2020年10月に成長企業・中堅企業向けクラウド型ERP(Enterprise Resource Planning)として、提供を開始した「マネーフォワード クラウドERP」。提供開始から4年が経過しようとしているが、昨今における日本企業を取り巻くERPの状況や求められているものについて、マネーフォワードビジネスカンパニー カンパニー執行役員 CPO(Chief Product Officer)の廣原亜樹氏に話を聞いた。

  • マネーフォワードビジネスカンパニー カンパニー執行役員 CPO(Chief Product Officer)の廣原亜樹氏

    マネーフォワードビジネスカンパニー カンパニー執行役員 CPO(Chief Product Officer)の廣原亜樹氏

マネーフォワードが定義する「成長企業」と「成熟企業」の違い

同社のプロダクトは個人事業主から法人まで提供しているが、廣原氏は今後成長が見込まれる中堅企業以上のプロダクトを管掌。中堅以上の企業向けのプロダクト群として、提供しているマネーフォワード クラウドERPをリードする存在だ。

プロダクトにより、中小企業向けに「マネーフォワード クラウド会計」、中堅企業向けに「同クラウド会計Plus」など、明確にプロダクトを出し分けているものもあれば、「同クラウド経費」のように中小企業から大手企業間で1つのプロダクトとして利用できるものもある。つまり、企業の成長に合わせて各プロダクトを導入できるという使い勝手の良さがあるというわけだ。

  • 「マネーフォワード クラウドERP」のプロダクトマップ

    「マネーフォワード クラウドERP」のプロダクトマップ

現在では、中堅企業といってもさまざまなタイプが存在し、ERPの導入が進まない状況があるという。では、どのような企業向けて導入を進めていくべきなのだろうか?これまで、導入するターゲットをある程度定めていたものの、変化が起きているという。

同社では、ERPを導入する企業を「成長企業」と「成熟企業」にすみ分けている。廣原氏は「特に当社が意識しているのは成長企業です。創業して数年で上場を目指すスタートアップやベンチャーとなりますが、大手企業も対象になります」と話す。

一方、成熟企業は規模に関係なく、創業から数十年以上が経過している伝統的な企業と位置付けており、製造業や小売、卸売業などを中心としたマーケットになっている。

従来、ERPは企業規模に応じて異なっていた。大手企業向けは大量のデータ処理を可能としつつ機能が充実している一方、中小企業向けはシンプルな機能で安価に使えるということがそれぞれの特徴となっていた。

成熟企業ではSaaSを導入する障壁が高くなっている

マネーフォワードが大別する成長企業向けと成熟企業向けにおいて、成長向け企業に適したERPは現状では皆無に等しく、大半が成熟企業向けとのことだ。しかし、VUCA(不確実性)の時代を迎え、成熟企業などでも従来型のERPでは急激な事業環境の変化への対応が難しくなってきたことから、基幹システムは従来型のERP、経費精算など従業員体験を向上させる分野はSaaS(Software as a Service)という形で使い分けるようになってきているという。

また、成長企業は成熟企業のような終身雇用型の人事ではなく、中途採用やグローバル採用を含めた人事管理となっているほか、ビジネスモデルについても成熟企業は締め請求モデルが中心となっている、成長企業はサブスクリプションモデルが採用されるケースが多くなっている。

成熟企業では、企業の長い歴史の中で商習慣や社内制度が独自に進化したことに伴い、基幹システムも独自に進化し、同じ業種であってもまったく異なるオペレーションになっているため、ERPのコンセプトでもある“同じものを使うことでメリットを得る”ことが難しく、日本企業特有のものとなっている。

これは、人事管理や経理・販売などの面で各社がすべて独自にカスタマイズしているからこそのものであり、廣原氏いわく成熟企業ではSaaSを導入する障壁が非常に高くなっているとの認識だ。

  • 「成長企業」と「成熟企業」の比較

    「成長企業」と「成熟企業」の比較

日本にしか存在しない「締め請求」の弊害

前述のように独自カスタマイズしたERPの場合、その企業固有ものとなってしまうことに加え、オペレーションが属人化してしまうことから、企業間の横のつながりが醸成しづらく、仮に同業他社に転職した場合でも業務オペレーションをイチから学び直さなければならないということもある。

一方、SaaSであればバックオフィスの業務オペレーションの標準化が図れるという。廣原氏が成長企業の業務を見てきた中で、社内制度やビジネスプロセスが同質化している傾向を感じており、成長企業の間で標準化が図れていると実感しているようだ。

また、成熟企業の締め請求も課題に同氏は挙げている。締め請求は日本だけにしかない請求形態となっており、海外の場合は売掛金の概念はあるものの、一定期間の販売量で締めて請求額を計算し、それに対して値引きや割戻しを入れていくという業務そのものがないという。

