7月9日~10日、広島市内の平和記念公園内に位置する広島国際会議場で「平和のためのAI倫理:ローマからの呼びかけにコミットする世界の宗教」と題したイベントが開催された。同イベントは、教皇庁生命アカデミーと世界宗教者平和会議(WCRP / RfP)、アラブ首長国連邦のアブダビ平和フォーラム、イスラエル諸宗教関係主席ラビ委員会による共催だ。破壊的技術がもたらす結果と平和への永続的な追求を象徴する広島という場所で開催されることに深い意義を持っているという。

宗教の垣根を超えた「AI倫理」への取り組み

イベントには日本を含む13カ国、約150人(海外の宗教者など約50人)が現地参加、約50人がオンラインで参加した。キリスト教、イスラム教、ユダヤ教など、世界の主要な宗教の指導者たちが集まり「AI倫理のためのローマからの呼びかけ」に署名するというものだ。これは、AIの開発を倫理的な原則に基づいて導くことが、人類の善のために重要であることを強調するものだという。

2020年2月28日に教皇庁生命アカデミーは、マイクロソフト、IBM、国連食糧農業機関(FAO)、イタリア政府とともに、EU議会議長出席のもと、ローマで「AI倫理のためのローマからの呼びかけ」に署名した。教皇庁生命アカデミーは第264代ローマ教皇のヨハネ・パウロ2世により、1994年に設立。

バチカン市国に本部を置き、主に人間が生きるうえでのさまざまな年代における尊厳への配慮、ジェンダーや世代間の相互尊重、各個人の人間としての尊厳の擁護、人間の生活向上にかかわるさまざまな側面を研究している。 

イベント自体は2日間にわたり行われたが、本稿では初日における「理論から活用へ:倫理的AIの可能性と実世界への応用」をテーマにしたセッションを紹介する。

このセッションでは、米IBM シニア・バイス・プレジデント IBM Research ディレクターのダリオ・ギル氏、Cisco(シスコ) シニア・バイス・プレジデント兼アジア太平洋・日本・中国地域プレジデントのデイヴ・ウェスト氏、米Microsoft 社長のブラッド・スミス氏がスピーチを行った。

安全で人間中心のAIを構築することの難しさ

まずは、IBMのギル氏からだ。最初に同氏は1939年のニューヨーク万博のタイムカプセルが会場の地下に埋められたことを引用し「テクノロジーを安全に保つ方法は隠すのではなく、人を信頼することにありました。そして、AIを安全に保つ方法は“街全体がその管理者になる”ことです」と述べた。

  • 米IBM シニア・バイス・プレジデント IBM Research ディレクターのダリオ・ギル氏

    米IBM シニア・バイス・プレジデント IBM Research ディレクターのダリオ・ギル氏

ここで言及した同氏が考える街全体とは、多様な宗教や政府機関、企業、大学などがAIの開発参加することだという。ギル氏は「2020年に人類のためにAIを開発しようというローマからの呼びかけに対し、すぐに署名をしました。生涯忘れられない瞬間であり、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教と、この件に関して協力しなければならないと同意しました」と話す。

同氏によると、人類の歴史は信仰をめぐる相違や不一致により形成されきた経緯があるものの、その点に関しては主要な宗教が団結しているという。

ギル氏は「AIは、人間であるということはどういうことなのかと根本的な問題を提起しており、こうした考えはすべての組織化された宗教にとって中心的な問題です。それは、また宗教、科学をも超越した問題であり、安全で人間中心のAIを構築することは狭い技術的な問題ではなく、少数の組織だけで解決しようとすると結果は芳しくないことを歴史は教えてくれます。人類のためのテクノロジーは人類が開発しなければならず、多くの組織の協力が必要です」と力を込める。

IBMはMetaとともに昨年末に国際的なコミュニティ「AI Alliance」を立ち上げており、現在ではグローバルにおいてスタートアップや企業、研究機関など100以上の組織が参画している。AIがプラスに働くか否かは、開発の手綱を握る人だけではなく、責任を持ってAIを発展させるために、その未来は民主的でなければならないとの認識を示す。

