発動機や農機、建機などで知られるヤンマーホールディングスは創業110年を迎え、デジタル時代に向けた変革を進めている。5月27~28日に開催された「TECH+ フォーラム データサイエンス 2024 May データ駆動型経営と変革の本質」に、同社 取締役 CDOを務める奥山博史氏が登壇、これまでの取り組みを振り返った。

3ステップ・4つの重点取り組み事項で進めるデジタル中期戦略

グループ115社、2万1000人の従業員を抱えるヤンマーホールディングスは、売上高1兆円を超える。扱う製品は発動機から農機(アグリ)、マリン関連、コンポーネントなどに拡大している。

同社のデジタル戦略は、6つの柱を持つ中期戦略課題の1つに組み込まれている。この中期戦略課題はSDGs、地政学的な不確実性の増大、日本と日本を取り巻く経済環境の変化、データ化・デジタル化などのグローバルトレンドを受けて策定したもので、デジタルが該当する「次世代経営基盤の構築」のほか、脱炭素や顧客価値創造企業への変革などの柱も持つ。

  • ヤンマーホールディングスの6つの中期戦略課題

奥山氏が「デジタル、ITの戦略を土台に成し遂げていく」と説明する次世代経営基盤の構築では、「顧客への価値創出や業務品質・効率のさらなる改善のためにデジタルを最大限に活用する」「データに基づいた経営・意思決定のために必要な基盤、プロセス、組織、文化の変革をドライブする」をコンセプトとし、デジタル基盤の構築、既存オペレーション最適化、新たな付加価値の提供という3ステップで進める。重点事項としては、インフラの整備とセキュリティの強化、データ基盤の再構築とモダナイゼーション、草の根DX施策・グループ展開、データ活用・分析の4つを据えている。

  • デジタル中期戦略の概要

奥山氏は2022年6月、CDOに着任し、上記の4つの重点取り組み事項を進めている。講演ではそのうちの草の根DX施策・グループ展開と、データ活用・分析について詳しく説明した。

草の根DXとトップダウンの「サンドイッチ作戦」

ヤンマーホールディングスがデジタル中期戦略の重点取り組み事項の1つに掲げる草の根DX施策・グループ展開とはどのようなものか。

現場での業務改革にはRPA、ローコードツール、予測型AI、生成AIを現場の担当者が使えるようになる必要があるとの考えの下、奥山氏は現場にいるデジタルに興味がある人を組織化してコミュニティをつくることに取り組んだ。「コミュニティをつくり、グループ全体として組織的に盛り上げ、自社のユースケースをつくって現場の活性化を図る」と同氏はその狙いを説明する。

立候補ベースですでに1300人のコミュニティに育っており、その中で相互に質問したり回答したりできるチャット環境、グループ横断でベストプラクティスを共有して学び合う場や専門のベンダーを招いてトレーニングをする機会を提供している。

このようなボトムアップと同時進行で進めているのが、トップダウンとしての経営層に向けた施策だ。事業部や地域のトップが月に1度集まる会議でデジタル活動についての時間を設け、奥山氏がコミュニティで取り組んできた成果を報告したり、デジタル現場報告会として同氏が国内外に出向き、突撃取材風に現場の取り組みを取材して会社のポータルで紹介したりすることもやっている。

経営幹部も自社でそのようなデジタル活動が展開されていることを知らないケースもあり、「うちの事業部でそんなことをやっているのなら、もうちょっと勉強しよう」「隣の事業でやっている、うちの事業部は?」といった関心や課題意識につながっているそうだ。

「ボトムアップとトップダウンの『サンドイッチ作戦』を進めることで、全体の文化の変化までつなげていきたいのです」(奥山氏)

製品IoTから生成AIまで、幅広いデータ活用・分析の取り組み

奥山氏は、デジタル中期戦略の4つの重点取り組み事項のうち、データ活用・分析についても説明した。

ヤンマーホールディングスでは田植え機やコンバインなどの製品にセンサーを付け、24時間監視することで盗難対策や機械の状況のモニタリングを行っている。これを活用して、農家の作業記録の自動化などの作業効率の改善、機械の故障予知などにつなげていると話す。

