金沢大学は8月9日、脳からの指令を筋肉へ伝える神経である運動神経を、座った状態で活性化させるシートの開発に成功したと発表した。

同成果は、金沢大 理工研究域 フロンティア工学系の西川裕一助教、同・小松﨑俊彦教授、同・茅原崇徳准教授、同大 融合研究域融合科学系の田中志信特任教授、同大 設計製造技術研究所の坂本二郎教授、トヨタ紡織の川野健二主査、永安秀隆主担当員、森香子係員、中京大学の渡邊航平教授、広島大学の前田慶明准教授らで構成される共同研究チームによるもの。詳細は、生理学に関する全般を扱う学術誌「European Journal of Applied Physiology」に掲載された

加齢に伴い、筋力や認知機能の低下に伴い、身体的な活力が低下し、要介護や死亡リスクが高まった状態である「フレイル」(活動的な生活をしている状態と要介護の間の状態とも表現される)の手前の状況を「プレフレイル」と呼ぶが、高齢化が進む日本では、高齢化率の増加に伴い、フレイルの割合の増加とともに、65歳以上では2人に1人がプレフレイルに該当するという疫学調査結果も報告されているという。

プレフレイルからフレイルへ進行してしまうと、健康状態へ回復するのは困難であることから、ならないための予防が重要とされる。その一般的な対策としては、筋力トレーニングを通した筋力の維持・向上を図ることが推奨されているが、高齢者には負担が大きいことや持続することが難しいという課題がある。そうした状況を踏まえ、研究チームでは、より簡易的かつ受動的に筋肉を刺激し、身体機能を活性化する手法やデバイスの開発が重要であると考察。今回の研究では、座りながら筋肉を刺激し、転倒予防に重要な筋肉の1つである「大腿四頭筋」の活性化を図ることが可能なシートの開発を目指すことにしたとする。

今回の研究対象は、若年男性14名(年齢:24.3±3.6歳、身長:172.2±4.8cm、体重:60.9±6.6kg)で、対象者は、シートに腰掛けた状態で内蔵されている振動子を大腿二頭筋腱に当てる形で振動数80Hz、振幅値0.1mmのパラメータにて30秒間の刺激が与えられた。

  • 今回開発されたシート

    (A)今回開発されたシート。(B)着座イメージ。(C)開発された振動子。(D)振動子が大腿二頭筋腱に当てられた様子 (出所:金沢大プレスリリースPDF)

振動刺激前後に、膝を伸ばす最大筋力と運動神経活動の計測として、60~100個ほどの表面電極を用いて広範囲に筋活動を計測する「高密度表面筋電図法」による解析を実施。対照条件として、振動を行わずに振動刺激条件と同じ時間シートに腰掛け、その前後に最大筋力と運動神経活動の計測が実施された。

  • 筋電図振幅のPreとPostの比較

    (A)筋電図振幅のPreとPostの比較。(B)運動神経活動頻度のPreとPostの比較 (出所:金大プレスリリースPDF)

解析の結果、振動刺激を加えることで、即時的に筋活動が増加し、運動神経活動が増加することが判明したとするほか、振動刺激は、より高いしきい値で活動を開始する運動神経の活性化に寄与していることも判明したとする。運動神経は、小さい運動神経から順に活動を開始する特性があり、これは「サイズの原理」と呼ばれる。小さい運動神経は疲労しにくい遅筋線維を支配し、大きい運動神経は瞬発力がある一方で疲労しやすい速筋線維を支配する傾向にある。遅筋線維と速筋線維の中間には中間筋線維があり、遅筋線維・中間筋線維・速筋線維の順番に筋肉は活動することが知られている。このサイズの原理を踏まえると、低しきい値では遅筋線維、高しきい値では速筋線維が活動するため、振動刺激は速筋線維の活性化に寄与することが示唆されたとするほか、運動神経活動の変化が大きい人ほど筋力の増加量が大きいことも示され、身体機能の即時的な向上に貢献できることが判明したと研究チームでは説明している。

  • 横軸は運動神経が活動したタイミングを示すRecruitment threshold、縦軸は運動神経活動のPost-Preの値が示されている

    (A)横軸は運動神経が活動したタイミングを示すRecruitment threshold、縦軸は運動神経活動のPost-Preの値が示されている。Control(対照)条件では、運動神経活動とRecruitment thresholdの間に関係がないのに対し、(B)振動刺激を行うことで、高閾値で活動を開始する運動神経の活動性がより高まることが確かめられた (出所:金沢大プレスリリースPDF)

なお、加齢に伴い全身の筋肉は萎縮していくが、その中でも大腿四頭筋は転倒の予測因子として使用されているなど、バランス能力に関与する重要な筋肉の1つとして知られており、研究チームでは今回の研究成果について、長時間座位姿勢が強いられる航空機や自動車のシート、さらにはオフィスチェアなどへの応用することで、気軽かつ容易に身体機能を活性化できるデバイスの開発につながるものだとしている。

  • 最大筋力と運動神経活動頻度の変化量の相関関係の結果

    最大筋力と運動神経活動頻度の変化量の相関関係の結果。運動神経活動頻度の変化量が大きい人ほど、筋力が増加していることが明らかにされた (出所:金沢大プレスリリースPDF)