近年、人的資本経営、従業員エンゲージメントなどを重視し、従業員を大切にすることが企業の業績改善につながるという考え方が広まっている。ウェルビーイングを研究テーマとする慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科 教授の前野隆司氏が、1月22日~25日に開催された「TECH+働きがい改革 EXPO 2024 Jan. 働きがいのある企業になるために今すべきこと」に登壇。ウェルビーイングと、人と企業の成長について話した。

身体/精神/社会的に良好な状態を指すのがウェルビーイング

前野氏はまず、ウェルビーイングという言葉について説明した。

ウェルビーイングは、1946年に世界保健機構(WHO)の健康の定義で使われたのがきっかけで広まった言葉だ。「健康とは、単に病気や病弱ではないということではなく、身体的、精神的、社会的に良好な状態」だと前野氏は解説する。

実際に、ウェルビーイングは英語で、”良好な”を意味するWell、”状態”を意味するbeingと書く。似たような言葉として、健康、幸せ・幸福、福祉などがあるが、身体的な良い状態が健康、精神的な良い状態が幸せであり、社会の良い状態をつくるのが福祉だ。

「ウェルビーイングが一番広い概念で、その中に狭義の健康、幸せ・幸福、福祉があります」(前野氏)

  • ウェルビーイングの定義

国連が掲げる「持続可能な開発目標(SDGs)では、3番目の「すべての人に健康と福祉を」がウェルビーイングと言える。

日本ではここ数年、幸せという意味でウェルビーイングが使われることが多くなったと前野氏は言う。しかし、幸せの英語としてハッピー(Happy)やハピネス(Happiness)もあるが、「それらとウェルビーイングは少し違う」と続けた。

同氏によると、ハッピー/ハピネスとは感情としての幸せを表現するという。“うれしい”“楽しい”などの感情は、数秒~数分持続する心の状態だ。例えば、ご飯がおいしくて幸せな気分だというときは、感情的なハッピーと同じ意味になる。それに対して、人生は辛いこともあったがまあ幸せだったといった長期的なスパンの心の状態を表すのが幸せという概念だ。そのような点を考えると、長期的な幸せはハッピー/ハピネスではなく、ウェルビーイングの方が適切だと前野氏は述べた。

人的資本経営の中心としてのウェルビーイング

ウェルビーイングは人的資本経営と関係していると前野氏は話す。

人的資本経営とは、財務だけでなく、従業員(=人)の資本もより良くすべきだという考え方で、人の価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値の向上に繋げていく経営手法である。

「男女の雇用機会均等、障害者雇用などに加えて、社員一人一人がやりがいを持ち、つながりを持ち、視野を広くし、思いやりとチャレンジ精神を持って働いている状態が健全です。人的資本の情報開示と投資家による投資の良き循環を回していく中心にあるのが、ウェルビーイングになります」(前野氏)

前野氏は、ウェルビーイングが人的資本経営につながる例として、社員の幸福度がパフォーマンスにどのように影響するのかを示す研究結果をいくつか紹介した。

米国では「幸福度が高い社員は、幸福度が高くない社員より創造性が3倍、生産性は31%、売り上げは37%高い」といった創造性や生産性への影響、「幸福度の高い社員は欠勤率が41%低く、離職率が59%低く、業務上の事故が70%少ない」といった欠勤や離職に与える影響についての調査結果があるという。

また、英国オックスフォード大学Wellbeing Research Centreが米国ハーバード大学と共同で、米国の上場企業1600社を調べたところ、ウェルビーイングが企業価値、株価、収益性に良い影響を与えていることもわかったそうだ。

また、日本でも幸せを感じているチームはそうではないチームより2~4割生産性が高かったという調査結果があるという。

これらを紹介しながら、「働きがいやウェルビーイングは、会社の業績や個人のパフォーマンスに影響する」と前野氏は強調。それだけでなく、健康にも良い影響がある。先進国に住む人で比較したところ、幸せを感じている人はそうでない人に比べて7.5年~10年寿命が長いという研究もあるといい、同氏は「幸せは予防医学」だと話した。