KDDIはこのほど、宇宙に関連する事業の共創プログラム「MUGENLABO UNIVERSE(ムゲンラボ ユニバース)」の開始について発表した。このプログラムでは、宇宙環境を利用したい事業者などを巻き込んだ共創を促すとともに、宇宙空間で得られた実証結果を地球の課題解決に還元することも目指す。
同プログラムの発表会では、KDDIオープンイノベーション推進本部長の中馬和彦氏とスペースデータ代表取締役社長の佐藤航陽氏が、プログラム誕生の経緯や今後の構想などを語り合うトークセッションが催された。そこで本稿では、2人の対話の中からKDDIが宇宙事業に挑戦する意義や、宇宙開発の将来性についてレポートする。佐藤氏が「宇宙開発はインターネットの歴史に似ている」と語った意味とは何なのか。
人類のフロンティアは「仮想空間」と「宇宙空間」
中馬氏:MUGENLABO UNIVERSEの誕生には、佐藤さんが大きく関わっていますよね。もはや、佐藤さんが作ったと言っても過言ではないと思います。昨年の夏ごろにKDDI社長の高橋と佐藤さんと一緒にお会いしたとき、佐藤さんの宇宙にまつわるあふれる思いを聞いたのがきっかけになっています。
佐藤氏:そうでしたね。そのときに、宇宙開発がスマートフォンやインターネットの普及に近いのではないかという話をしました。高橋さんには非常に共感してもらいました。
中馬氏:佐藤さんのスケールの大きな話を聞いて、これは大きく仕掛けなければいけないと思いました。以前からKDDIが手掛けているムゲンラボのように、大企業の力を借りながら産業のステージを押し上げるような仕組みが必要になるので、今回のプロジェクトが立ち上がったんです。ぜひ、会場の皆様に、佐藤さんが弊社の高橋に教えてくれた話を共有してくれませんか。
佐藤氏:高橋さんには、人類のフロンティアは2つしかないのではないかという話をしました。それは、仮想空間と宇宙空間です。インターネットが発達した延長線上にメタバースのような仮想空間が構築されましたが、宇宙に関しては開発が進んでいないので、この領域は気合を入れて取り組まないと、日本という国が太刀打ちできなくなってしまいます。そこで今回、私たちは「オープンスペースコロニー構想」というコンセプトを作りました。
宇宙開発とインターネットの共通点とは?
過去20年くらいを振り返ると、「インターネット」と「グローバリゼーション」の時代だったかと思います。しかし、新型コロナウイルスの流行や地政学的リスク、米中の摩擦などもあり、企業はこれまで通りのグローバル展開が難しくなってきました。
しかしその一方で、国に閉じこもって縮小均衡を保てば良いかというと、そういうわけではありません。そうした中で、宇宙開発を民間企業が主導するようになるなど、現在のビジネスは海外展開ではなく宇宙展開ではないかと感じています。あらゆる産業が宇宙に飛び出して行くのです。
つまり、これまでのインターネットの歴史の中で私たちが体験してきたような、IT化やDX(デジタルトランスフォーメーション)のような流れが、宇宙開発にも起こるはずです。地球上のあらゆる産業が宇宙を目指すようになるときに、20年前にインターネットの世界で起きたことと同じことをしようと思っています。
中馬氏:SX(スペーストランスフォーメーション)と呼んでもいいですね。
佐藤氏:そうですね。これまでは地球のことだけを考えればよかったので、地球上でデジタルを活用して事業を拡大してきました。これからは「宇宙」「地球」「デジタル」の3つのテーマで事業拡大を考える時代です。
地球の技術を宇宙に転用する、宇宙の技術を地球に転用する、もしくは、デジタル技術で宇宙を変えていく、こういった取り組みが重要になるはずです。そうは言っても、民間企業が宇宙産業に進出するハードルは非常に高いです。まだまだ宇宙への輸送コストは高いですし、実証期間も長いです。場合によっては数年から数十年必要です。
そこで、民間企業が宇宙開発にすぐに参入できるようなプラットフォームを目指して、MUGENLABO UNIVERSEを立ち上げました。スタートアップをはじめ民間企業が宇宙開発を始められて、検証できるプラットフォームにしたいと思っています。
宇宙開発にAIは有効か?
