従来、人間が多くの工数をかけて行っていた業務にAIを活用し、効率化を図る事例が増えている。多様な事業・サービスを展開するDMM.comでは、AIの導入・活用を社外向け、社内向けともに推進。中でも一部の基盤を自社開発したカスタマーサポートの業務における生成AI活用では一定の成果が見えてきているという。

さらにこの生成AI基盤の開発は、2023年に新卒入社したエンジニアが主導して行ったというから驚きだ。

今回、カスタマーサポート業務を主管するDMM.com プラットフォーム開発本部 カスタマサポート部 部長の牛丸潤一氏と、生成AI基盤の開発を主導した同 プラットフォーム開発本部 第1開発部 CSプラットフォームグループ エンジニアの渡部大基氏にお話を伺う機会を得た。

  • 左から、DMM.com プラットフォーム開発本部 カスタマサポート部 部長の牛丸潤一氏と、同 プラットフォーム開発本部 第1開発部 CSプラットフォームグループ エンジニアの渡部大基氏

工数、コストが肥大化するカスタマーサポート業務をどう効率化すべきか

DMM.comのカスタマサポート部では同社が展開する60以上の事業のうち、30以上のサービスに関する問い合わせに24時間365日対応しており、月平均27,000件の問い合わせがあるという。それに対応するメンバーは約70名。思わず「少なくないですか?」とたずねたところ、牛丸氏も「担当サービス数を考えると、少ないですね」と肯定する。

そんなカスタマーサポート業務における課題は、人の手がかかることだ。電話やメールでの問い合わせに対応するだけでなく、その内容をまとめ、記録する。さらにそれら顧客の声をまとめたVOC(Voice of Customer)レポートを作成するといった業務もあり、「工数、コストはどんどん肥大していく」(牛丸氏)という。

問い合わせに即座に対応し、接続品質を上げるためには、現場のオペレーションスタッフがいかに手を空けていられるかが重要だ。そこで牛丸氏らは効率良く返答をするためのマニュアルの拡充や、返答用テンプレートの改良を実施。さらに、問い合わせ自体を減らすため、ヘルプサイトを充実させる、各サービスを運営する部署にVOCレポートを展開するといった取り組みも行っている。

これらに加えて始めたのが、カスタマーサポート業務におけるAIの導入・活用である。牛丸氏は「自然言語処理ができるAIが出始めたことで、人がやっていたことを代替できる可能性が出てきたと感じた」と語る。そこでAIの導入に向け、これまでもCRMなどを共に行っていたCSプラットフォームグループと動き始めたそうだ。

2023年入社の新卒エンジニアが取り組むAI基盤開発

今回、開発に取り組んだのは電話やメールによる問い合わせ内容を要約する生成AI基盤である。プロジェクトを主導した渡部氏は2023年にDMM.comに新卒で入社したばかりの言わば“1年生”。3カ月ほど新卒研修を受けた後、CSプラットフォームグループへの所属を希望したのは“人と技術を繋げるのが好き”だという思いからだ。

新卒研修時から、「AIを使っていろいろなことがしたい」と各所で話していたところ、配属後上司の勧めもあり、10月にはカスタマーサポート業務におけるAI基盤開発を主導することとなったのだという。

記憶に頼りがちだった電話対応後の記録をAIでテキスト化

導入したAIは主に3つある。そのうちの1つが、電話での問い合わせを自動でテキスト化し、要約を行うというものだ。

電話による問い合わせの場合、従来は音声データを録音した上で、オペレーションスタッフがその内容をPCでテキストにメモしていた。しかし、タイピングが苦手な人にとっては電話内容の記録にどうしても時間がかかってしまう。また、たとえベテランのスタッフであっても、15分以上続くような長い電話では、記憶が曖昧になることもある。さらに、せっかく録音した音声データも、何かがあったときに確認するためだけに使用しており、有効活用できているとは言えない状態だったと牛丸氏は振り返る。

相談を受けた渡部氏らは、音声データを文字に起こすAIと、文字データを要約するAIを1つの基盤に統合した。この基盤も含め、今回カスタマーサポート業務におけるAIは全てMicrosoft Azure(以下、Azure)がベースになっている。

同社では、エンジニアなどに向け福利厚生として「AWS・GCP・Azure実弾演習場」を提供している。これは、AWSやGCP、Azureを使った環境構築スキル習得のため、月100$まで自由にAWS・GCP・Azureを使って学習ができる制度だ。渡部氏はこの制度を利用し、Azureの知識を身に付けたことが、今回のAI導入で大きな役に立ったと話す。

「今回のAI導入は、チームとして初めてのAzure導入であり、この点でも実弾演習場が役立ちました」(渡部氏)

とは言え、その知識だけでスムーズに開発できるものではない。今回のAI基盤は辞書登録などの精度向上テクニックを採用していないというが、そのための準備は、DMM.com社内で以前から進められていた。

