テクノロジーに対する規制に関して、各国での対応はさまざまだ。近年では、特にAIに関する規制ついての議論が活発化している。先日、フィンランドのヘルシンキでセキュリティ企業のWithSecure(ウィズセキュア)が開催した年次イベント「Sphere 2024」でコロンビア大学ロースクール 教授 Anu Bradford氏が「Digital empires(デジタル帝国)」と題して、プレゼンテーションを行った。

  • コロンビア大学ロースクール 教授のAnu Bradford氏

    コロンビア大学ロースクール 教授のAnu Bradford氏

市場主導の米国、国家主導の中国、権利主導の欧州

まず、Bradford氏は「世界中で技術を開発・発展させていくだけでなく、優位性とともに規制に関するものがニワトリと卵の関係性で進んでいきます。規制については世界共通の認識はなく、考えられるものとしては3つあります。それは、米国、中国、欧州です」と話す。

これら3つのデジタル帝国において、米国は市場主導、中国は国家主導、欧州は権利主導の規制という方向性となっている。米国は市場を第一に考えており、インターネットとその関連技術を進めていくことが一番の目的になっている。政府は規制しようとは思ってはいても、大手企業が成長できるようにということを志向しているという。

また、国家主導の規制を持つ中国は、技術立国を主眼に置いていることから、国のリソースをいくらでも注入することは可能であはあるものの、国民が何をしているのかということを調べることに対しても、政府が関与している。

そして、欧州は前者2つとはまったく異なるという。「米国は自由にやらせすぎていますし、中国は圧力がかかりすぎています。そのため、欧州では人間中心のアプローチを取っています。民主主義の枠組みがデジタル社会において、どのような役割を持っているのかを見ているわけです。大手のみならず中小企業、欧州の市民それぞれがどのように技術を活用していくのかという見地に立っています」と説明する。

米国では大手企業が優遇されるとともに、それらの企業が成功するための規制であり、発言力も非常に大きいほか、中国は海底ケーブルや通信機器などインフラ、ひいては技術を南米、アフリカ、欧州の一部に対して輸出することで、技術の浸透を図っている。

互いに影響し合う米・中・欧

一方、欧州はEU一般データ保護規則(GDPR:General Data Protection Regulation)で技術を規制する方針となっており、世界のルール形成に対して欧州の強い影響力を示す「ブリュッセル効果」などもある。

これら米・中・欧は相互に影響をし合っており、対立する部分、そしてさまざまな複雑性が絡み合っているという。3つのアプローチは水平と垂直の対立が存在し、水平の対立は帝国同士の対立であり、最も目立つものとしてBradford氏は米国と中国を挙げている。互いに技術的、経済的、地政学的に対立し、軍事的なものにまで波及する恐れもある。

  • 米中の対立は深まっている

    米中の対立は深まっている

また、欧州と米国ではプライバシーでの対立が存在する。そして、垂直の対立とはそれぞれの帝国内における政府と企業の対立とのことだ。

もともと、こうした考え方はプライバシーを尊重する“規制”というの名のもとに、欧州が主導していた。しかし、最近では中国がテック企業に対して大規模な規制を行っているほか、米国も連邦議会において反トラスト法などを再度取り上げており、ヘイトスピーチの規制に関する問題もある。

Bradford氏は「垂直の対立は水平の対立と共存しています。米国がテック企業を規制しようとすると中国の後塵を拝すことにつながりかねないため、やりすぎは禁物です」との見解だ。

欧州はイノベーションが起きづらい

では、これらの対立で将来的に何が起きるのだろうか。このような対立の中での勝者について、Bradford氏は自身の予測を紹介した。

まずは、米国の市場駆動型モデルの衰退だ。同氏は「インターネット黎明期では良かったかもしれませんが、現在では規制が強くできないため、それではダメだという意識が強まっています。しかし、欧州にとっては良い話です。さまざまな国が欧州の規制を参考にしており、個人が保証され、民主主義が守られています」と語る。

しかし、欧州のモデルに対する懸念もある。欧州では規制が厳しすぎるが故に、イノベーションが進展しづらいという側面があり、欧州と米国におけるテック企業の差が大きいと指摘している。

Bradford氏によると、欧州では国によって市場がバラバラになっており、1つの共通した市場がなく、スケールアップしていくことが難しいとのこと。また、大規模な資金調達を実行するには米国に頼らざるを得ないほか、倒産に対する法律が厳しいことからセカンドチャンスを掴みにくく、イノベーションを巻き起こせるような魅力的な人材の招へいにも難を抱えている。

さらに、規制を十分に実行できていない点も挙げている。Googleなどに対する訴訟も多くあると同時に罰金も科されているものの、米国のIT企業は現在においても欧州の市場を席巻しており、GDPR自体はそこまで大きな影響を与えられていない。ヘイトスピーチやフェイクニュースなどに関しても、対応していかないと成功は見えないという。

自由と民主主義にもとづく法律が実行力を持つことを示すべき

他方で欧州にとっての課題は中国であり、欧州のモデルは民主主義の世界では受け入れられるが、国家主導の国に対しては効果を発揮していない側面がある。

Bradford氏は「中国は、さまざまな国に支援を提供していますが、欧州は十分なリソースを提供することができていません。そして、イノベーションを進めていくにあたり“自由は必要不可欠ではない”ということを世界に示してしまっており、こうした問題にも対応していく必要があります。一番大きな戦いは、自由と民主主義にあります」と力を込める。

  • 自由と民主主義の戦いが一番大きいものだという

    自由と民主主義の戦いが一番大きいものだという

現状のデジタル空間において、民主主義が勝つことが難しい状況となっており、アリババを例に挙げれば、中国政府から何か注文を付けられると何もできなという弱さを同氏は指摘する。そのため、自由と民主主義にもとづく法律が実行力を持っているということを示す必要があり、欧州と米国が素直の対立の中で手を取り合わなければ戦いに負けてしまうとの認識を示している。

そして、最後にBradford氏は「近年、テック企業と国家主導的な国により、デジタル帝国は率いられています。自由と民主主義のためには意思決定を行う政府として、企業として、消費者として、規制されているテクノロジーをどのように選択していくかにかかっています」と述べ、講演を結んだ。