アダストリアは4月10日、ファッション特化型メタバースプラットフォーム「StyMore(スタイモアー)」をオープンした。同社は2025年に向けた成長戦略の1つに「デジタルの顧客接点・サービスを広げる」ことを掲げており、同日に開催された発表会では今後、ファッション領域でのメタバース事業の拡大を目指すことが発表された。

編集部では後日、アダストリア ドットエスティメディア部長/メタバースプロジェクト責任者である島田淳史氏に同社が注力するメタバース事業の詳細を伺う機会を得た。

  • アダストリア ドットエスティメディア部長/メタバースプロジェクト責任者の島田淳史氏

なぜファッション×メタバースを選択したのか

――そもそもなぜ、ファッションに特化したメタバースプラットフォームを立ち上げたのか、その背景を教えてください。

島田氏:きっかけは大きく2つあります。1つは、約1年半前から始めた「.st(ドットエスティ)」のメタバースプロジェクトです。

――.stは御社が運営するECサイトですね。

島田氏:はい、2014年に立ち上げ、現在は30以上のブランドが出店するアパレルを中心としたECサイトです。会員は1750万人を突破、アプリDL数は1000万を超えています。ここではスタッフのインフルエンサー化や、OMO型店舗の設置、他社商品を販売するオープン化など、顧客接点の拡大をしてきました。今後、さらなる進化をさせるために新たな接点として着目したのがメタバースでした。

――具体的にどのようなプロジェクトを進められたのですか。

島田氏:2022年からオリジナルアバター2体を販売し、そのアバターが身に着けるデジタルファッションや小物雑貨の販売も行っています。このプロジェクトを通して、約1年半で約1,000万円の累計販売額を達成することができました。デジタルファッションに需要があるということが分かった点に加え、在庫を持たず、世界中のお客さまとつながることができるビジネスモデルという点でも、良い実績がつくれたと感じています。

――なるほど、すでに手応えはあったんですね。2つ目は何だったのでしょうか。

島田氏:当社が独自に行った調査で、アバター関連商品への年間支出額が「30,000~49,999円」「100,000円以上」と回答した人が18.3%と全体の2割近くを占めたのです。また、同じ調査ではメタバース上でアバター向けの衣装を購入する頻度が「月に2~3回」の人が42.2%いて、かつ顧客単価が1回につき2,000~3,000円だと判明しました。

日常を維持するもの以外に、これだけの頻度、費用をかけるものはそう多くはないでしょう。このような結果から、デジタルコンテンツに対して能動的でありながら、まだ我々のブランドを知らない人達に向け、発信をしていくべきなのではないかと考えました。

メタバースに感じる大きな可能性、一方で課題も

――本格的にメタバース市場に注力するにあたって、課題や懸念点はありましたか。

島田氏:課題はハード面・ソフト面の両方であります。ハード面で言えば、今、我々はVRゴーグルの使用を前提としたメタバースを主戦場としていますが、実際の使用シーンを考えると、電車の中でゴーグルを着用するということは考えづらいでしょう。StyMoreのオープンの際にも、どのようなプラットフォームに対応させるべきかといった議論がありました。

一方で、サングラス型が普及しつつあるなど、デバイスの進化は続いており、いずれ気軽に誰もが持ち運べるようなデバイスが出てくると考えています。また、通信面も課題の1つです。メタバースを楽しむためには、ある程度大きな容量のやり取りが必要ですが、インフラ面の課題は、私たちのような小売業者では手を付けられないところでもあります。

ソフト面での課題はコンテンツです。鶏が先か、卵が先かと言うことになりますが、我々はメタバースのユーザーがこれから増えていくという見立ての下、今はそれほど多くの人がいなくても、いざ人が集まったときに楽しめるようなコンテンツを用意しておかなければいけないと考えています。また、今メタバース市場に参入している企業の多くはイベントを主体としていますが、イベントを開催し続け、これだけで集客し続けるのには限界があるでしょう。その点、我々の強みであるファッションは日常のものだと言えます。メタバース上でオリジナリティを出すための最初のステップがアバターのファッションです。これをきっかけに、多くの方にメタバースを楽しんでほしいですね。