特に画像を用いたAI分析では、JA全農が提供する栽培管理最適化プラットフォーム「xarvio FIELD MANAGER」のデータ活用も紹介している。衛星画像データで生育状況を確認する(=”農家の目”)といった初級の使い方から、AI分析により予測とアラートを使った判断(=”農家の頭”)、さらには施肥マップを作成してスマート農機と連携し施肥を実施する作業(=”農家の手”)などの上級者までをサポートするという。

生成AIについては、安全な汎用ChatGPTの導入・活用、社内情報と生成AIを組み合わせた社内業務改善の2つを進めている。ChatGPTの活用では、”ヤンマー版GPT”を作成し、議事録の要約、Web記事の要約などができるようにした。社内業務改善においては、RAGにより社内データベースを活用することで、社内文章の検索、コンタクトセンター業務支援、過去品質問題ナレッジの活用などすでにPoCを超えてビジネスに実装されている例も多数出ているという。

奥山氏は「将来的には、対顧客向けの価値提供として、社内情報と生成AIを組み合わせた顧客体験価値の向上を図っていきたい」と語った。

トランスレーター人材の育成、鍵握るのはデジタルに興味のあるビジネス人材

最後に奥山氏は、人と文化について、ヤンマーホールディングスで展開している取り組みを紹介した。

どの企業にとっても悩みの種である人材について同氏は、「ビジネス、データ分析、ITインフラという3つの領域の人材が必要」だとする。

データサイエンティストはデータ分析には長けていても「どのような分析をして、どのようなアウトプットを出すと顧客に価値があるのかを考える」部分は不足している。一方で、ビジネス側の人材にはデータやデジタル活用の知見が不足している。

そこで、”通訳”を意味する「トランスレーターが必要だ」と奥山氏は言う。

「お客さまを理解した上で、どのような分析をしてどのようなアウトプットを出すとお客さまに価値を提供できるのかを企画し、それをデータサイエンティストに依頼してやってもらい、ビジネスに提供する役割です」(奥山氏)

ではトランスレーター人材をどのように育成するのか。社員のスキルをビジネススキルとデジタルスキルの2軸でマッピングしたとき、トランスレーター人材は2軸とも高い人材になる。そこで、ビジネススキルが高くデジタルに関心がある人を「DXキーマン」とし、「トランスレーター人材の領域に持っていくことがやりやすいのではないか」と同氏はこれまでの経験を語った。

どんな組織にもデジタルに関心・知識がある人が5~10%いると話す奥山氏は、ヤンマーホールディングスでこの層を掘り起こし、コミュニティ化するという取り組みを進めている。一旦コミュニティが生まれると部門や事業部を超えて仲間ができ、気軽に情報やベストプラクティスの交換が進む。そこでの成果を奥山氏がトップダウンで落とすことで中間層の意識改革につなげるというのが描く勝ちパターンだ。

「全社員をデータドリブンにすることは重要ですが、一度に変えることは難しいものです。元々デジタルに興味があり、実践している事業部の人に投資してユースケースをつくり、成果まで出すことで広がっていきます」(奥山氏)

実際、ヤンマーホールディングスでは同氏就任から1か月でコミュニティを立ち上げ、立ち上げフェーズ、盛り上げフェーズを経て、運用フェーズにまで到達した。現在では課題だった海外メンバーも増えて3分の1を占めるまでに成長。コミュニティで最も役に立っているのは「トレーニング」「Teamsでの相談や情報共有」「事例共有会」の3つだそうだ。今後やってほしいこととしては、「開発デモ」がダントツで多いという。このような盛り上がりを受け、全社員向けのトレーニングも進めていくそうだ。

これまでの取り組みを振り返った後、奥山氏は「トップが率先して効果を信じる。自分でも取り入れるし、出てきた成果を組織全体に発信する。それを通じて文化を変革することが最低限必要」だと述べ、講演を結んだ。