全国に1,600以上の店舗を展開するドラッグストア・スギ薬局は、経営基盤の強化を目的に人事改革を進めている。その背景にあるのは、同社の基本となる「人は財産」という考え方と、さらなる企業成長を目指す上で欠かせない人財・組織強化の方針だ。
1月22日~25日に開催された「TECH+働きがい改革 EXPO 2024 Jan. 働きがいのある企業になるために今すべきこと」にスギ薬局 取締役 管理本部長 森茂樹氏が登壇。同社における人財戦略と、具体的な取り組みの内容について語った。
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社員一人一人に合わせたキャリア支援のためにジョブ型人事を導入
スギ薬局の売上高は2023年2月末の時点で6,600億円を超え、正社員とパートナー社員を合わせた従業員数は35,000人にも及ぶ。グループの中核となるスギ薬局のほか、医療コンサルティング事業のスギメディカルや障害者雇用推進事業のスギスマイル、国内海外卸売事業のSトレーディングなど多方面に事業を展開している。
中期経営計画によると、同社は2026年度に1兆円の売上を目指しており、そのために成長戦略と経営基盤強化戦略を策定。その1つとして人財・組織の強化を打ち出している。 森氏によると、同社の人財戦略は「人は財産」というキーワードの下、6つの柱で構成されているそうだ。
ここから森氏はその主なものについて具体的に説明した。
1つ目の柱に挙げたのは新人事制度だ。
スギ薬局は以前まで年功序列制を採用していたが、3年前から段階的にジョブ型人事を導入した。
同社のジョブ型人事は、管理職と高度専門職に分かれている。管理職についてはエグゼクティブマネージャーを最上位として5つの等級を設定。昇進に加えて能力アップも考慮したランクアップと報酬アップが可能となっている。
一方、DXやM&A担当、社内弁護士や社内会計士のような高度専門職については、管理職と同じ制度では評価が難しい。そこで、個々の専門力を重視し、成果次第で管理職を上回る報酬アップができる制度を用意した。
さらに、現場店舗で活躍する店長や薬剤師、管理栄養士といった一般職についても新たな報酬アップの制度を設けた。
「スギ薬局の社員の90%が現場店舗で活躍する一般職の社員です。一般職については、ベーシック、スタンダード、アドバンス、エキスパートという4段階のスキルレベルで評価し、専門性を追求したスキルアップでランクアップと報酬アップが可能になっています」(森氏)
また、縦軸としてのランクアップ制度に加えて、職務に応じた横軸での評価制度も取り入れている。店長であれば、登録販売者資格やウェルネスアドバイザー資格の取得、店舗の売上などを評価して、店長からモデル店長、スーパーバイザー(SV)、営業部長へと昇進していく。その際、評価やグレードに連動した店長手当も支給する。
薬剤師であれば、服薬指導や地域支援体制加算、専門性を評価して、薬剤師から管理薬剤師、エキスパート、ファーマシストスーパーバイザー(PSV)といった流れで昇進する。専門認定薬剤師手当や、評価・グレードに連動した薬剤師手当などで報酬アップも可能だ。
科学的データに基づいた人財マネジメント
続いての柱となるのが人財育成である。
スギ薬局では将来を担う経営幹部人財の育成を目指し、計画的な人事異動による経験と外部教育派遣によるスキル習得に取り組んでいる。
ポイントとなるのは、こうした人財マネジメントの対象となる社員の選出を科学的データに基づいて公平公正に行うことだという。
具体的には、求人票と人事情報データベースの2つを参照する。
「求人票には、職務ごとに業務内容や求める人財像、必要なスキル、推奨公的資格などが記されています。一方で、社員は一人一人多様な情報を持っていますので、データベースの中にさまざまな情報を集約しています。例えば、価値観や行動特性、スキル、知識、経験、取得資格、異動履歴などです。こうした求人票と社員の人事データを掛け合わせることで、候補者を選抜していきます」(森氏)
仮に求人票と保有スキルが合致する社員がいる場合、問題なく求人ポストへの抜擢人事が可能となる。他方、スキルや経験、資格などが不足しており、抜擢にもう一歩足りない社員については、例えば人事異動で経験やスキルを積ませるなどして育成する方針だ。
また、社員自身が手を挙げて自らのキャリアアップに挑戦する社内公募制度も実施している。
社内公募制度というと、一般的には本社へ異動することが多いが、スギ薬局では新店舗や改装店舗、グループ会社でのチャレンジも可能なのがユニークだ。実際、一般職からも200名を超えるエントリーがあるなど、社内公募制度が社員のチャレンジ意欲促進のきっかけになっているという。