「アダストリアだからこそできるメタバース」を模索

――StyMoreがファッション特化型を謳うのは、そうした信念からなんですね。

島田氏:はい、アダストリアがやるべきメタバースはファッションに特化したものであるべきだと考えています。メタバースに対し、まだまだファンタジーやアニメのようなイメージを強く持っている人も多いかもしれません。しかし、リアルでファッションブランドを展開しているアダストリアだからこそ、リアルで楽しむのと同じように、ファッションを楽しめる空間づくりができるのです。

――StyMoreの利用者層はどのように想定していますか。

島田氏:メタバースプロジェクト上で行ったアンケートでは、メタバースの利用者層は20代が多いということが分かっています。その点はおそらくStyMoreも同様でしょう。また、海外からの利用もあると感じています。例えばSNS上で我々が手掛けるアイテムをアップしている人がいたり、海外の方からのお問い合わせがあったりもするので、肌感ではこれからもっと海外からのユーザーが増えてくるのではないかと。

メタバースの良いところは、自分の素をさらしているわけではなく、見た目や年齢、性別などによる“差別”がないところです。このような点でも、さまざまなユーザーに楽しんでいただきたいと思っています。

――メタバースの開発・運営は多額の資金が必要です。StyMoreの収益化については、どのような目標を設定されていますか。

島田氏:社内では明確な数値目標を設定していますが、社外には公表していません。代わりに、定性的な話をさせていただきます。私自身、アダストリアや.stのブランドプロモーションに携わっており、Z世代やα世代と言われる若者たちの話を聞く機会も多々あります。そうした若者たちに「メタバースを知っているか」と聞くと「知らない」と答える子が多いのですが、具体的なプラットフォーム名を聞くと「やっている」と答える子が増えます。中には、学校が終わった後、メタバース空間上に集まって話をしているという子もいました。また、クリスマスプレゼントにメタバース上のデジタルアイテムを買ってもらったという子もいます。大人が使う言葉の概念は知らなくても、利用者は多いのです。

今、小学生から高校生の彼・彼女らが3~5年後にはアルバイトをしたり、就職をしたりして、自分のお金でデジタルアイテムを購入するようになります。このメタバースネイティブたちが消費者になるタイミングで、メタバース市場は格段に大きくなるでしょう。今回のStyMoreのオープンはそこを見越した取り組みなのです。

メタバース成功のポイントとは

――すでに.st上でのメタバースプロジェクトで一定の成果を収めた島田さんから見て、メタバースを成功させる要因はどこにあると思いますか。

島田氏:1つは、短期的な収益を見るのではなく、長期的なビジョンを持つことです。メタバースの運営は、今いくら投資したから、いくら回収できるといった短期的なリターンがあるものではなく、継続的に商品、サービスを提供し続けることで、ブランドができたり、事業としての在り方ができてきたりするものだと考えることが大切だと思っています。

もう1つは、メタバースを運営する企業の多くに欠落しているマーケティングです。他社のお話を伺っていると、メタバースをつくることで終わってしまい、広めていく動きをしていないということが往々にあるそうです。弊社の場合、マーケティングに力を入れ、お客さまとコミュニケーションをしっかりと取り続けていることが、成功につながっているのではないでしょうか。

――今後、メタバースプロジェクトやStyMoreでどのような世界観を目指していますか。

島田氏:.stにおけるメタバースプロジェクトは、アダストリアブランドの顧客接点をつくる手段です。このプロジェクトを通じ、ブランドを知ってくれるお客さまが1人でも増えることを目指しています。先日の発表会では、私たちがメタバース上でお声がけした3名のアンバサダーにご登壇いただきました。彼女たちは、「デジタルファッションとしてアダストリアの洋服を購入したら可愛かったので、自分が着るリアルな洋服も購入した」と話す、言わば従来弊社が持っていた顧客接点とは“逆”の子たちです。メタバースプロジェクトはこのような顧客接点をたくさんつくっていく場所にしていきたいと考えています。

  • 発表会の場では、メタバース上でアバターが着用する洋服と同じ洋服を着用したアンバサダー3名が登壇した

一方、StyMoreはファッションの選択肢をつくる場所だと捉えています。また、さまざまな企業や個人のクリエイターとともに、デジタルファッション、メタバースにおけるファッションを共創していく場でもあります。第一弾としてサンリオさまとコラボレーションしたアイテムの販売を開始していますが、このような取り組みを通して、メタバース市場全体を盛り上げていきたいですね。