このような業務が引き起こす弊害として、例えば月中の売上利益の予測が困難な状態となり、月次決算の結果が見えないとともに、開示するための決算の状況も見れなくなる。加えて、こうした状況が自社だけでなく、取引先も同じ状況だとさらにたちが悪い。

そして、結果的に決算の速報値を誰も把握できず、当月の売り上げが確定できないため翌月にならないと原価計算が始められないという事態になってしまうとのことだ。SAPはリアルタイムに原価計算できる機能を備えているものの、これらの機能を使わず、現実的には使えないことから、締め請求後に原価計算を行うようにカスタマイズしたシステムを構築することが成熟企業では多々あるという。

しかし、成長企業では取引自体がサブスクリプション形態というグローバル共通のビジネスモデルに標準化されているため、カスタマイズが不要になるというメリットがある。

ピュアクラウドであることの重要性

廣原氏は「こうした経緯もあり、マネーフォワード クラウドERPはマーケットに存在していなかった成長企業向けのERPにフォーカスしています。成長企業はクラウドが前提となった時代に創業している企業が多いです。成熟企業の基幹システムはオンプレミスや自社開発が多く、クラウドに置き換えるには負荷が相当高く、成長企業の方がクラウドを使いやすいということがあります」と説明する。

  • 廣原氏

    廣原氏

その反面、成熟企業は成熟企業でSAPのアドオンのカスタマイズから、なかなか抜け出せないといった問題もある。

クラウド登場以前から提供されているオンプレミス型のERPがピュアクラウドに移行するのは非常に大きな開発コストがかかり難易度が高いが、クラウド登場以降に開発されたERPは、最初から完全なピュアクラウドで開発され提供されているため、ユーザーにピュアクラウドだからこそのメリットが提供できる。

廣原氏は「オンプレミス型のERPの場合、自社のサーバにインストールしているため、サーバ自体をクラウドに置くことはありますが、基本的には自社向けにソフトウェアをインストールしていることから、都度新しいバージョンをインストールしなければなりません」との見解を示す。

その点、SaaSであればサーバは提供するベンダー側にあり、ベンダーがアップデートを行うため、自社で行う必要はない。

ただ、最近のERPはクラウドと謳うことが多いものの、これには2つのパターンが存在する。1つはユーザーがサーバをクラウドに置き換えただけのため、SaaSというよりはIaaS(Infrastructure as a Service)に近い形になっているという。

同氏は「インストールしたPCやサーバをクラウドに置いているという意味ではクラウドと言えなくはないですが、個別にインストールされているためアップデートは自身で行わなければなりません。アップデートを止めた状態にしておくと、最新機能を利用することができず、法改正などに追従できなくなる可能性がある」との認識を示す。

そして、もう1つのパターンがこうした課題を解決する“ピュアクラウド”であることが重要だという。マネーフォワード クラウドERPは、構成されるすべてのプロダクトが完全なクラウドで提供されていることから、ユーザー側で初期のセットアップや環境構築などのプロセスを必要とせずに、すぐに利用が可能というメリットがあるとのことだ。

日本の現状に合わせた形でプロダクトを提供

これまで成長企業の話が主になっている、当然同社では成熟企業も対象にしている。上記のようにERPのコアな部分をSaaSに置き換えるのは難しい側面があるため、経費精算や勤怠管理など、一部サービスは利用しているという。

  • 成熟企業ではコア領域は残しつつ、周辺サービスをSaaS化するというニーズがある

    成熟企業ではコア領域は残しつつ、周辺サービスをSaaS化するというニーズがある

廣原氏は「従業員の利便性を向上させるために利用者が多くなる周辺領域にUXの良いSaaSを入れたいというニーズは多くあるため、基幹システムと連携しながら利用できるように提供しています」と話す。

海外では業務の標準化が進んでいるため、リアルタイム性の高い統合型ERPをカスタマイズせずに利用することも珍しくないが、日本では上記のようにさまざまな原因によりリアルタイム性を切り離して運用しているのが実情だ。

こうした商習慣は変化していかないため、同社では統合型ではなく、コンポーザブルERPを提供している。プロダクトを細かく分けたうえで柔軟性を持ちながら連携させており、コンポーザブルの場合、サイロ化が懸念されるが、現在は複数のプロダクトを組み合わせて利用した時にも、マスターを一回のオペレーションでメンテナンスできるよう、社内プロジェクトを進めているという。

  • マネーフォワードが取り組んでいる「マスター共通化」プロジェクト

    マネーフォワードが取り組んでいる「マスター共通化」プロジェクト

最後に廣原氏は「各プロダクトは個別にも利用可能でありながら、組み合わせて利用した時にはマスターに対してのオペレーションは一回で終わるようなUXとなり、一部成果が出始めてきています。今後も日本の現状に合わせた形でプロダクトを提供できればと考えています」と今後の展望を語っていた。