また、スギ薬局では、これまでのような全方位に向けた教育体系から、社員一人一人の能力に合わせた教育へと転換した。
具体的には、管理職や店長、一般職、薬剤師といった職務ごとに研修プログラムを用意したほか、さらにそれぞれの職務のグレード別に研修内容を変えている。
例えば、店長や専門職、薬剤師であれば、その職に「なる」ための候補者研修に加えて、「なった」社員を対象とした新任研修、そしてその職務の「モデル」となるための上位研修の3段階がある。個人によってスキルには差があるため、スキルが不足している対象者には苦手科目を補うための教育も提供している。このようにして、一人一人のスキルアップを目指すのがスギ薬局の新たな教育体系なのだ。
リテンションに注力し、人財の確保と定着を目指す
続いての柱は人財確保だ。
2026年に売上1兆円を目指すうえで、優秀な人財確保は急務である。同社は現在、キャリア採用に全力で取り組んでおり、リファラル採用やアルムナイ採用を実施しているほか、オンライン面接の導入など選考フローの見直し、即戦力となる専門職や幹部人財のスカウト採用にも力を入れている。
また、新卒採用も強化。森氏が「高い目標」だと言う1,000名の採用を目指し、能力に応じた初任給設定など、新しい取り組みでZ世代にアピールしている。
さらに、採用後の人財の定着に効果を発揮しているのが、柱の1つでもある心理的安全性を高める施策だ。
まず、15名の全役員が3カ月間にわたって全国の全ての店舗を訪問。現場の生の声を聞き取り、改善につなげる施策を2021年から毎年行っている。
聞き取った課題は各組織に振り分けて必ず検討し、改善が可能なものについては対策を行う。
「これまでに上がった声のうち、約70%に対応してきました。対応が難しい場合も、その理由を発信しています」(森氏)
そして、森氏が最も力を入れていると紹介するのが、人財流出を防止する施策・リテンションだ。
入社後の不安を取り除き、社員の定着率を向上するために、主に2つの取り組みを行っている。
「入社後1年間は毎月スマホで回答可能なアンケートを実施し、徹底的にサポートしています。また、営業部門と人事部門で連携し、離職の予兆を発見したら親身になって対応し、人事異動や上司への教育など対策を採るようにしています」(森氏)
こうした施策の結果、リテンション成功率は60%超に達し、5年前と比較して離職率は半減したそうだ。
この他にも、何でも電話で相談できる「相談ダイヤル」を設けたり、現場の声を聞くために無記名の全社員アンケートを実施したり、社員教育の一環としてメンター制度を採り入れ新入社員をサポートしたりと、心理的安全性を高めるためのさまざまな取り組みを手厚く行っている。
中でもユニークなのが単身赴任選択制度「CHOISE」である。
これは、業務の特性上リモートワークが可能な場合に単身赴任か、出張+リモートワークかを社員自身が選択できる制度だ。当該社員にとっては単身赴任による二重生活が解消できるほか、会社にとっては単身赴任にかかる経費を抑制できるメリットがある。
ワークエンゲージメントが高い店舗ほど売上予算達成率が高い
柱の1つとして、ダイバーシティ&インクルージョンも進めている。
例えば、男女関係なく能力を発揮できる組織風土の醸成がある。
森氏は「現在の女性管理職は14.5%だが、2029年度末までに30%に引き上げることを目標としている」と言い、働き方改革や育児・介護との両立支援などを行っていくと続けた。
社内の人財が健康でいきいきと働ける環境をつくる健康経営も柱の1つだ。ドラッグストアである以上、社員が心身ともに健康であることは他社よりも重要な要素だと言える。
スギ薬局では、産業医や保健師を中心とした産業保険体制を構築しているほか、生活習慣病対策やメンタルヘルス対策といった健康リスク改善の促進、さらに社内公認ランニングサークルの活用やランニングコーチによるジョギング教室の開催など、健康を維持する風土の醸成に力を入れている。
森氏は最後に、ワークエンゲージメントの重要性を次のように語った。
「調査をした結果、ワークエンゲージメントが高い店舗ほど売上予算達成率が高いことがわかりました。また、ワークエンゲージメントの高い社員の方が仕事の成果が高いこともわかっています。いかにワークエンゲージメント、そして働きがいを高めるかが大事なのです」(森氏)
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6つの方針を柱として人事改革を推し進めるスギ薬局。社員一人一人に向き合う同社の取り組みが、今後の企業成長の土台になりそうだ。
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