また、AIの安全に対する評価が難解になるについれ、非エンジニアの協力が不可欠であり、最大の懸念は悪意のあるコードのためサイバーセキュリティの専門家による知見も必要になるという。

ギル氏は「AIは管理される必要があります。人類は複雑な生物であり、利己的で誤りを犯しやすいのです。また、AIを閉じ込めたり、守られたりする必要はなく、人類を導く制度と同じように導かなければなりません。私たちがAIの可能性を信じる理由はそこにあり、私たち自身を信じているからです」と語っていた。

人間の幸福のためのAI

続いては、Ciscoのウェスト氏。同氏は「AIはすべてを変え、テクノロジーとの関わり方を根本的に進化させ、AIが依存するインフラに新たな要求を突きつけます。企業が生成AIを採用し、ビジネスを深化させるにはAI強化、拡張、保護するテクノロジーを強化する必要があります。当社はAI時代の接続と保護を実現します。これらはすべては、信頼と責任あるAIの基盤上で成り立ちます」と強調した。

  • Cisco(シスコ) シニア・バイス・プレジデント兼アジア太平洋・日本・中国地域プレジデントのデイヴ・ウェスト氏

    Cisco(シスコ) シニア・バイス・プレジデント兼アジア太平洋・日本・中国地域プレジデントのデイヴ・ウェスト氏

同社は2018年にAIの設計・開発・展開において人権を尊重すると宣言し、2022年にはAIに対するアプローチを定義した「AI原則」を発表し、透明性、公平性、説明責任、信頼性、セキュリティ、プライバシーを原則としている。

同氏は「倫理的なAIへのアプローチが原則的であると同時に、実践的であることが重要だと考えています。そして、2023年にAI影響評価を策定し、AIのリスクを評価するためにトレーニングデータからプライバシー、モデル、テスト方法など多岐にわたります。これは当社の責任あるAIとプライバシーの実践を理解してもらうことです。ガードレールを早期に確立することが、イノベーションの文化を育むと考えています」と説明した。

最後はスミス氏だ。まず、同氏はAIについて実際に利益をもたらすものとして普及していくこと、これに伴う考え得るさまざまな問題を解決するため政府、企業、宗教、学術など各界においてリーダーが必要であるとの見解を示した。

  • 米Microsoft 社長のブラッド・スミス氏

    米Microsoft 社長のブラッド・スミス氏

スミス氏は「すべての技術は兵器にもなり得るが、われわれが活用できるツールにもなり得えます。一例として、核兵器と原子力が比較できます。広島と長崎に原爆が投下されてから79年が経過しました。その後、怒り任せて原爆が使われたことはありません。これは懸命に守られてきたことです。現在のところ原子力は電力使用という平和な形で使われていますが、投下された当時と私たちはAIにより同じ状態に置かれていると感じています」と話す。

このため、今回のイベントには宗教界のみならず学術界からも参加しており、同氏はこの場で意思決定をしなければならないという。

そのうえで、同氏は「人間の幸福のためにAIが使われるようにすべきです。人類という家族が手を取り合って将来を見据えてAIをうまく活用していかなければなりません。今後、何十年後かに、われわれの跡を継ぐ人たちがさらに構築していくれることを願いながら」と述べ、講演を結んだ。

なお、7月10日にはアブラハムの宗教(キリスト教、イスラム教、ユダヤ教)の指導者らが見守る中、日本を含むアジアの宗教(仏教、神道、儒教、ヒンドゥー教、シーク教、バハイ教ほか)の宗教を代表する指導者たちが「AI倫理のためのローマからの呼びかけ」に署名した。AIを人類と地球の善のためにのみ使用すべきことを強調するとともに、すべての武力紛争の即時停止を実現するために、国際社会に対して、あらゆる紛争を平和的な方法で解決するよう求めている。