2013年に「和食」がユネスコの無形文化遺産に登録されたことを発端として、世界的なブームに火が付いた「日本酒」。
この日本酒の製造にはデータ分析が欠かせないということを知っているだろうか。これまでは「職人の経験」を頼りに造られるのが一般的だった日本酒製造の現場にテクノロジーを導入し、製造のための記録や分析をサポートしているのだ。
今回は、酒造現場で活用されているデータ分析ツールについて、北海道旭川市に居を構え、「国士無双」を製造する高砂酒造 杜氏の森本良久氏に話を聞いた。
北海道の酒蔵はなぜ増えた?
とある寒い冬の日、筆者は真っ白い雪景色の北海道旭川市にいた。旭川と言えば、日本最低気温記録を持つ「日本で1番寒い町」として有名な町で、この日もスキー場と勘違いしてしまうほどの雪が降る1日だった。
ちょうどよく雪の日に旭川にやって来た筆者だったが、目当てはウィンタースポーツではない。125年の歴史を持つ酒蔵である高砂酒造の日本酒だ。
日本酒と言えば、酒造場の数が最も多い新潟県や酒米として有名な山田錦を多く生産する兵庫県などが想像されるが、今回赴いた北海道はそれらの県と比べると酒蔵の数は非常に少ない。全国でも有数の米どころとして名を馳せる北海道だが、森本氏曰く「酒米が取れるようになったのは20年くらい前から」だという。
「北海道はずっと日本酒蔵が10件程度しかなかったのですが、酒米が取れるようになって、ここ5年で4件ほど蔵が増えています。新潟などでは当たり前に行われている『地元の米を使って良い酒を造る』というサイクルが、北海道にも定着してきたのが大きいと思います」(森本氏)
高砂酒造では、このようなサイクルをより良いものにするため、地元の高校である旭川農業高等学校とともに「旭農高日本酒プロジェクト」という産学連携のプロジェクトを実施している。
農業科学科 水稲専攻班の生徒たちと一緒に酒米生産を行うほか、商品デザインや酒造り、ラベル貼りといった、酒米が日本酒になり製品化されるまでの全工程を体験してもらうことで、将来的な米の作り手の未来を支え、日本酒に興味を持ってもらうのが目的だという。
このプロジェクトを通して日本酒に興味を持った学生が高砂酒造に入社したという嬉しい事例もあるそうで、今後も日本酒造りに関わる若い世代の育成と支援に尽力していきたい考えだそうだ。
NEC 清酒もろみ分析クラウドサービスを導入した理由
このようにさまざまな良い変化を迎えている高砂酒造だが、これらに加えてテクノロジーの活用という部分でも変革を行っている。
高砂酒造は2018年、もろみ(日本酒の製造工程で、原料が発酵してやわらかい固形物になった状態)の温度経過や成分検査のサポートとして「NEC 清酒もろみ分析クラウドサービス」を導入した。同サービスは、温度や成分などの記録と官能試験結果を集約し、分析することができる日本酒に特化したサービスだ。
同サービスを活用することで、もろみの温度経過の他にも、アルコール分とボーメ度(比重の計量単位)の関係をグラフ上に直線で示し、もろみの管理に用いる「A-B直線」や、もろみの経過日数を横軸に、BMD値(留後の日数×ボーメ度)を縦軸にプロットしてできる曲線である「BMD曲線」といった、日本酒独特の分析データをクラウドに保存し、仕込み状況を日々把握しているという。
「職人が経験を積み重ねることで技術的に洗練されていく酒造りにおいて、各々の『経験』や『記憶』は非常に大切です。しかし、職人も人間ですので、忘れることや間違えることもあります。清酒もろみ分析クラウドサービスを導入して、そのことに改めて気が付けたというのは非常に良かったポイントだと思っています」(森本氏)
データの比較でより良い酒を造る
また、森本氏は導入して良かった点として「毎年のデータを比較できる」というポイントも挙げた。酒造りは非常にデリケートな作業で、同じ素材を使い、同じプロセスで造ったとしても、毎年同じ酒質の製品ができるとは限らない。
これまでも手書きの記録を記しておいて、翌年に見返すという作業は行われていたそうだが、時間がかかるため、最終的には記憶や印象で判断してしまうというケースが多かったそうだ。
「日々データを清酒もろみ分析クラウドサービスに入力しながら、その都度過去のデータと比較し、ずれているところがあれば調整しています。繁忙期だと後回しにしてしまいがちだった作業も簡単にできて業務の効率化ができたことや、根拠に基づいて調整が行えるという点で非常に役立っています」(森本氏)
ここまで高砂酒造の話を中心に聞いてきたが、日本酒業界でも「変化の時を迎えている」と森本氏は感じているようだ。
もろみの温度などを自動計測できるような新しいタイプの酒蔵が増えてきていることや、1年で最も寒い12月から2月頃までを中心とする冬場に酒を造る「寒造り」だけでなく、夏を除いた秋から春にかけて酒造りを行う「三季醸造」が可能な蔵も多くなっているという。
また働き方に関しても、働き方改革が推進された結果、泊まり込みでの作業などが難しくなり、大きな変化が起きているそうだ。
「これから先、この業界で働きたいと思って入ってきてくれる若い世代のためにも、どうしたら技術を継承しつつ働きやすい環境を生み出せるか、『蔵としてどうあるべきか』を考えていきたいと思っています」(森本氏)
今よりももっと職人とテクノロジーが手を取り合った未来。日本酒はどのような変化を迎えるのだろうか。そんなことを考えながら、筆者は今日もお猪口を傾ける。