「AI導入のためのツールの検証がすでにしっかりとなされており、素のAIでどこまで精度が出せるのかを先輩方が実証してくださっていました。弊社には新しい技術をコツコツと研究し、共有するエンジニアカルチャーがあるのです」(渡部氏)

こうして開発された「電話での問い合わせを効率化するAI」からは、確かな成果が得られていると牛丸氏は語る。

「電話が終了した後のコールリーズンを書く約45秒の時間が削減できました。月平均7,500件あまりの電話での問い合わせに対し、約93時間の短縮につながっています」(牛丸氏)

12時間が45分以内に - 英文メールへの対応時間を大幅に短縮

2つ目にAIを導入した業務は、英文での問い合わせメールへの対応だ。DMM.comでは非日本語ユーザーからの問い合わせを、英文メールで受け付けている。月に1,000件ほどの問い合わせが届くが、英文対応が可能なオペレーターは3名のみで、全員が日勤のため、18時~翌9時までは返信できない状態だった。

では、Google翻訳などの機械翻訳サービスを活用してはどうか。その問いに牛丸氏は「問い合わせのメールにはメールアドレスやパスワードといった個人情報が記載されている可能性もあり、メールの内容をそのまま機械翻訳にかけるのはリスクが高い」と説明する。

そこでカスタマサポート部ではDMM.comのグループ会社であるAlgomaticが開発した「シゴラクAI」を使用し、AIによる英文の翻訳および校閲を行うスタイルを採用した。

Algomaticについてはこちら:「1兆円規模のビジネスも夢ではない」- Algomaticが生成AI市場に描くビジョン

これにより得られた成果は、平均返信時間の大幅短縮だ。全てのオペレーションスタッフが英文での問い合わせに対応できるようになったため、従来12時間強かかっていた平均返信時間が45分以内に短縮されたという。さらに、問い合わせ内容を適切に把握できるようになったことで、VOC分析にも生かせるようになったそうだ。

一方で課題も残る。現在はシゴラクAIと問い合わせ内容を管理するシステムが別々の基盤で動いているため、一部手動での作業が必要なのだ。「この部分もシームレスにしていければ」と牛丸氏が語ると、渡部氏は「今、がんばっているところです」と応じた。

業務に応じたプロンプトを共同で作成

AIを導入した3つ目の業務は、メールでの問い合わせ内容の要約である。これはVOCレポートを作成するために行っているもので、従来はカスタマサポート部で「CSコンサル」と呼ばれるメンバー5名が、月に27,000件ほど届く問い合わせを1件ずつ読み、レポート化していた。そこにかかる作業時間は月235時間程度。この業務が「特に人がやらなければいけないことが根強く残っていたところ」だと牛丸氏は言う。

そこに最近、渡部氏が主導した自社開発の生成AI基盤が投入された。渡部氏によると、生成AIにおける肝となるプロンプトはカスタマサポート部のメンバーと共同で作成したそうだ。

「エンジニアだけでプロンプトをつくると、実情に合わないプロンプトになってしまいます。エンジニアは技術面にフォーカスした言葉を使いがちだからです。しかも、カスタマーサポート業務においては、より丁寧な言葉遣いや、専門的な表現が使われることがあります。それを汲んだプロンプトは、エンジニアだけでは作成できませんでした」(渡部氏)

牛丸氏らは、AIが問い合わせ内容を要約してくれることで、レポートの作成時間が大幅に短縮されることを期待しているそうだ。

真の“基盤”を実現し、さらなるAI活用を

今回のAI導入にあたり、渡部氏らに与えられた期間は1カ月と非常に短いものだった。

「先輩方がさまざまな検証をしてくださっていたおかげで、仕組みづくりに集中することができました。また、チームリーダーたちが多数ある要望に対し、最低限すべきこと、今やるべきこと、今後やるべきことやそのための余白を用意することといった優先順位を示してくださったおかげでもあります。私一人ではその判断はできませんでした」(渡部氏)

牛丸氏は今回のAI導入について「着想してから実装するまでがとても早かった。アイデアをきちんとかたちにしてくれた」と話す。だが渡部氏は「全体的な課題はまだまだある。今はまだ“基盤”というには不十分なので、今後さらにカスタマーサポート業務を支えるようなAIの活用を進めていきたい」と意気込む。

また、牛丸氏は問い合わせ内容の要約だけでなく、今後は返答文のリアルタイム作成やAIチャットボットの導入など、「生成することにもチャレンジしたい」と語った。

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DMM.comで進むAI活用。中でも人が介することが多いカスタマーサポート業務でのAI導入は、目に見えて大きな成果を上げている。若手が開発を率いた同社の事例は、さまざまな企業の参考になるだろう。