「これは本当にジムなのか……?」。2024年3月末に発表された低価格ジム「chocoZAP(チョコザップ)」の新サービスの内容に、筆者は思わず首をかしげてしまった。
カラオケや洗濯機・乾燥機、MRI・CT検査、セルフフォトなど、従来のジムの常識を覆す7種の新サービスが発表されたからだ。これらのサービスはすべて月額3278円から追加料金なしで、会員ならすぐに利用できる。新サービスは「使ってみたい」「アイデアが本当にすごい」「ジムの行きづらさに対する固定概念を破壊してくれた」と、多くの反響を呼んだ。
一方で、否定的な意見も少なくない。ネット上では「あの手この手で何を目指しているのか分からない……」「すべてが中途半端になりそう」「新サービスよりも、マシン故障への対応や清掃を強化してほしい」といった批判の声も多くみられた。
2022年7月にサービス提供を開始してから、約1年7カ月で会員数が112万人を超えたチョコザップ。3月末時点の店舗数は1383店で、全47都道府県での出店も達成間近だ。
驚異的なスピードで成長を続けるフィットネス界の異端児は、一体どこへ向かっているのだろうか。新サービスの狙い、そして現状の課題に対する取り組みとは。チョコザップを運営するRIZAPグループの瀬戸健代表取締役社長を直撃した。
MRI・CT検査「追加費用なし」のカラクリ
--カラオケや洗濯機・乾燥機など、フィットネスとは関係のないサービスを導入した背景を教えてください。
瀬戸氏:私はチョコザップを「行ってみたくなるジム」にしたいと考えています。一般的なジムの在り方を変え、新しい使い方を提案していきます。
例えばですが、サラリーマンが出勤前にカラオケで20分だけ叫んで士気を高めたり、トレーニングが苦手な人がピラティスでストレッチだけをしに来たり、雨の日にランドリーを利用するついでに運動をしたり。そういった使い方がチョコザップではできます。
「ジムに行くきっかけ」を増やして、フィットネスから「面倒くさい」をなくしていきたいと思っています。まだまだ試行錯誤している途中ですが、特別だったものが特別ではなくなるような体験を提供していきます。
--新サービスの中でも特に、最大年に1回追加料金なしでMRI検査もしくはCT検査が受診できる「チョコザップメディカル」が印象的でした。このサービスの狙いを教えてください。
瀬戸氏:日本におけるMRI検査、CT検査の受診率は極めて低いです。厚生労働省によると、一般的な健康診断の受診率は約7割と高いですが、人間ドックの受診率は5.6%で前者の約17分の1程度とかなり低い状況です。
体に異変を感じてから検査を受ける人は少なくないと思いますが、重度の病気は異変が出たときはもう遅いとよく言われます。こうした予防医療を今よりもっと身近にし、日本の健康寿命の延伸につなげるために、追加料金なしで利用できるサービスを始めました。
このサービスの特徴は、チョコザップ会員の会員情報やライフログデータを提携医療機関の医療データと連携させている点です。連携によって、検査までの流れがスムーズになり、普段の運動状況も踏まえたレポートを出すことができます。現在は東京都内1カ所の提携医療機関でのみしか検査を受けられませんが、2024年度中に全国の主要都市に展開していく予定です。
MRI検査とCT検査の費用は、一般的にそれぞれ1回あたり2~4万円と高額です。どのようにして「追加料金なし」を実現しているのでしょうか。
瀬戸氏:検査にまつわる無駄を徹底的に省いています。生産性の改善によって追加料金なしの提供を実現しています。
病院に行った時のことを想像してみてください。まず電話で来院予約し、病院に到着すると受付で長い時間待たされますよね。長い時間待ったあげく診察は1、2分であっさりと終わり、処方箋の受取とお会計で再び長い時間待たされる。
一通りの手続きは基本的にはすべてアナログで、カルテの結果はその場では見せてもらえません。そして、診察結果を聞くだけのために、次回の予約をしなければなりません。すべての病院に当てはまることではありませんが、アナログで非効率な運用をしている病院は少なくないです。
チョコザップメディカルでは、予約から受診までの流れを専用アプリで徹底的に効率化しています。チョコザップの会員データを提携医療機関の医療データと連携させ、IDで受診者の情報を管理します。予約から受付、会計、そして検査結果の報告までが1つのアプリで完結するんですよ。「私服でも検査可能ですが、金属類は身につけないでください」といった注意事項も事前に共有するので、検査は非常にスムーズで所要時間は約20分しかかかりません。
サービス設計の際、検査室に入室してから検査台に乗るまでの時間や、逆に検査台から降り退室するまでの時間などを事細かに洗い出し、どんどん短縮できるように一連の業務を見直してきました。本当にその場所じゃないとできないこと、本当に人がいないとできないことを明確にし、無駄なアナログ業務はデジタル化してきたのです。
業務の生産性を高め、人的コストを削減することで、「追加費用なし」の提供を実現しています。
世間からの声「マシンの故障が多い」にどう対処する?
