筑波大学は7月12日、「骨格筋(筋肉)幹細胞」(以下、SMSCと省略)の活性化状態を見分けることができるマウスを用いて、「休止期/増殖期/分化期」それぞれの状態にある同幹細胞の遺伝子発現を網羅的に解析した結果、「DUSP13」と「DUSP27」という2つの酵素が、増殖期のSMSCを分化期へと進めるスイッチング因子として浮かび上がったことを発表した。
同成果は、筑波大 医学医療系/トランスボーダー医学研究センター 再生医学分野の藤田諒助教、同・大学 医学医療系/トランスボーダー医学研究センター 遺伝子改変マウス分野の高橋智教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、幹細胞/前駆細胞生物学に関する全般を扱う学術誌「STEM CELLS」に掲載された。
SMSCは、損傷がない筋肉中では細胞分裂はせず、ほぼ停止した状態(休止期)で存在している。ところが、筋肉の異常事態を感知すると速やかに活性化して増殖し、筋の修復に必要な細胞を多数作り出す。作り出された細胞はその後、筋分化というプロセスへと移行し、数百の細胞がお互いに融合することで1つの非常に大きな多核の筋線維(筋細胞)へと成熟していく。
ところが、加齢や糖尿病などを含む慢性的な疾患では、この一連の筋形成プロセスに異常が生じ(SMSCの運命決定機構の破綻)、小さくて脆弱な筋線維となってしまう。結果として、サルコペニアなどの筋疾患を発症する素地となったり、疾患を加速させたりする恐れがあると考えられている。また運命決定機構のどのプロセスに異常が出ているのかは、疾患モデルなどによって異なるという。そこで研究チームは今回、増殖中のSMSCが筋分化へと進むために必要な分子の同定を試みることにしたとする。
今回の研究では、筋分化のマスター因子としても知られるMyoDの遺伝子座に蛍光レポーターを挿入してある「MyoDノックインマウス」が使用された。そして、同マウスから単離されたSMSCを使用することで、MyoDの発現依存的に上昇してくる遺伝子群の探索が可能となった。その結果、酵素をコードする2つの遺伝子であるDusp13とDusp27が、MYODによって直接制御される因子であることが同定され、これらの遺伝子は筋組織で特異的に高い発現を有していたという。
SMSCにおける両遺伝子の機能を解明するために、それぞれの遺伝子を欠損したKOマウスが作製された。両遺伝子のいずれかの欠損マウスと野生型マウスの筋再生能が比較されたところ、単独の欠損では筋再生能の異常は観察されなかったとした。しかし、両遺伝子を欠損させたダブルKOマウス(DKO)では、野生型や単独欠損と比較して、大幅に筋再生の遅延が起きることが判明。以上の結果により、両遺伝子はSMSCによる筋肉の形成に必須である可能性が示唆された。
次に、そのような再生遅延が起きる理由の解明が進められた。SMSCの増殖や分化が盛んな時期である損傷後7日目のDKOマウスの筋組織切片が調べられたところ、SMSCのマーカー「PAX7陽性細胞」が多い一方、骨格筋が分化したことを示すマーカー「MYOGENIN」が陽性となる細胞が有意に少なくなっていた。Dusp13とDusp27が欠損することで、SMSCが筋分化へと移行できない可能性を示唆する結果だという。そこで、野生型マウスおよびDKOマウスからSMSCをそれぞれ単離して培養が行われた。すると、野生型のSMSCは分化していくのに対し、DKOマウス由来のSMSCは増殖期にとどまり、筋分化移行が低下していたのである。
さらに詳細なメカニズムの探索として、MyoDノックインマウス由来のSMSCのうち、活性化・増殖したSMSC集団のみが単離され、シングルセルRNA-シークエンスが行われた。するとDusp13とDusp27は共に、MYOGENINを発現した細胞集団で発現することが判明。そこで、Dusp13が筋分化のスイッチを入れるきっかけとなるのかを検証するため、まだ筋分化スイッチが入っていない未分化で増殖中のSMSCに対し、Dusp13の過剰な発現が行われた。すると、MYOGENINを発現する細胞集団が現れることがわかった。
以上のことから、増殖中のSMSCはDUSP13とDUSP27の発現を介して、筋分化に関わる遺伝子プログラムを誘導している可能性が示唆されたとした。
今回の成果は、SMSCの大量増殖による培養肉開発などにも応用できる可能性があるとする。なお研究チームは今後、DUSP13とDUSP27がSMSC内でどのような分子と相互作用し、増殖中のSMSCを筋分化へと誘導するのかの解明を目指すとしている。