茨城大学は7月5日、ダイヤモンド核から炭素繊維が多数成長した独特な構造を持つ「マリモカーボン」(MC)の繊維構造を、メタンガス流量で制御することに成功し、これらの構造のMCで作製された「固体高分子形燃料電池」(PEFC)の触媒層が発電性能に影響を与えることを明らかにしたと発表した。
同成果は、茨城大大学院 理工学研究科の江口美佳教授、同・理工学研究科 量子線科学専攻の髙村康平大学院生らの研究チームによるもの。詳細は、国際水素エネルギー協会が刊行する水素エネルギーに関する全般を扱う公式学術誌「International Journal of Hydrogen Energy」に掲載された。
エネルギー効率が高く、発電の際に水しか生成されず、作動温度が室温に近いなどの優れた点を持つのが燃料電池。その水素と酸素の化学反応は触媒層が担う。燃料電池の一種であるPEFCは、触媒層の内部に燃料ガス(水素ガスと酸素ガス)を効率的に拡散させることが重要で、その拡散経路は、触媒層内部の空隙によって確保されるが、一般に市販されている触媒層はカーボンブラック(CB)に白金を担持させた材料で形成されており、粒子状炭素であるCBでは、燃料ガスの拡散経路が複雑で、必ずしも拡散効率が高いものではなかったという。
その課題解決に向け、繊維間に多数の空隙が存在することから高い拡散効率が期待されているのが、カーボンナノチューブやカーボンナノフィラメントなどの繊維状炭素。そして研究チームで開発しているのが、その繊維状炭素の一種であり、外観が阿寒湖のマリモに似ているMCを触媒層として用いたPEFCである。MCはダイヤモンドから炭素繊維が多数成長した、繊維の高次構造体で、他の繊維状炭素と同様にMCは燃料ガスの拡散性に優れている。さらに、MCの炭素繊維は、グラフェンシート(炭素繊維)が積層したカップスタック構造を持つ。
また白金は、炭素繊維の表面に露出したグラフェンシートの間に担持されるため、MCへの白金の担持には、他の繊維状炭素では必要である、繊維表面の前処理(酸や熱などで繊維表面を粗くする処理)を行う必要がない。先行研究によってMCで作製された触媒層が高い発電性能を示すことが解明されており、今回の研究では、MCの構造を最大限に活かした触媒層を作製することで、PEFCの発電性能のさらなる向上が目指されたという。
今回の研究では、MCが繊維の高次構造体であることが着目された。なお、繊維間空隙の制御は他の繊維状炭素では困難だが、MCはその合成条件により繊維間空隙(燃料ガスの拡散経路)を制御できる可能性があるとする。
まず、酸化ダイヤモンド(O-dia.)にニッケル(Ni)を担持させた「Ni/O-dia.」が合成された。次に、高温(550℃)の反応炉中で、Ni/O-dia.にメタンガスが供給され、同ガスはNiにより分解され、グラフェンシートが形成された。この炭素繊維の成長は、O-dia.に担持された多数のNiを起点に生じたという。今回の研究では、MCの炭素繊維構造の制御を目的に、炭素繊維の炭素源であるメタンガスが、異なる流量(100、400、1000cm3/min)で供給された。合成されたMCで触媒層を作製し、実際のPEFCとしての発電性能が測定された。
3種類の流量で合成されたMCは、流量が少ない場合は太い炭素繊維が疎に観察され、多い場合は細い炭素繊維が密に観察されたという。MCの炭素繊維の太さは、その炭素繊維の成長起点となるNiの粒径に依存する。つまり、流量が少ないほど炭素繊維が太いのは、「シンタリング」現象により、Niの粒径が大きくなったためとする。Ni担持O-dia.を高温(550℃)で加熱すると、O-dia.上のNiがシンタリングし、粒径が大きくなる可能性がある。流量が少ない条件で、特に観察された太い炭素繊維は、繊維の成長開始が遅いことでシンタリングが進んだNiを起点に成長した繊維と考えられるとした。
この炭素繊維の太さの違いは、繊維間空隙を変化させた。太い繊維は直線方向に成長しやすいのに対し、細い繊維は曲線方向にも成長しやすくなる。曲線方向にも成長する細い繊維は、繊維間空隙を埋めるようにも繊維が成長するため、繊維間空隙が狭くなったという。
白金源に塩化白金酸・六水和物を用いて、MCに白金を担持させ、膜電極接合体が作製され、実際のPEFCとしての発電性能を見る電圧・電流(I-V)測定が行われた。電流密度0A/cm2のセル電圧は、100、400cm3/minで合成されたMCで高い値が示された。これは、高い電気導電性を持つためと考えられ、その値は電気導電性に優れているCBと同程度だった。一方で、高電流密度域でのセル電圧は、MC合成の際の流量が多いほど高い値が示された。これは、MC構造の違いによる触媒層の空隙や膜厚の変化が影響していると考えられるとする。1000cm3/minで合成されたMCは特に高い発電性能が示され、I-V測定から算出された最高出力密度(223.9mW/cm2)は、CBの最高出力密度(157.7mW/cm2)の1.4倍だったとした。
PEFCは、触媒層の他に、流路板やガス拡散層、電解質膜、ガスケットなど、多くの部品で構成されている。それらの部品間では、燃料ガス、電子、イオン、水などの物質の受け渡しが行われている。それらの受け渡しは、部品の界面構造に影響を受ける。今回の研究で可能となった触媒層構造の制御は、触媒層界面構造も変化させるため、これらの受け渡しの制御も期待できるとする。他の部品間との相互作用も考慮し、触媒層構造を最適化することで、MC構造を最大限に活かしたPEFCの開発を可能とし、さらなる発電性能の向上が展望されるとしている。