--斬新なサービスばかりで興味深いのですが、正直言って何を目指しているのかイマイチわかりません……。チョコザップはどこへ向かっているのでしょうか。
瀬戸氏:便利さを追求した「スマートライフジム」を目指しています。
新たに追加したサービスを含め、チョコザップが提供するすべてのサービスは、一般的には個別の利用料金や追加料金が発生するものです。経済的な理由から「興味はあるけど我慢しよう」と、自分のことを犠牲にしている方に、チョコザップを思う存分利用してもらいたい。新しいライフスタイルを提案して、みなさんが一歩踏み出すことを後押ししたいと考えています。
加えて、「便利さ」や「楽しさ」を通じて運動習慣のきっかけを提供することで、運動に対する「きつい」「難しい」といったイメージを払しょくしていきたいとも考えています。毎日の生活を彩り、ワクワクできる体験と時間を提供していくという軸は事業開始当時からぶれていません。今後もその方針でサービス拡充を図ります。
ただ、それぞれのサービスが中途半端にならないように、1日単位でPDCAを回して改良を重ねています。コンビニエンスストアであまり売れない商品を入れ替えるように、ウケが悪く利用率の低いサービスは潔く捨て、新たなサービスに置き換えようと思っています。
技術革新が起きたり新サービスが登場したりすると、賛否両論が必ずと言っていいほど起こります。例えば、紙のおむつが登場した時には「綿のおむつを使わないと子供の頭が悪くなる」といった根も葉もないことを言う人はいました。便利になることへの抵抗感を持つ人は一定数います。
ですから、われわれが誰よりも早く先回りして、新しいライフスタイルを多くの人にしっかりと伝えていかなければなりません。提供する側が実践していないと説得力がないので、私もチョコザップの環境で実際に運動してみて、サービスの内容を検証しています。カラオケで歌いながらバイクを漕いでいます……(笑)
--私もチョコザップの会員ですが、利用者が増えるにつれマシンの故障も増えているように感じます。衛生面もこれまで以上に気になりますが、どのようにして施設のメンテナンスを行っていくのでしょうか。
瀬戸氏:故障率を抑えるための取り組みも大切ですが、一番重要なことはマシンの故障にいち早く気づき、修理速度を早めることです。ただこれが意外と難しい……。
チョコザップでは現在、故障を確認できたマシンのうち約9割を、発生してから48時間以内に修繕できている状況です。ただ、これはあくまでも確認できたマシン故障を対象にしているデータなので、故障や不具合がそのままになっているケースもあるということは重々承知しています。
各マシンに故障や不備を報告できるチェックシートを置いているのですが、異変に気付いた人すべてが報告してくれるとは限りませんし、しっかりと報告してくれたとしても「コンセントが抜けていただけ」といったケースも少なくありません。
そこで、マシン故障率を改善するために「トレサポ」という新サービスを追加しました。トレサポでは、パーソナルジム「RIZAP」のトレーナーがチョコザップの店舗を定期的に巡回します。6月末までに100人以上のトレーナーを確保する予定で、マシン故障の早期発見や、行き届いた清掃につなげます。
正直100人だけだと足りないなと思っているので、これからどんどん追加していきたいと思っています。管理体制の強化だけでなく、トレーナーがユーザーに対して直接マシンの使用方法やトレーニングのコツ、食事のアドバイスを行うことで、サービス全体の品質向上を目指します。
加えて、これまで以上にテクノロジーも活用していきます。例えば、AI(人工知能)を活用した遠隔監視センター。マシンが動いていない時間が通常に比べて多い場合は、AIが故障の可能性があると検知する仕組みです。
また、現在チェックシートは基本的には紙で運用していますが、今後は各マシンにQRコードを設置することで、会員からの報告をデジタル化し、対応速度を早めていく考えです。またQRコードを活用することで、最新の対応状況を利用者にいち早く伝えることができます。
人間の力とテクノロジーの力の両方を十分に活用し快適なジムづくりに努めます。「シャワーが欲しい」といった声も少なくないので、費用対効果を見極めて十分に検討していきます。
東証プライム市場上場を目指すRIZAP、今後の展望は?
--瀬戸社長は新株予約権を行使して最大106億円を調達する予定ですが、チョコザップ事業へ投資していくのでしょうか。
瀬戸氏:トレサポでのトレーナー人材の確保や、新サービスの拡充、そしてサービス品質を向上していくためにはそれなりのコストがかかってきます。CMといったマーケティング施策にも力を入れ、今後3年間(2025年3月期~2027年3月期)でチョコザップ事業に400億円を投じる予定です。
東証プライム市場への上場に向けた準備も進めています。ですが、いま最も注力すべきなのは、新サービスのスピーディな展開に加えて、現状の課題を解決していくこと。サービスラインアップは徐々にそろってきたので、今後は「サービスの品質向上」を第一優先として取り組んでいきたいと考えています。
インタビュー後、チョコザップ会員である筆者は、瀬戸社長に対してちょっとした改善点や提案を伝えた。すると瀬戸社長はすかさず自身のスマートフォンを取り出し、メモ帳にその内容を書き留めていた。ユーザーの声を誰よりも拾い、サービスの品質向上に生かしていく。そんな真摯な姿勢がうかがえた。今後もRIZAPグループの展開に目が離せない。