トップダウンという言葉があるが、事業、顧客、設備がすでにある中で、後継者としてトップに就任してDXを進めることは簡単ではない。3月13日に開催した「TECH+セミナー 2024 Mar. 中小企業DX 時代遅れは許されない! 中堅・中小企業がDXで生き残るためのリアルな成功例」では、「先進企業の成功要因から共通項を模索する」と題したパネルディスカッションが行われ、フジワラテクノアート、グランド印刷、石井食品の3社のトップが、それぞれのDXについて対談した。

3社それぞれのDXへのアプローチ

対談に登場したのは、フジワラテクノアート 代表取締役副社長 藤原加奈氏、グランド印刷 代表取締役社長 小泊勇志氏、石井食品 代表取締役社長執行役員 石井智康氏の3氏で、モデレーターはTECH+推進統括部 統括部長の星原康一が務めた。

  • 左上から時計回りに、フジワラテクノアート 代表取締役副社長 藤原加奈氏、グランド印刷 代表取締役社長 小泊勇志氏、モデレーターのTECH+推進統括部 統括部長の星原康一、石井食品 代表取締役社長執行役員 石井智康氏

まずは3社がそれぞれ事業概要とDX推進状況について簡単に説明した。

フジワラテクノアートは1933年創業、岡山県岡山市に本社を構える醸造機器プラントメーカーだ。国内1500社に加え、海外27カ国への設備納入実績を持つ。

DXに繋がる「開発ビジョン2050」を立てたのは2018年、「麹の製造機器では国内シェアが8割になり、それが危機感につながった」と藤原氏はきっかけを説明する。そこで、開発ビジョン2050では、醸造を原点に世界で微生物インダストリーを共創する企業を目指すと掲げ、さらなる社会課題の解決にはDXが必要だと位置付けた。

2019年にDX推進委員会を立ち上げ、3年で21のシステムを導入、1人だったデジタル人材をのべ21人に増員するなどの成果を出しているという。

グランド印刷は1969年創業、福岡県北九州市を本拠地とする印刷会社だ。シルクスクリーンからデジタル印刷まで種類と商材を拡大し、2008年、東京に進出したところでリーマンショックに襲われた。これがきっかけとなりデジタル化に取り組むようになった。その成果について小泊氏は「データ分析が可能になったために、新規事業がつくりやすくなった」と話し、1法人3事業だったのが、4法人12事業に拡大したことを示した。

現在のビジョンは「連邦多角化経営」だ。50の事業を創出して50人の事業責任者を育てるという目標を掲げている。

石井食品はミートボールで有名な食品メーカーである。戦後佃煮メーカーとして創業(第1期)、その後、ミートボールなどのチルド商品開発(第2期)、無添加調理の追求(第3期)、そして現在は地域と旬をテーマとした「第4創業期にある」と石井氏は沿革を説明する。

※石井食品では食品添加物を使用しない製造過程において商品づくりを実現している

第4創業期ではDXが重要なピースとなる。これまでデジタイゼーション、デジタライゼーションと進め、これからDXに足を踏み入れる段階だ。無添加調理を進める中で自前構築した履歴管理システムがデジタルの目玉になるという。

事業を成長させるはずが、アナログのプロセスが足かせに

3人に共通しているのは、後継者というポジションでデジタル戦略を進めていることだ。「既存の環境や状況の中でどのようにして進めているのか」。この質問に対し、藤原氏は「動機付けからスタートした」と話す。

「シェアも高いので、変わる動機付けがなかなかできませんでした。しかし、30年後の未来に向けて、会社がどのように変わるのかを、ベテラン社員とも対話しながらイメージしてもらいました」(藤原氏)

変わる姿が、自分たちの過去の挑戦を否定したものではなく、ベテラン社員が挑戦を続けたからこそ次の挑戦に進むことができるなど、将来と現在がどう繋がるのかについても話をしたそうだ。

小泊氏は、自身の危機感が大きかったと話す。2008年の東京進出時に自らが出向いたことで、紙ベースのプロセスの不便さを実感した。「事業拡大のために前に進もうとしても、アナログだと時間がかかる。基盤の必要性を実感した」と言い、トップ自らが本気になったことが響いたのではと分析した。

石井氏は前職がシステムエンジニアだったこともあり、「DXで貢献できると思って入社した」と振り返る。当時はメールアドレスを持っていない社員もいたというが、「外から入ってきて”これが良いよ”と押し付けるようなやり方ではなく、推進力になるために課題を聞いて回ることから始めた」(石井氏)そうだ。例えば、部署間の連絡があまりできていないという課題に対して、無料のビデオ会議ツールを導入するといったものだ。そのような進め方を1年ほどとった後に、冒頭の第4創業期という言葉を使って、地域の顧客と一緒に発展するモデルをつくることを言語化したという。

全社展開に向けては、全員がITを得意である必要はない

進め方について、石井氏は「使いこなす」ことの重要性を強調した。

「どんな便利なツールでも使いこなさなければ意味がありません。そこをどう後押しするのかが重要です」(石井氏)

フジワラテクノアートは2019年に部門横断組織であるDX推進委員会を立ち上げているが、委員会以外の社員にもヒアリングして非効率なプロセスなどの問題を洗い出したと藤原氏は説明する。そこで出た課題は、ビジョンの実現を基準に優先順位を付け、取り組んでいるという。同時に、ITの便利さを実感してもらうために、コミュニケーションツールなど馴染みやすいものを優先的に導入するなどの工夫も加えたそうだ。

小泊氏のグランド印刷では、推進体制を組むことはせず、同氏の直感でDXを進めてきたと語った。2011年にはコミュニケーションツールを導入、まずは若手数人で使ってみて「良い」となると全社に展開するというやり方で進めているそうだ。基幹システムの導入についても、2011年から約2年かけて、新しいものや技術に興味がありそうな若手4人でスタートした。その一方で、ベテラン社員の受け入れについては、苦労があったと振り返った。

石井氏も、ベテランでテクノロジーが不得意な社員に対しては無理強いせず、若手でITが得意な人を部署に1~2人配置するようにしたと話す。

「ITは得意分野の1つに過ぎません。チーム全員がITを得意にならなくても良いのです。助け合おうと呼びかけています」(石井氏)

小泊氏は、ビジョンを繰り返し伝える大切さを強調した。年1回開催する経営方針発表会、月例の経営会議などの機会でビジョンに触れ、「方針書」としてブックも作成した。現在では方針書を社員でつくるようになってきたという。

石井氏が「DXという言葉は社内で使わないようにしている」と話すと、藤原氏も「DXをしようというと共感が難しい。そうではなくビジョンを実現することを伝えてきた」と同意した上で、「DXという言葉の使い方も気をつけた方が良いかもしれない」とアドバイスを送った。