2022年9月15日。米アドビがある企業を200億ドル(約2兆8700億円、当時のレート)で買収するという巨額買収のニュースが世界中を駆け巡った。ある企業とは、評価額が100億ドルを超える「デカコーン」であり、デザイン開発のプラットフォームを手掛ける米Figma(フィグマ)のことだ。

買収額を「高すぎる」とみる投資家は少なくなかったが、買収に向けた調整は順調に進められていた。しかし状況は一変。2023年12月18日、アドビはフィグマの買収を撤回すると発表した。欧州の規制当局や英国の競争・市場庁がアドビの市場独占を指摘し、同社は買収が承認を得る見込みがないと判断したためだ。

アドビは買収の撤回にあたり、フィグマに契約解除料10億ドルを支払うことに。この違約金が影響し、同社が3月14日発表した2023年12月~24年2月期決算は純利益が前年同期比50%減の6億2000万ドルとなった。

独立して事業を展開していくことに切り替えたフィグマ。3月13日にはフィグマの創業者 兼 最高経営責任者(CEO)のディラン・フィールド氏が来日し、今後の事業戦略について発表した。

「買収の議論があった時から事業のロードマップは全く変わっていない。むしろ成長速度は加速している」と強気の姿勢を見せた同氏は、今後どのような戦略を描いているのだろうか。また、日本のデザイン市場を他国よりも重視する理由とは何か。

  • 米フィグマ 創業者 兼 最高経営責任者(CEO)ディラン・フィールド氏

    米フィグマ 創業者 兼 最高経営責任者(CEO)ディラン・フィールド氏

なぜ、他国よりも日本市場を重視するのか?

フィグマは、Webブラウザ上でデザイン制作ができるプラットフォーム「Figma」を開発・提供している。離れた場所にいる複数人がリアルタイムで共同編集できるのが特徴で、2020年のコロナ禍で普及したリモートワークを機に、導入企業数やユーザー数は世界中で急増した。

グローバルでみると米マイクロソフトや独BMW、日本ではNECやKDDI、メルカリなど業種業界問わずさまざまな企業がFigmaを導入している。

  • 導入企業例(グローバル)

    導入企業例(グローバル)

  • 導入企業例(日本国内)

    導入企業例(日本国内)

同社は2022年1月に日本法人であるFigma Japanを設立。同年7月には、Figmaを日本語に対応させた。英語以外の言語に対応するのは日本語が初めてだという。

日本市場を重視する理由について、フィールド氏は「日本はデザインへの愛があふれている国。しかし、日本のデザイン市場はまだまだ変革の機会がたくさんある」と、日本のDX(デジタルトランスフォーメーション)を後押しする姿勢を見せた。

また2023年における顧客企業数と収益の成長率は、フィグマがサービスを展開している地域の中で、本腰を置く米国を抑え日本が最も高かったという。2022年3月時点で1人だった日本法人の従業員は、2年間で32人まで増えた。

  • 日本は世界で最も速く成長した地域

    日本は世界で最も速く成長した地域

ユーザーの3分の2以上が非デザイナー、Figmaの魅力

フィグマのサービスは、非デザイナーであっても容易に扱えるといった点が評価されている。Figmaユーザーの3分の2以上が非デザイナーだ、

「Google ドキュメント」のように離れた場所にいる人たちが同時に扱えるため、デザイナーの協業が進み、デザイナーだけでなくエンジニアや管理職も関わりやすい。1つのURLを共有し合うだけで、社員だれもがデザインに参加してアイデアを出し合える。

デザイン制作のブレインストーミングから、概略図、モックアップやプロトタイプ、コーディングまで、一連の流れをFigmaでシームレスに行うことが可能だ。「Figmaはチームが一丸となってソフトウェアをデザインし、構築できるプラットフォームだ」と、フィールド氏は定義する。

  • Figmaのサービス概要図

    Figmaのサービス概要図

デザインのテンプレートや素材も豊富に用意されており、生成AI(人工知能)を活用した機能もある。AIがアイデアを提案してくれたり、または人間が出した複数のアイデアを整理したりする。また開発したいデザインのキーワードを入力すると、AIが適したテンプレートを用意してくれる。

  • さまざまなテンプレートを用意

    さまざまなテンプレートを用意

  • AIがアイデアを要約してくれる機能もある

    AIがアイデアを要約してくれる機能もある

開発プロセスの課題解決は“生成AI”「さらなる成長の機会はある」

フィールド氏は、現状のデザイン制作を含めた開発のプロセスにはいくつかの課題があると指摘する。

「ブレスト時点では、何を作りたいのかというアイデアが飛び交い楽しさで満ちているが、実装段階になって『真っ白なページ』になった途端、楽しさが消えアイデアも失われてしまう。またデザイナーと非デザイナー、エンジニア間で何度もやり取りが発生するという課題も残っている」

  • ブレスト時点ででたアイデアが実装段階で失われる

    ブレスト時点ででたアイデアが実装段階で失われる

  • デザイナーやエンジニア間でのやり取りが何度も発生している

    デザイナーやエンジニア間でのやり取りが何度も発生している

こうした課題の解決に導くのがAIによる機能だと同氏は強調する。「AIはデザインプロセスの敷居を下げる。想像を現実に変えるアイデアを製品化する方法を合理化することによって、さらなるDXが期待できる。そしてフィグマはこのビジョンを実現する最高のポジションにいる」と、フィールド氏は自信を見せた。

  • 今後も生成AIの機能を強化させていく方針

    今後も生成AIの機能を強化させていく方針

さらに同社は、日本市場への展開も加速させていく。独調査会社のスタティスタによると、2024年の日本のソフトウェア市場の収益は250億ドル(約4兆円弱)、また年3.75%の成長率で2028年には300億ドルに達する見込みだ。

Figma Japan カントリー・マネージャーの川延浩彰氏は、「すでに国内のさまざまな企業がFigmaを導入している。しかし、上場企業225社のうちFigmaを利用している企業は約3分の1で、さらなる成長の機会が十分にある」と語った。

また同氏は日本市場を重視する理由について、「日本のビジネスは海外と大きく異なる点がある。それは『稟議』というプロセスが存在すること。ここを攻略することはフィグマの成長に直結する」と説明した。

「アドビキラー」とも称されるフィグマ。今後も同社の動向に目が離せない。

  • (左)フィグマ・ジャパン カントリー・マネージャー 川延浩彰氏、(右)ディラン・フィールド氏

    (左)Figma Japan カントリー・マネージャー 川延浩彰氏、(右)ディラン・フィールド氏