富山県の中核的な医療機関としての役割を担う富山県立中央病院。2015年にはドクターヘリの運行を開始するなど、地域医療に欠かせない存在となっている。同院ではCTやMRIなどの画像診断の件数が増加したことから、放射線部門の検査と読影に関連する業務を効率化する取り組みを進めた。

その結果、1日の検査件数は増加しながらも業務終了までに要する時間を短縮できたそうだ。時間当たりの生産性が高まったことで、現在では育児時短勤務のスタッフも活躍するなど、多様な働き方を実現するまでに至ったという。

放射線部門において、PACS(Picture Archiving and Communication System:医療用画像管理システム)の導入と高度化など積極的な変革を率いた出町洋氏と望月健太郎氏に、医療現場を舞台にしたDX(デジタルトランスフォーメーション)について取材した。両氏は、ITシステムを導入するだけにとどまらず、課題に合わせて業務そのものや担当する部門を変えてしまうなど、まさにトランスフォーメーション(変革)と呼べる事例を語った。

設備や人員を増やしても解決できなかった課題

富山県立中央病院におけるPACS導入の歴史は3つのフェーズに分けることができ、1998年に第1フェーズ「PACS 1.0」がスタートした。PACS 1.0では、まずはデータのデジタル化として部分的なフィルムレス化などを進めたという。当時は放射線部門だけの取り組みで、個人個人の視点から最適化を図った。

続くPACS 2.0では、増加する画像データに対して完全フィルムレス化を実施。放射線部門以外にも業務のデジタル化を拡大していたものの、大量の画像を管理する視点からの最適化にとどまっていた。

PACS 2.0と並行して、タスクシフトによる業務改善も推進。ここでは、従来は医師が対応していた造影検査のためのルート確保を看護師に移譲したり、画像解析を放射線技師へ移譲したりと、主に医師の業務負担の軽減が行われたという。

同院は2016年にCTとMRIをそれぞれ1台増設し、医師2人、診療放射線技師3人、看護師2人も増員した。これによって対応可能な検査件数は増加したものの、業務終了時刻に変化はなかったとのことだ。

「単に設備を増加しタスクを移譲するだけでは業務が終わる時間が変わらず、いつも遅くまで残るスタッフが固定化されるなど、現場の不公平感などが依然として課題だった。そこで、日常業務のフローそのものに無駄があるのではないかと考えた」(出町氏)

  • 富山県立中央病院 放射線診断科 部長 兼 医療情報部長 出町洋氏

    富山県立中央病院 放射線診断科 部長 兼 医療情報部長 出町洋氏

2022年ごろより開始したPACS 3.0では、ITシステムを取り入れながら業務フローの変革にも取り組んだ。また、PACS 3.0では主に富士フイルムと協力しながら業務改善に取り組んだという。

ネットワークの高速化や画像解析処理の合理化といったデジタル技術の導入に加えて、PACS 2.0で医師から放射線技師に移譲した画像解析作業の一部を医師へ逆移譲している。最終的に画像データを使用するのは治療にあたる医師であるため、必要な画像の処理は最初から医師が行う方が合理的であるとの考えに基づく。

  • 富山県立中央病院のPACS導入の進捗

    富山県立中央病院のPACS導入の進捗

フローを見直すことで業務終了までの時間を1~2時間短縮

放射線部門では2023年にCT1台を増設している。検像システムで画像の並び替えを行っているが、データ容量の拡張とネットワークの高速化によって、2023年度の画像データ収集量でも検査終了(実施)に遅延が生じないことを確認。そこで、平日日中の時間帯に多くの件数を処理するコアタイムを設けた。

このコアタイムに人員を投入することで生産性が向上し、業務が終了するまでの時間を約1時間から2時間短縮できたそうだ。時間当たりの読影件数を高められたことで、育児のために時短勤務で従事する医師や放射線技師なども十分に能力を発揮できるようになった。

  • コアタイムを作り人員を集中させたという

    コアタイムを作り人員を集中させた

「コアタイムを作り出したことにより、読影の件数を増加しながらも業務全体の時間は短縮できた。拘束時間が短くなったことで多様な働き方も実現できるようになり、現場では忙しい時間帯に働ける人数が増え、時短のスタッフも仕事を辞めずに続ける機会が得られ、双方にとって嬉しい効果が出ている」(望月氏)

  • 富山県立中央病院 放射線診断科 部長 兼 医療情報科長 望月健太郎氏

    富山県立中央病院 放射線診断科 部長 兼 医療情報科長 望月健太郎氏

DXにより収益構造にも良い影響が

CTやMRIをはじめ先進のIT機器を使った業務プロセスの合理化を進める富山県立中央病院だが、その中で苦労したのは、やはりコスト面だという。これに対し同院では、自動車の残価設定型クレジットのような仕組みを用いて原資を捻出している。

