全国に数多くの工場や物流拠点を持つ花王グループは、デジタルデータを活用したサプライチェーンの最適化に取り組んでいる。花王 SCM部門 デジタルイノベーションプロジェクト チーフデータサイエンティストの田坂晃一氏は、「サプライチェーンマネジメントにおける全体最適実現サイクルのキーファクターは需要予測」だと話す。

6月18日に開催された「TECH+セミナー 物流イノベーション 2024 Jun. フィジカルインターネットを実現するために バリューとワークフローの転換期」に同氏が登壇。花王がどのように需要予測を行い、それがサプライチェーンマネジメントにどう活かされているのかを説明。自動化された物流拠点である豊橋工場での取り組みも紹介した。

物流を自前で行うことで顧客に近い情報を得る

花王グループは、全国各地に数多くの物流拠点を置いている。家庭品は24拠点、化粧品は7拠点、化学品は23拠点ある。一般的にはそこから、卸売会社やサード・パーティー・ロジスティクス(3PL)を荷主として協力会社が物流を運営するかたちで輸配送を行うのだが、同社ではそのほとんどを花王グループカスタマーマーケティング、花王ロジスティクス、花王システム物流といった自社グループ内企業が担当している。全国に10か所ある工場からは、毎日約500台の大型車のほか、JR貨物や海上輸送も使って物流拠点に積送し、そこから小売店へは、約1200台の小型車で直接配送するほか、小売店共同配送センターへも配送しているという。

  • 花王と他社の、販売・物流フローと運営会社の比較

「自分たちの製品は自分たちで小売店さまに届けているところが特徴で、サプライチェーンの全ての視点を持ちながら物流を行っています」(田坂氏)

こうしたかたちをとったことで、花王には小売店からの発注が直接上がってくるため、顧客に最も近い小売店からの情報も得られる。そこで現在同社が取り組んでいるのが、デジタルサプライチェーンの実現だ。小売店などの情報から需要予測を行い、それをベースに調達計画や生産スケジュール、輸送計画、作業計画など全ての計画を立てる。その一方で生産に関しては、運転の最適化や自動制御、ナレッジの共有、自動搬送やロボットの導入などを行う。これらにより生産性を向上させ、働きがいのあるサプライチェーンの構築を目指している。

「在庫の適正化や物流コストの抑制なども含め、商品開発から全てをサプライチェーン全体で考えることが重要です」(田坂氏)

サプライチェーンマネジメントのキーファクターは需要予測

サプライチェーンマネジメントにおいてキーになるのは需要予測だと田坂氏は話す。サプライチェーンを計画するには、まず需要と供給の計画をつくる。その際、何をどのくらいつくるかという事業の計画を数量と金額で一致させ、数字に落とし込む。そしてその計画を関係者で共有することが重要だ。これで需給計画ができ上がるが、需要は変動することがある。したがって、商品ごとの在庫設計が必要となり、需要に応じた工場の安全在庫量を設計する、在庫設計も商品ごとに必要となる。それでも在庫の増減は発生するため、その増減をきちんと分析し、需要予測の精度を評価して改善につなげていくことが重要だという。

  • 花王における需給計画策定のためのサイクル

では需要予測とは何か。田坂氏は、需給計画策定のために将来的に売れる量を過去データから推測することだと説明する。同社では、商品のライフサイクルに合わせた予測を行っている。例えば初期生産量を決めるための発売前予測、追加生産の判断のための発売直後予測、安定して売り続ける通常期のPSI計画のための通常期予測、そして廃止品となる場合にも最終原料発注量や生産量を決めるための終売期予測を行っているそうだ。

需要予測と在庫設計には気象予測データも活用

その中でも、同社が20年ほど前から行っているのが通常期の時系列予測だ。年間を通した出荷実績の変動は、季節によって変動する傾向、一定の範囲内で出荷数が増減する通常変動、さらに通常変動では許容できないような、イベントと呼ばれる突発的な受注の3つがある。このうち季節変動は再現性があり毎年同じような動きになるため、通常期の需要予測に活用できる。しかし、とくに季節品についてはその年の気象状況によってより大きく販売数量が変動する。そこで、需要予測と在庫設計は気象予測のデータも取り込みながら行っている。

まず工場では、1か月から数か月単位の中長期で、冷夏や猛暑といった気象予測に基づいて生産、調達計画を立てている。気象予測は長期になれば外れることもあり得るため、それも想定しながら生産計画を立てるという。一方、物流拠点ではより精度が高い短期の気象予測データを活用し、そこに出荷実績を組み合わせて出荷予測することで、在庫の最適化を実現している。

「無駄な在庫を持たないことが、サプライチェーンの最適化につながるのです」(田坂氏)

発売前の製品は機械学習で出荷予測

一方、発売前予測については過去の時系列のデータがないため、別のアプローチが必要になる。そこで活用しているのが機械学習モデルを使った出荷予測だ。商品の情報はもちろん、市場情報や広告予定、過去の商品情報など約50種類の情報を活用し、「DataRobot」というプラットフォームを使って予測モデルをつくっている。機械学習によって1店舗あたりどれだけ売れるかを予測し、それに配荷店舗数を掛け合わせることで、発売から3か月で売れる数量を算出している。

こうした予測は、過剰在庫の抑制にも活かされている。製品の供給計画を立てる際に、まず物流拠点での補充、販売、在庫をPSIとして計算し、それに基づいて工場からの出荷や生産量を決める。これは自動立案というかたちを採っており、需要予測を入れれば自動的に生産計画が立てられるようになっているそうだ。

工場に物流拠点を併設、ホワイト物流も実現した豊橋工場

工場から物流拠点までの物理的な部分については、新たな物流モデルの構築にも取り組んでいる。その1つが、工場と物流拠点を一体化させた豊橋工場だ。工場内に新設した倉庫に複数の製品をパレタイズするロボットやAutomatic Guided Vehicle(AGV、無人搬送車)、自動運転フォークリフトを導入し、製品の入庫から出庫までを完全に自動化した。現在、作業者はほぼゼロで稼働できているというこの次世代倉庫を立ち上げる際には、デジタルツインの仮想空間でシミュレーションを行い、最適なレイアウトや必要なロボットの数を検討したほか、実機での検証も行って設計を決めたという。

工場でのトラックドライバーの待機時間を可能な限り短縮できるように、トラックオペレーションのスマート化も実現させた。これはバース予約システムと出庫システム、車両ナンバー認証システムを連携させたもので、車両が到着するとナンバー認証で自動的に受付され、同時に自動倉庫から荷物が出される。そのためドライバーは待機時間なく積み込みを行える。受付表への記入などの手続きも不要なため、トラックが構内に滞在する時間が大幅に短縮された。

社内外との連携で共創型輸送ネットワークの構築を目指す

花王が目指しているのは、「Connected Logistics for ESG」という、社外やデジタル空間、社会とつながるサステナブルなコネクテッドロジスティクスの実現だ。物流をほぼ自前で賄っていた同社だが、現在は共創型輸送ネットワークの構築に取り組んでおり、他メーカーや物流パートナー、卸売業、販売店などとの連携を進めている。データプラットフォームも社内外と連携しながらつくることで、最適なネットワークの構築を目指しているという。

「花王は、『豊かな共生世界の実現』というパーパスを持って活動しています。人と地球と社会にやさしい持続可能なサプライチェーンを構築し、フィジカルインターネットを実現するために、さまざまな方々と一緒に取り組んでいきます」(田坂氏)