東邦大学は5月31日、魚油に豊富に含まれる「ドコサヘキサエン酸」(DHA)が「ブラジキニン」(BK)などの生理活性物質による胃底平滑筋の収縮反応を抑制することを解明し、これまでにDHAが「電位依存性Ca2+チャネル」(VDCC)を抑制することが解明されていたが、「ストア作動性Ca2+チャネル」(SOCC)の1つである「Orai1チャネル」を抑制するという新たな薬理作用を見出したことを発表した。

同成果は、東邦大大学院 薬学研究科 博士課程医療薬学専攻の徐加悦大学院生(研究当時)、東邦大 薬学部 薬理学教室の小原圭将准教授、同・吉岡健人講師、同・日下部太一講師、同・高橋圭介准教授、同・加藤恵介教授、同・田中芳夫教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。

  • 今回の研究の概要

    今回の研究の概要。DHAは、解明済みのVDCCに対する抑制作用に加え、SOCCに対する抑制作用も発揮することで、BKなどによる胃底平滑筋の収縮反応を抑制することが解明された。また、胃底平滑筋でのDHAの標的はSOCCの1つであるOrai1チャネルであると考えられた(出所:東邦大Webサイト)

DHAは、各種循環器系疾患のほか、数多くの疾患に有益な予防効果を発揮する可能性が報告されている。これまでその効果の一部は、長期的な摂取によって「炎症性プロスタノイド」の産生が抑制されることで、もたらされると考えられてきた。しかし研究チームはこれまでの研究により、DHAがプロスタノイドTP受容体(TP受容体)を標的とし、それを介した各種血管平滑筋、気道平滑筋の収縮反応を即時的に抑制することを見出していた。

TP受容体は、血管や気道のような持続的な収縮反応を引き起こす平滑筋だけでなく、一過性の収縮反応を引き起こす消化管平滑筋においても、その収縮性の制御において重要な役割を担う。それらの収縮に対するDHAの抑制効果と機序についても研究チームは検討済みで、DHAの抑制効果の機序の一部に、TP受容体での拮抗作用が関与することを明らかにしていた。それに加え、胃底平滑筋のプロスタノイドによる収縮に対するDHAの抑制効果には、VDCCに対する抑制にも関与することを見出していたとする。

その一方で、胃底平滑筋の収縮性は、BKや「アセチルコリン」、「アンジオテンシンII」(Ang II)など、非プロスタノイド系の生理活性物質によっても制御されていることがわかっていた。そこで研究チームは今回、BK、アセチルコリン誘導体の「カルバコール」(CCh)、Ang IIによる胃底平滑筋の収縮反応に対する、DHAの影響を検討することにしたという。

まず、モルモットの胃底平滑筋において、BK、CCh、Ang IIにより誘発される収縮反応に対するDHAの抑制効果が調べられた。その結果、DHAはそれらの収縮反応を有意に抑制することに加え、それらの収縮反応が外液Ca2+の除去でほぼ完全に抑制されることがわかった。その一方で、VDCC抑制薬「verapamil」による抑制率は、CCh収縮はほぼ完全に抑制されたが、Ang II収縮は約60%、BK収縮は20%と、それぞれ異なっていたという。この結果から、BK収縮に対するDHAの抑制効果には、VDCCに対する抑制以外の機序が関与することが示されたとする。

続いてその機序が追究され、Vverapamilの存在下で残存するBK収縮は、受容体作動性Ca2+チャネルを抑制する「LOE-908」では抑制されず、SOCCを抑制する「SKF96365」により有意に抑制。またDHAは、verapamilとLOE-908の同時存在下で残存するBK収縮を有意に抑制することがわかった。このことから、DHAはSOCCを標的とし、それを抑制する新たな可能性が浮上した。

  • SOCCを介したモルモット胃底平滑筋の収縮反応、およびヒト細胞での細胞内Ca2+濃度上昇に対するDHAの抑制効果

    SOCCを介したモルモット胃底平滑筋の収縮反応(A)、およびヒト細胞での細胞内Ca2+濃度上昇(B)に対するDHAの抑制効果。モルモット胃底平滑筋のCPAによるSOCCを介した収縮反応に対するDHAの抑制効果(Ab、青)を示す代表的な実験結果が示されており(Aaは対照実験)、Acはその結果のまとめ。293T細胞でのCPA存在下でのCa2+添加によりもたらされるSOCCを介した細胞内Ca2+濃度上昇に対するDHAの抑制効果(青)の平均値が示されており(Ba)、最大値に対する影響をまとめたもの(Bb)。DHAがモルモット胃底平滑筋、ヒト細胞のいずれにおいてもSOCCを介した反応を強力に抑制するのが確認された(出所:東邦大Webサイト)

次に、同仮説を検証するため、SOCCを活性化できる「シクロピアゾン酸」(CPA)による、収縮反応に対するDHAの効果が検討された。すると、DHAが同収縮反応を強力に抑制。また、ヒト胎児由来腎臓上皮細胞を用いた検証も行われ、DHAがCPA存在下で生じる細胞内Ca2+濃度上昇を有意に抑制することから、そのSOCCに対する抑制効果はヒトにおいても成立することが確認された。

最後に、DHAの具体的な標的分子が探索された。まず、胃底平滑筋におけるSOCC関連分子のmRNA発現がRT-qPCR法で調べられ、Orai1を含むいくつかのチャネル分子候補が見出された。さらに、それらのチャネル分子の選択的な抑制薬を用いた検討が行われ、Orai1チャネル抑制薬「Synta66」が、CPAによる胃底平滑筋の収縮反応を強力に抑制することが発見された。

  • モルモット胃底平滑筋でのCPAによる収縮反応に対する各種SOCC抑制薬の影響

    モルモット胃底平滑筋でのCPAによる収縮反応に対する各種SOCC抑制薬の影響。同胃底平滑筋でのCPAによる収縮反応は、非選択的なSOCC抑制薬である2-APBに加え(Ab)、Orai1チャネルの選択的抑制薬Synta66によって完全に抑制された(Ac)。胃底平滑筋でのmRNA発現が多いその他のSOCC関連分子を抑制する薬物(Pyr10(TRPC3チャネル抑制薬;Ad)、ML204(TRPC4チャネル抑制薬;Ae)、SAR7334(TRPC6チャネル抑制薬;Af))の効果も検討されたが、いずれの薬物も顕著な抑制効果は認められなかった(出所:東邦大Webサイト)

以上の結果から、DHAがVDCCに加え、SOCCの1つであるOrai1チャネルを標的としてそれを抑制することにより、BK、Ang IIなどによる胃底平滑筋の過剰収縮を制御する性質を示すことが解明された。今回の研究成果により、DHAがCa2+チャネルを抑制することで、胃の過剰な運動促進機能に対して予防・改善効果を発揮する可能性が示されたとしている。