富士フイルムおよび富士通と共に診療材料管理システムを開発し、CTとMRI検査の収支を正確に計算した上で、装置やシステムに投入できる資金を算出した。具体的には、CTとMRIを6年間のオペレーティングリースで調達し、リースが終了する6年後の残存価値を設定して各装置の所有権はファイナンス会社が持つ仕組みだ。これによりこれまでよりも安価で機器を導入でき、その分のコストをさらなる投資に回せる。また、装置のリース期間に合わせて情報システムの見直しが図れる利点もある。

出町氏はこうしたDXの取り組みについて、「工場のプロセス管理と同じ概念で業務フローを考えた。業務の最初から最後までを見てどこがボトルネックになるのかを探して、そのボトルネックを一つ一つ無くしていったのが功を奏した。部分最適ではなく全体最適を目指して、ボトルネックを常に探しながら改善を続けている」と語っている。

その言葉通り、同氏はITシステムや業務フローを見直して改善するだけにとどまらず、患者を誘導する導線や注射の場所なども見直し改善したとのことだ。

  • 富山県立中央病院 放射線診断科 部長 兼 医療情報部長 出町洋氏

従来の病院では、検査のためのCT画像を撮影して病変が見つかった場合に、治療のための画像や手術のための画像を改めて撮影する必要がある。検査には使える画像でも、手術での使用には角度や解像度などが不十分な場合があるからだ。

富山県立中央病院の検査室でもこうした撮影依頼の電話が多く、日常業務の進行を妨げていたとのことだ。1回の電話は数分で済むものの、時には1日に数百件の電話対応に追われる例もあったという。そこで同院は、初回来院時に必要な画像データをすべて撮影する仕組みへと変更した。

将来的に必要になるかどうかにかかわらず、すべての患者のデータを検査だけでなく手術や治療にも使えるクオリティで保存しているという。3D画像解析システムを用いて各診療科の医師が直接データを使えるようになったため、データの保存や加工を依頼する電話がなくなり、放射線技師は検査業務に専念できるようになった。

これに合わせて、現場の医師にはクライアント端末を配布し、放射線技師へ依頼せずとも手元の端末から画像データを加工できる環境を整備した。

こうした取り組みは患者の立場としても喜ばしい。これまでは検査や治療のたびに通院し撮影する必要があったが、最初の来院で撮影が完了すれば通院の頻度や待ち時間が短縮される。また、診療報酬上も、1人の患者を複数回撮影しても初回分しか算定されないため、病院の収益の観点でも合理的だ。

「マルウェアの被害などで電子カルテシステムが止まった病院が話題となるように、院内のシステム停止は大きな事故につながる危険もある。実は1日のうちに数十分システムがダウンするようなメーカーもある中で、富士フイルムのサーバは止まらないので非常に助かっている」と、望月氏は語っていた。

  • 富山県立中央病院 放射線診断科 部長 兼 医療情報科長 望月健太郎氏

画像診断ワークフローの一部ソリューションのみを提供するベンダーも少なくない中、CT・MRIシステムからクラウド、医用画像情報システム、AIなどを一貫して提供できる点が、富士フイルムのソリューションを導入するきっかけとなったとのことだ。

2人が語るトランスフォーメーションの秘訣とは?

工場の生産管理のようなビジネスプロセスの"リ"エンジニアリングによって、業務そのものに変革を起こした富山県立中央病院。画像診断に要する時間を短縮できたことで、患者の負担が減り、検査結果が出るまでの時間も短縮。さらには画像診断を依頼する診療科の負担も減らせたほか、収益性が上がったことで次の投資にも着手できるようになった。最近では連携する地域の他の病院にも良い影響を与えられているという。

取材の最後に、DXを進めるためのヒントについて2人に質問した。すると、次のような回答が得られた。

「人は変革に対して保守的な立場を取るもので、新しいものを導入する際には古い仕組みを捨てなければならないが、捨てられない人が多い。本当の意味で業務を効率化するためには、現場の理解を得ながら全体がうまく回るように仕組みを設計してから啓蒙活動が必要になる」(出町氏)

「部分最適な業務効率化やタスクシフトを個別に進めてしまうと、業務が偏ってむしろ以前よりも悪化する場合がある。木を見て森を見ずにならないようにしてほしい。仮に自身の業務が増えるとしても、業務全体のフローを見れば生産性が向上する場合もあることを知ってもらえれば」(望月氏)