東京理科大学(理科大)は8月8日、二重螺旋構造を持ち、使用する溶媒を変化させることにより、螺旋の左右の巻き方向を反転させることができる亜鉛単核錯体(二重螺旋型モノメタロフォルダマー)の合成に成功したと発表した。

  • (左上)二重螺旋型モノメタロフォルダマーの反転スイッチング。(左下)二重螺旋型モノメタロフォルダマーのX線構造と横から見たX線構造。(右)二重螺旋型モノメタロフォルダマーのイメージ

    (左上)二重螺旋型モノメタロフォルダマーの左巻き(M)と右巻き(P)の反転スイッチング。(左下)二重螺旋型モノメタロフォルダマーのX線構造(ORTEP図)(a)。横から見たX線構造(配位子間のπ-π相互作用)(b)。(右)二重螺旋型モノメタロフォルダマーの左巻き(青)と右巻き(赤)のイメージ(出所:理科大Webサイト)

同成果は、理科大大学院 理学研究科 化学専攻の松村虎太朗大学院生、同・金城圭吾大学院生(研究当時)、理科大大学院 総合化学研究科 総合化学専攻の館野航太郎大学院生(研究当時)、理科大 理学部 第一部化学科の河合英敏教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行する機関学術誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載された。

螺旋構造に折り畳まれた「フォルダマー」は、そのキラル特性や立体構造のスイッチング特性により、刺激応答性のスイッチング分子やキラル材料として注目されている。特に二重螺旋型フォルダマーは、一重螺旋よりも安定で強いキラル特性を示し、さらにはキラル情報の伝達や転写など、高次の構造制御を利用した応用も期待されている。

キラル情報の制御という観点では、キラル反転システムの開発や低分子を対象としたキラリティ制御のための設計指針の確立が重要だ。特に、キラル部位を交換することなく、アキラルな刺激でキラリティを反転させることが望まれている。しかし、低分子や二重螺旋型のフォルダマーにおいて、螺旋の巻き方向を転換することは非常に困難で、二重螺旋における螺旋の反転スイッチングとキラリティの増幅の両立は達成されていなかった。

研究チームは、過去にLの字の形状を有する「ジベンゾピロロ[1,2-a][1,8]ナフチリジン」(以下、L字形ユニット)を含む螺旋フォルダマーが、「重水素化クロロホルム」(CDCl3)中で、螺旋状に折り畳まれた構造を形成することを発見していた。それに基づいて、今回は「2,2'-ビピリジン」により2つのL字形ユニットを連結することで、ビピリジン部位の4,4'位の置換基が異なる3種類の配位子(1a;置換基なし、1b;オクチルオキシ基、1c;(R)-2-メトキシ-2-フェニルエトキシ基)が合成された。そして、それぞれの配位子に「トリフルオロメタンスルホン酸亜鉛」(Zn(OTf)2)を添加することで、目的とするZn単核錯体([(1a)2Zn][OTf]2(以下、錯体(1))、[(1b)2Zn][OTf]2(以下、錯体(2))、[(1c)2Zn][OTf]2(以下、錯体(3))、[(1b)(1c)Zn][OTf]2(以下、錯体(4)))を合成し、その構造と特性の評価を行ったという。

  • Zn単核錯体の合成

    Zn単核錯体(二重螺旋型モノメタロフォルダマー)の合成(出所:理科大Webサイト)

まず錯体(1)の結晶構造が調べられた結果、1つのZn(II)カチオンに2つのビピリジンが配位し、錯体全体が二重螺旋構造を形成していることが判明。ビピリジン部位は2つのL字形ユニットの間に挟まれており、π-π相互作用によって二重螺旋構造が安定化されていた。また結晶中では、2種類の二重螺旋(左巻きのM型と、右巻きのP型)があり、これらが交互に積み重なっていることが明らかにされた。

次に、CDCl3中の錯体(2)錯体の構造が調査された。その結果、溶液中では錯体(1)と同様の二重螺旋配座に加え、オープン型配座(少なくとも1つのL字形ユニットが外向きに配向した状態)の存在が示唆された。また、これらの2つの配座が平衡状態にあり、低温では密なπ-π相互作用を形成する二重螺旋構造がエンタルピー的に有利である一方、高温ではL字形ユニットが高い自由度を持つオープン型がエントロピー的に有利であり、温度による構造制御が可能なことが解明された。

続いて、キラル部位を持つ1cからなる二重螺旋型モノメタロフォルダマー錯体(3)の螺旋の巻き方向を詳しく調査した結果、溶媒に依存して螺旋の巻き方向が変化していることがわかった。さらに検討を進めたところ、M型は非極性溶媒で、P型はルイス塩基溶媒で優先的に形成されることが確認されたという。

二重螺旋型モノメタロフォルダマーにおけるキラル伝達と増幅特性を評価するため、キラル部位のない1bとキラル部位を有する1cからなるヘテロレプティック錯体(4)における螺旋の巻き方向が調査された。すると、錯体(2)のみではコットン効果は観察されなかったが、配位子1cの添加によりヘテロレプティック錯体(4)が形成され、アセトンではP型が優勢、トルエンではM型が優勢となることがわかった。これらの結果は、二重螺旋を介することでキラル部位による螺旋反転特性がキラル部位のない鎖にも伝達されるとともに、キラリティが増幅されていることを意味しているとした。

  • ヘテロレプティック錯体

    ヘテロレプティック錯体[(1b)(1c)Zn][OTf]2(出所:理科大Webサイト)

今回の研究成果は、キラル特性の切り替えと高次のキラル構造制御のための設計指針を提供し、新たなキラルスイッチング材料の開発を促進することが期待されるとしている。