたという。その後、シリケイトメルトとブリッジマナイト中の微量元素(ランタン(La)、ネオジム(Nd)、サマリウム(Sm)、ルテチウム(Lu)、ハフニウム(Hf))が定量され、それぞれの元素のブリッジマナイト/メルトの分配係数(D)が決定された。

  • 24万気圧の実験の回収試料の電子顕微鏡による組成マップと同位体顕微鏡によるサマリウム、ランタン、ネオジム、ルテチウム、ハフニウムの分布

    24万気圧(下部マントルの最上部)の実験の回収試料の電子顕微鏡による組成マップ(左上、EDS)と同位体顕微鏡によるサマリウム、ランタン、ネオジム、ルテチウム、ハフニウムの分布。中心にシリケイトメルト(melt)、その周辺にブリッジマナイト(Bdm)、その外側には融解していない出発物質(SM)が存在する。ブリッジマナイトはメルトに比べて、ルテチウムとハフニウムに富み(分配係数は1以上)、サマリウム、ランタン、ネオジムに乏しい(出所:共同プレスリリースPDF)

その結果、過去の実験における下部マントル浅部の圧力下の結果とは異なり、マントル深部の圧力下では、D(Lu)>D(Hf)、D(Nd)>D(Sm)であることが判明。つまり、結晶化の進行によって基底マグマオーシャン中のマグマは、Luに比べてHfに、またNdに比べてSmに富むようになることが明らかにされた。このことから、時間の経過に従い、マグマは低いHf同位体異常、高いNd同位体異常を持つことになる。鉄に富むこのマグマがマントル対流に参加しない「隠された貯蔵庫」であるとすると、マグマを通じて地表で観察されるマントルはそれと相補的に、高いHf同位体異常と低いNd同位体異常を持つことになるとした。

実際、このようなマグマの同位体組成進化は、基底マグマオーシャン中の結晶化速度に依存する。現在、マントルの底に観測される、地震波の超低速度領域の体積が、基底マグマオーシャン由来のマグマ(結晶化が進んだ後の残りのマグマ)のものであるとして結晶化速度を見積もると、基底マグマオーシャン中のマグマを除いた残りのマントルのハフニウム-ネオジム同位体組成(マントルアレイ)の平均値は観測される範囲と一致するという。つまり、今回の研究により、マントルの底に観測される地震波の超低速度領域は、初期地球の基底マグマオーシャンの残渣(ざんさ)である可能性が高いこと、またそれは地表で観測されない「隠された貯蔵庫」であることが突き止められたのである。

  • 91万気圧の実験の回収試料の組成マップ

    91万気圧(下部マントルの深部)の実験の回収試料の組成マップ(画像3と同様)。24万気圧(画像3)では、ブリッジマナイトはメルトに比べてルテチウムとハフニウムに富んでいたものの、91万気圧では枯渇している(分配係数は1以下)(出所:共同プレスリリースPDF)

地球に存在する量の一部について、行方がわからない元素はいくつもあるという。研究チームは今後、今回解明したマントルの底の地球化学的貯蔵庫に、どの元素がどれだけ隠されているのか詳細に調べていきたいとしている。