九州大学(九大)は3月21日、代表的なDNAの塩基配列を変えずに遺伝子の働きを決める仕組みであるエピゲノム修飾の1つである「ヒストンH3K4me1修飾」が付加される新たな機序と、その遺伝子発現制御における機能的役割を明らかにしたことを発表した。
同成果は、九大 生体防御医学研究所の久保直樹特任講師、同・佐々木裕之特任教授(九大 高等研究院 特別主幹教授兼任)らの研究チームによるもの。詳細は、「Molecular Cell」に掲載された。
DNAは生命の設計図であり、その中から目的に沿って必要な情報(遺伝子)を転写して作られたRNAを鋳型として、あらゆるタンパク質が作られることで生命は維持されている。ただし設計図とはいっても、DNAは最初から最後まで、必要な情報のみが隙間なく埋め込まれているわけではなく、タンパク質をコードする遺伝子以外の領域も多いことが知られており、その1つが遺伝子を的確に活性化させる働きを持つ「エンハンサー」と呼ばれる領域だという。
エンハンサーはDNA上にあるすべての遺伝子(ゲノム)の座標上は遺伝子と遠く離れていても、3次元空間的に遺伝子に近づき、活性化させ、その遺伝子由来のタンパク質産生をコントロールすることを担っており、さまざまな細胞の精密な遺伝子制御に必須の因子とされる。
そのエンハンサー領域でよく観察されるのが「ヒストンH3K4me1修飾」であり、エンハンサー領域を示す代表的なマーカーとしてエピゲノム研究の重要な観察対象となっているにも関わらず、その遺伝子制御における機能や、その修飾付加の詳細な機序など、不明な点が数多く残されているという。そこで研究チームは今回、H3K4me1修飾を付加することで知られる「KMT2C/Dタンパク質」の機能欠損ES細胞を用いて、同修飾が消失した場合の影響を、ゲノムの詳細な3次元構造解析を含め、さまざまな角度から詳細な解析を行うことにしたとする。
詳細な解析の結果、そうした機能欠損細胞では、予想に反して、H3K4me1修飾の集積レベルがあまり変わらないKMT2C/D非依存的なエンハンサー領域が数多く存在したとする一方、ES細胞から神経前駆細胞に分化させた場合、分化過程で新たに形成されるエンハンサー領域のH3K4me1修飾付加は強く阻害されていることが確認され、そうした同修飾の消失に伴い、エンハンサーと遺伝子の空間的相互作用も消失していることが判明したとする。
この結果を受けて浮かび上がったのが、予想に反して多く存在していたKMT2C/D非依存的なH3K4me1修飾は、代わりに何によって修飾されているのかという問題であることから、新たに通常ほかの種類の修飾(H3K4me3)を行うことで知られていたKMT2Bタンパク質に着目し、詳細な分析を実施。その結果、同タンパク質をさらに欠損させることで、KMT2BがKMT2C/D非依存的なH3K4me1修飾に寄与し、かつエンハンサーとして遺伝子の活性化を手助けしていることを確認したという。
なお、今回の研究で着目されたKMT2ファミリータンパクの遺伝子変異は急性白血病などに見られるとのことで、研究チームでは、今回の成果を進展させることで、そうしたがん研究への貢献が期待されるとしている。また今回の発見は、細胞分化過程で遺伝子がどのように制御されるのかというエピゲノム制御機構の基礎的な知見を新たにするものであり、将来的に発生や幹細胞研究、再生医療など広い分野での貢献も期待されるともしている。