神戸大学と鹿児島大学の両者は3月1日、鹿児島県 大隅半島の肝属山地から、既知のどの属とも異なる特徴を持つタヌキノショクダイ科の植物を発見し、新属としてムジナノショクダイ属「Relictithismia」を設立する(1930年以来の新属)と共に、その新種として和名「ムジナノショクダイ」を記載したことを共同で発表した。

  • 今回発見されたムジナノショクダイの花の正面

    今回発見されたムジナノショクダイの花の正面(出所:神戸大Webサイト)

同成果は、神戸大大学院 理学研究科の末次健司教授(神戸大 高等学術研究院 卓越教授兼任)、福岡県の中村康則氏、京都大学大学院 理学研究科の中野隆文准教授、鹿児島大学 総合研究博物館の田金秀一郎准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、基礎植物科学に関する全般を扱う学術誌「Journal of Plant Research」に掲載された。

タヌキノショクダイ科の植物(以下、同植物)は、光合成をせずに土中の菌類から栄養を奪って生活し、菌類と見紛うばかりの奇妙な花をつけることが特徴だ。キノコのようにも見えるが、れっきとした植物で、長芋などの「ヤマノイモ」の仲間に近縁である。普段は落ち葉の下の地中に隠れており、開花時の短期間のみ、地表面にガラス細工のような美しい花を咲かせることから、「狸が燭台として利用した」と見立てられて命名されたとされ、海外で同植物の仲間は“妖精のランプ”などと呼ばれている。

同植物の仲間は世界において、熱帯から亜熱帯を中心に5属100種強が存在している。日本では2属6種が知られているが、そのうちの「キリシマタヌキノショクダイ」はすでに絶滅が宣言されており、残りもすべて絶滅危惧種だ。こうした希少性のため、日本の同植物に関する知見は非常に乏しいのが現状だった。

今回の植物は、福岡県在住の植物愛好家の中村康則氏により2022年6月上旬、大隅半島でまず1個体が発見された。当初その標本は、鹿児島大の田金准教授に送付され、タヌキノショクダイ属(以下、同属)の未記載種と考察された。

  • 自生地におけるムジナノショクダイ

    自生地におけるムジナノショクダイ。(A)花の正面。(B)花の側面。花の大部分が土に埋もれながら咲いている(矢印)。(C)表面の土を払った様子。塊茎に似た特徴的な根が確認できる(矢印)。スケールバー10mm。撮影:田金秀一郎准教授(出所:神戸大Webサイト)

しかし、確認のために田金准教授が同植物の専門家である末次教授に画像を送り検討したところ、既存のどの属にも含まれない可能性が浮かび上がったという。さらに1年後には追加で数個体が発見されたことから、分類学的な研究を行う上で十分な標本と遺伝子解析用の試料を得ることができ、形態の詳細な分析から、以下の特徴が確認された。

新種「ムジナノショクダイ」の特徴

  1. 短く塊茎に似た数珠状の根を持つ
  2. 1つの花序に1つの花をつける
  3. 花は放射相称
  4. 花筒は複数の部屋に分かれていない
  5. 花筒の内部にリング状の構造を持つ
  6. リング状の構造から独立した6本の雄しべが垂れ下がる
  7. 垂れ下がった雄しべは雌しべと接している

研究チームによれば、これらの特徴の組み合わせは、日本の既存の5属にはないものであり、今回の植物がそれらとは隔絶した存在であることが突き止められたのである。

  • ムジナノショクダイとコウベタヌキノショクダイの形態比較

    ムジナノショクダイ(A・B)とコウベタヌキノショクダイ(C・D)の形態比較。(A・C)横から見た植物体。(B・D)花の断面。ムジナノショクダイでは雄しべと雌しべの高さが同じで、重複が見られるが、コウベタヌキノショクダイではそれぞれが離れて位置している。なおムジナノショクダイでは矢印の部位のみ雄しべと雌しべが接しており、反対側で接していないが、これは解剖時に花を押し広げたことによるものであり、本来は接している。スケールバー:A・C=10mm、B・D=5mm。撮影:末次健司教授(出所:神戸大Webサイト)

その後さらに確固たる裏付けを得るため、京大の中野准教授の協力を得て、ゲノムDNAを用いた系統解析により、今回の植物とほかの同植物の仲間との関係性が調査された。その結果、今回の植物は、旧世界(欧州、アジア、アフリカ)の同植物の仲間とは明確に異なり、インドの同科固有のHaplothismia属に遺伝的に近いことが示唆されたという。

しかし、その事後確率はあまり高くなく、別の解析手法を使うと両者の単系統性は支持されないこともあり、今回の植物とHaplothismia属が単系統と断定できないとされた。そして、ほかの属間同士で見られる遺伝的な差異と同程度のレベルであることから、今回の植物をHaplothismia属の新種とするのは適当ではないという結論に至ったとのこと。また、今回の植物とHaplothismia属の間には、いくつか決定的な形態的な差異もあるという。

最終的に今回の植物は、同植物の基部で分岐した系統と科内で比較的最近になって多様化を遂げた旧世界の同属との中間的な形質を持つ、極めて特徴的な種であることが示唆されたとした。

それらの情報を総合的に判断し、末次教授らは新属ムジナノショクダイ属Relictithismiaを設立し、この未知の植物をムジナノショクダイ(R.kimotsukiensis)として記載したとする。和名は、今回の植物が一見すると同属の既存種に見えるが、詳しく検討してみると似て非なるものであることから命名したとのことで、またムジナノショクダイは、開花時期でも植物体のほとんどが落ち葉の下の地中に埋まっており、その点でも地中を棲み処とするムジナ(アナグマ)の名が適しているといえるだろうとしている。

  • タヌキノショクダイ科の系統関係

    タヌキノショクダイ科の系統関係。ムジナノショクダイは遺伝的にインドに知られるHaplothismiaと最も近縁である可能性が示唆されたが、この2種間はそれぞれの枝の長さが長く、遺伝的差異が大きいという(出所:神戸大Webサイト)

なお、同植物が3属も分布している地域は世界でも他になく、日本は同植物の進化史を解明する上で重要と考えられるという。特に、同属と他の属の中間的な形質を持つムジナノショクダイの発見は、謎に包まれた同植物全体の理解を前進させるものとした。

一方で、同植物は周囲の環境に影響されやすく、国内のほぼ全種が絶滅の危機に瀕しており、ムジナノショクダイも例外ではない状況だ。研究チームは、今回の発見が契機となり、当該自生地に保護策が講じられることやさらなる自生地の発見が望まれるとしている。