「円安は物価の上振れ要因」日銀は金利引き上げに動けるか

「池の中のクジラ」が抱えるリスク

 マイナス金利政策の解除から3カ月。日本銀行は6月14日の金融政策決定会合で長期国債買い入れの減額方針を決めた。総裁の植田和男氏は記者会見で「(債券)市場における金利形成の自由度を高めていく」と説明したが、当初は「急がない」としていた量的引き締め(QT)に踏み切った背景には、輸入物価高を通じて家計や内需企業を圧迫する円安進行に歯止めをかけたい思惑がうかがえた。

 前回4月会合時での植田氏の発言が市場で「円安軽視」と受け止められ、円相場は4月末に一時、1ドル=160円台まで急落した。財務省が円買い・ドル売り介入に乗り出すとともに、岸田文雄首相が「円安に対する政府と日銀の認識を擦り合わせるため」(周辺筋)植田氏を官邸に呼び出す騒ぎとなった。

 その後、植田氏は「円安の動きは物価の上振れ要因となるので政策運営上、十分に注視している」などと円安への対応を示唆。6月会合で短期の政策金利を維持しただけでは、対応に消極的と見られ、投機筋などが円売りを仕掛けられる懸念があったためQTに踏み切ったようだ。

 ただ、実際にQTを進めるのは至難の業。異次元緩和策導入以降、日銀が買い入れた長期国債の残高は約590兆円と、発行残高の5割超にまでにのぼっており、「池の中のクジラ」(大手行幹部)が少し動いただけでも、相場に大きな影響を及ぼす可能性がある。植田氏は「減額する以上、相応の規模になる」と語ったが、安易に減らせば、長期金利が跳ね上がり、経済や国の財政運営に大きな打撃を及ぼしかねないリスクをはらむ。

 日銀にとって最も心配なのは、想定外に早まったQTが利上げ判断に影響を及ぼす事態だろう。次回7月会合について、植田氏は「経済・物価情勢次第では追加利上げを(QTの具体策決定と)同時に行うことも当然あり得る」と述べた。

 だが、市場では「慎重な政策運営を続けてきた植田日銀がわざわざ市場や経済に動揺を与えるリスクを冒すとは思えない」などとして利上げ見送り観測も広がる。円相場と長期金利の双方に目配りしながら、着実な利上げで「金利のある世界」への移行を進められるか。植田日銀は正念場に差し掛かっている。