NTTは、光ファイバ伝送路の状態を測定器なしで、エンドツーエンドで可視化する技術を開発。商用環境を模擬した北米のフィールド網において、世界で初めて実証に成功したことを明らかにした。

NTT未来ねっと研究所 トランスポートイノベーション研究部 准特別研究員の笹井健生氏は、「光ファイバ伝送路の全長にわたる光信号パワーを、光ネットワークの端点に設置されている光トランシーバーから、 数分で可視化する技術を開発した。今回の実証の成功により、光ネットワークのデジタルツインの実現を大きく前進させることができ、IOWN APN(All-Photonics Network)におけるエンドツーエンド光接続の迅速な確立および保守への応用が期待できる」と述べた。

  • 笹井健生氏

    NTT未来ねっと研究所 トランスポートイノベーション研究部 准特別研究員の笹井健生氏 (提供:NTT)

NTTグループが主導しているIOWN APNは、光信号を電気信号に変換することなく、エンドツーエンドで光接続することができ、大容量、低遅延、低電力な通信を可能にするのが特徴だ。

だが、光ネットワークのデータ伝送容量を最大化するためには、光信号パワーなどの光ファイバ伝送路の状態を、全長にわたって監視し、適切なレベルで制御する必要がある。そのためには、高度なスキルを持った作業者が、「光時間領域反射計(OTDR=Optical time domain reflectometer)」などの専用測定器を用いて、時間とコストがかかる測定や、NTT網外の測定を行う必要があった。

今回、実証した技術は、光ネットワークの端点に設置されている光トランシーバに到達する光信号だけを利用し、光ファイバ伝送路のエンドツーエンドの光信号パワーを、専用測定器を用いずに、数分で可視化することができるのが特徴だ。

笹井准特別研究員は「光信号パワーは、ネットワークの一部において、強かったり、弱かったりすると、データ伝送容量を最大化できないという課題がある。弱すぎると雑音に埋もれてしまい情報が届かなくなり、強すぎると非線形光学効果により、信号が歪み、正しい情報が伝送できない。こうした課題を解決するために光信号パワーの測定を適正に行い、適切なレベルに制御しなくてはならない」と前置きし、「光ファイバ伝送路のエンドツーエンドの光信号パワーを測定する際に、顧客が持つ他社ネットワークの光信号パワーへのアクセスがセキュリティの観点から難しいこと、このネットワークの光信号パワーに関する情報を得るために管理組織間交渉を含めると数時間から数週間かかり、伝送路の構築に時間がかかってしまうこと、伝送路の途中に異常が発生した場合には、専用測定器を用いた全ノードでの測定が必要になるという課題があった」と指摘する。

  • 今回開発したIOWN APNによるエンドツーエンド光接続の可視化技術

    今回開発したIOWN APNによるエンドツーエンド光接続の可視化技術 (出所:NTT)

IOWN APNのように、遠隔の顧客拠点間を光のままで接続する場合には、光ファイバ伝送路の監視範囲を、顧客拠点にまで拡大する必要があるため、複数組織にまたがる光ネットワークの場合には、NTTが管轄外となるネットワークの状態を確認することが困難であるという課題に直面していた。

「今回の技術では、光トランシーバに到達する受信信号だけを解析することで、光伝送路全長において光信号パワーが、どんな分布になっているのかを明らかにできる。顧客のネットワークを含めて、一括での測定が可能になり、遠隔から指令を送るだけで、数分で測定を完了することが可能になる。専用測定器を用いなくても、異常位置の特定ができる」と説明した。

一般的に、システムの入出力波形から、システム内部の分布パラメータを推定する逆問題は、「非適切問題」と呼ばれ、解くのが困難である。NTTでは、光信号が光ファイバ中を伝搬する様子が、非線形シュレディンガー方程式に従うことに着目。同方程式の制約条件を課した受信波形データ解析技術を活用して、この方程式を模擬するデジタルツインを構築。デジタル上で信号を伝搬させることで得られたデジタルツイン信号の状況と、実際の受信信号から、類似度を計算。類似度が最大となるように光パワー分布を推定することで、高速に、高精度に可視化することができたという。

また、この技術を、距離方向だけでなく、偏波、周波数、時間の3つの方向にも拡張することで、4次元での光パワーモニタリングを可能にしたという。これにより、複数の伝送路での異常を検出し、位置を特定できるという。

偏波方向では、非線形シュレディンガー方程式を、マナコフ方程式に拡張することで、水平偏波と垂直偏波のそれぞれの光パワー分布を可視化。この2つの偏波状態を可視化することによって、従来は可視化が不可能であったため、光伝送路における課題となっていた偏波依存損失の位置を特定できる。

また、光パワー分布推定を、複数の波長分割多重(WDM)信号を使って実施することで、周波数方向でも可視化。光増幅器の周波数特性の異常による位置の特定や、次世代の広帯域光伝送システムにおいて顕在化するラマン散乱による信号間の光パワー遷移を、詳細にモニタリングできるようになる。

時間方向では、高速波形取得機能を光トランシーバに実装することで、連続的に波形を処理することが可能になり、時間分解を実現。光ファイバ伝送路中で発生した光パワーの時間変動の発生箇所を特定できる。たとえば、作業者が光ファイバに触ってしまい、光ファイバそのものに曲げ損失が発生した場合などを可視化し、位置を特定することができるという。

今回の技術の実証は、NTT研究所とNECアメリカ、デューク大学が共同で実施。デューク大学周辺のフィールドに敷設した光ファイバ網を用いて行っている。

それぞれ54km前後の3つの光ファイバ網を用いるとともに、商用の800Gbpsトランスポンダを利用。高密度のWDM伝送を行い、フィールド敷設の光ファイバ中における複数の異常損失を、位置の特定および推定することに成功したという。「微小な光パワーの損失にも反応しており、高精度の推定が可能になっていることが示された」と述べた。

NTTでは、今回の技術を活用することで、IOWN APNやデータセンター接続網における迅速なネットワーク構築や、オペレーションを可能にすることができると見ており、独自の光ネットワーク可視化技術を深化させることで、デ ジタルツインによる光ネットワークの自動運用の実現に向けた研究開発を進めていくという。