IT業界では「2025年の崖」が注目されているが、SAPユーザーは「SAPの2027年問題」に頭を痛めている。これは、SAPのERP製品「SAP ERP 6.0」の標準サポートが2027年に終了するという問題だ。そこで、TECH+ではこの問題に焦点をあてた「TECH+セミナー ERP 2024 Jul. 自社に適したERP実現へ」を7月10日に開催した。

このセミナーの中では、基調講演としてアイ・ティ・アール(以下、ITR) プリンシパル・アナリスト 浅利浩一氏が「データドリブン経営の実現に向けたビジネス基盤の確立とAI活用」と題して、今後、拡大していくAI活用に向けて、自社に適したERPを実現するためのポイントを解説した。

IT予算は増加傾向だが、AIへの投資は?

浅利氏がまず触れたのが、ITRが調査しているIT予算の状況だ。同社は、「IT投資インデックス」という独自の指標を用いて、IT予算の経年変化を20年以上調査している。

IT投資インデックスは、IT予算の前年度比率の増減が20%以上増加の場合+20、10%~20%増加の場合+10、10%以下の場合は+5、横ばいの場合は0、10%以下の減少の場合は-5、10%~20%減少の場合は-10、20%以上減少の場合は-20とし、これらを合計し、調査企業数で割ったものだ。

この調査によると、2023年度のIT投資インデックスの実績は3.69と3年連続増加となり、2024年度のITRの予測値も3.60と、IT予算は増加傾向にある。

「これまでの実績としては2006年度の3.88が最高ですが、2023年度は3.69と過去最高に迫る勢いで、コロナを乗り越えてDX投資が加速している状況です」(浅利氏)

  • IT予算の経年変化

実際、IT投資が何に使われているのかという項目では、トップが全社的なデジタルビジネス戦略の進行(DX)、2位が基幹系システムのクラウド化の実践だという。注目の生成AIは18位で、それほど高くない。

その一方で、生成AIに対する期待は高い。同社が2024年1月に調査した「生成AIとナレッジマネジメントに関する動向調査」では、役員・事業部長の68%が「生成AIは極めて有望」、あるいは「有望」と回答している。

  • 生成AIに対する期待

「なぜAI、生成AIにそんなに注目が集まるのかというと、一言で言えば、飛躍的な生産性向上を期待している点があります。ただ、膨大な投資、AI法に見られるような規制、コンプライアンス等を踏まえると、すぐに飛びついて、何でもかんでも適用するということにはなりません。多くのケースでは、慎重に適用範囲を検討していくというふうになっています」(浅利氏)

ただ同氏は、生成AIなどの革新的なテクノロジーは、あるときを境に一気に状況が変化する破壊力も持っているので、そういったときに慌てないために、エンタープライズでAIをどう活用していくのかについては、全体像の認識を共有していくことが重要だと指摘。さらに、来たる生成AI時代に備え、データの質を高めておく必要があることも強調した。

「AIによる統計処理、最適化の処理の入り口になるのは、企業内コンテンツの中にあるデータです。データの品質が悪ければ、検出する、応答する、自動化する等のアウトプットの質も悪いということは、容易に想像できると思います」(浅利氏)

データの質にはいろいろな観点があるが、ポイントになってくるのはファクトデータで、これは、1つのデータが違う状態で、2つも3つもないことを指す。

「Single Source of Truth(信頼できる唯一の情報源)という言い方をしますが、そういった状況を非構造化データ、あるいはリアルタイムデータのIoT制御データも含めて整理しておく。そして、この整備したデータをもとにAIが学習できるようにモデル化し、トレーニングして鍛えていき、微調整をする。そういったことができる準備を整えておくということだと思います。企業内コンテンツを整備して、データの一貫性、一元性を確保して、AIにいろいろな仕事をさせていけるようにする。そうすることで、生産性が向上していきます。AIドリブンな経営の基盤をどうつくっていくのかというところが、今後のエンターフライズAIの勝負所になると見ています」(浅利氏)

自社に最適化したERPをどう実現すべきか

では、来たるAI時代に向け、自社に最適化したERPをどのように実現していくのか。浅利氏は、まず、価値観を変えていく必要性を挙げた。

「今までは最適化しましょう、一元化しましょうということになっていましたが、もう一つ踏み込んで、システムをつなぐ、共有する、活用するといったデータを利活用していくための基盤というものを価値観に加えていくべきでしょう。使いやすい、コストを低減する、システムのシングルインスタンス化といった価値観から、データをつなぐ、共有する、活用するといったデータ基盤にパラダイムを変えていけば良いのです」(浅利氏)

そのためには、ビジネスの側面、データの側面、アプリケーションの側面、技術的な側面というアーキテクチャの4つの要素で検討していくことが重要になってくる。

  • 最適化されたシステムに向け、ビジネス、データ、アプリケーション、技術という4つのアークテクチャマネジメントに注力

そして今後、生成AIを活用し、データドリブン経営を実現していくために標準装備すべき仕組みは「MDM(マスターデータ管理システム)」と「Integration HUB」、「SoI(System of Insight)」だという。

Integration HUBのSLAという仕組みは、いろいろな事業トランザクションから仕分けを生成する機能で、通常はERPの中に一体となって組み込まれているものだ。それをIntegration HUBというつなげる仕組みの中に持てば、必ずしも変動部分のシステムが統合されていない場合でも、SLA(補助元帳会計)を通せばERP、経営財務に仕訳を転記でき、トランザクションシステムのデータが変わっても、SLAを通せば常に求める仕訳が生成できるそうだ。

  • 生成AIを活用し、データドリブン経営を実現していくために標準装備すべき仕組み

2種類あるFIT to Standard

最後に浅利氏は、自社にとって最適なERPを選定するための進め方として、「FIT to Standard」を説明した。FIT to Standardは、業務内容をシステムの標準機能に合わせることを指すが、同氏は、これには「FIT to Product Standard」と「Fit to Company Standard」の2つがあると話す。

FIT to Product Standardは、ERPベンダーの仕組みをスタンダードと位置付けて導入していくというスタイル。一方のFit to Company Standardは、自社の理想像を実現するために業務プロセスの流れと機能を標準と位置付けるものだ。

同氏は、ERPのスタンダードが自社に最適ではない場合もあるので、その場合は、IT to Product StandardとFit to Company Standardを組み合わせて行うことを推奨しているそうだ。「それが自社にとって最適なERPにつながる」と語り、講演を終えた。

  • ERP導入のアプローチ