中馬氏:最近は特にAIの話題が尽きません。宇宙とAIの相性についてどう考えていますか。
佐藤氏:宇宙はまさにAIが実力を発揮できる領域だと思います。なぜならば、通信や電源など、宇宙ではあまりにも制約が多いからです。人間がロボットやシステムの面倒を見られないんです。だから、月面や宇宙ではロボットやシステムが自律的に動く必要があるので、AIの出番ではないでしょうか。
中馬氏:宇宙では通信が途絶したり、電力が微弱だったりと、環境がハードです。そうした場合に、高性能なGPUやブロードバンド通信の性能などには期待できないから、そういうものに依存しない仕組みを作らないことにはフロンティアは開けないということですね。
佐藤氏:まさにそうです。月面着陸時に通信が制限されてしまったら、どこに着陸するのかをシステムが自動で判断しなければいけません。宇宙ではGPSも使えないので、ロボットが自己位置を正確に把握するシステムも必要です。ほかにも、孤独な宇宙飛行士の話し相手になるAIが誕生するかもしれません。
これまで、宇宙に関する情報は一部の機関や企業しか持っておらず、オープン化もされていませんでした。今後は宇宙に関する情報もどんどんオープンにしていって、人類全体での宇宙開発を促す取り組みが必要だと思います。
宇宙開発を民主化できる未来のために
中馬氏:宇宙空間の中でロボットやローバーなどのハードウェアを制御する、裏側の仕組みを作るというのは、いわゆる「都市OS」に近いのでしょうか。
佐藤氏:そうです。スマートシティやスマートホームと呼ばれるものに近いですね。
中馬氏:現状は、日本に限らず海外でも、個別の企画が乱立していてオープン化されないので、オーケストレーションされずに広がっていないのが課題となっています。まずは、宇宙のスタンダードを作る取り組みにしていきたいですね。
佐藤氏:そういう意味では、今回のプロジェクトはスマホに例えると、androidやiOSのApp Storeに近い取り組みではないでしょうか。
私は、宇宙とデジタルツインも相性が良いと思っています。実際にロケットを宇宙に打ち上げるのは時間とコストが掛かりますが、打ち上げる前にデジタル空間上で精緻なシミュレーションができれば、PDCAサイクルを高速に回せます。事業化のめどが立てやすくなるでしょう。
中馬氏:デジタルツインについて教えてください。デジタル技術によって、何かしらの物のビジュアルを高精度に再現できるのはイメージできるのですが、宇宙空間に特有な微小重力や宇宙放射線など、物理的なデータはどの程度再現できるのでしょうか。
佐藤氏:重力に関しては、現在でもさほど難しくはありません。しかし、放射線や通信環境は実機のデータを共有してもらいながら、これから蓄積する必要があります。したがって、打ち上げ技術を持っていて実データを持っている企業と連携しながら実装していきたいです。
中馬氏:それは、AIの進化と一緒ですね。精緻なデータを持っている企業が、どのようなデータでAIが学習すれば精度が上がるのかを検証する段階に似ています。
佐藤氏:自動運転技術を開発する企業さんが今まさに苦労しているような課題は、間違いなく宇宙関連事業でも将来の課題になるはずです。
将来的には誰もが宇宙機を作れるようになり、場合によっては巨大な宇宙ステーションを打ち上げて、万人が同じ規格上で開発できるようになれば、人類全体での巨大スペースコロニーを作るのも夢ではなくなるでしょう。
インターネット業界に例えると、オープンアーキテクチャですね。万人に同じ情報が配られていて共通のルールが作られれば、参入の障壁は下がりますし、世界中の人たちで巨大な構造物を作ることも不可能ではないと思います。
インターネットだって最初は一部の大企業、特にコンピュータに詳しい人たちだけのものでした。今では子供から大人まで誰もが使っています。現在は多くのプレイヤーが独自のコンテンツを作れるようになりました。スペースコロニーにおいても、誰もが独自の宇宙ロボットや探査機を作れるようになる気がします。
最終的には、宇宙をインターネットのように身近な空間にしたいと思っています。アバターを使って仮想空間で遊ぶのも、ロボットを通じて宇宙空間に遊びに行くのも、同じような感覚になるという意味です。「午後からISSに遊びに行こう」「週末だけ月面探査を手伝おう」といったことが、地球上からロボットを通じてできるようになると考えています。
中馬氏:私と高橋が佐藤さんに初めてお会いしたとき、佐藤さんのこの宇宙の話に魅了されました。これはもっと日本全体、さらには地球全体でやるべき話だなと強く思いました。これがきっかけとなってMUGENLABO UNIVERSEがスタートしています。
佐藤氏:現在のインターネットは、プロではない人も活躍できるプラットフォームがたくさんあります。始めたいと思えばいつでもYouTubeに動画をアップロードできますし、その中から超有名になる人もいます。宇宙に関しても、専門家ではない人が気軽に参入して気軽に試せるプラットフォームが必要になるでしょう。