読者は、マッチングアプリを使ったことがあるだろうか。スマホが普及した今、マッチングアプリは出会いの王道、正攻法の一つになりつつある。
2012年にサービスローンチし、2022年には累計登録数が2000万を超えたマッチングアプリ「ペアーズ」では、2018年からAIの活用を強化。現在は専任チームが独自のアルゴリズムを開発しているという。
人間同士をマッチングする上で、AIに何ができるのか。AIが介入することで、より良い出会いは可能になるのか。
今回、マッチングアプリにおけるAI活用について、ペアーズの運営会社であるエウレカのデータディレクター 奥村純氏に話を聞く機会を得た。
人と人をAIでつなげるために専門チームが奮闘中
2018年頃からペアーズは本格的にAIを導入し始め、東京大学大学院 山崎研究室との共同研究開発なども経ながらマッチング精度の向上を追求してきた。現在は、AI専門チームを組成し、自社開発のアルゴリズムを日々チューニングしているという。
チームには、過去に大手ECサイトやアプリでAI開発を担当してきた経験豊富なエンジニアたちが集まっている。
「どの企業やサービスでもAIの開発そのものは容易になってきている時代だと思いますが、ペアーズのAIチームは開発から運用までをこなした経験がある多彩な人材が集まっていますね」(奥村氏)
そのため、新たなことにチャレンジする際には「それは教科書的には正しいけど、前職の経験ではこんなことがあったから懸念がある」といった議論が活発に進むという。奥村氏も、これまでの経験から最適なプロダクト開発を行えているという手ごたえを感じるそうだ。
AIによるレコメンド実装にあたっては、マッチングアプリならではの特性がある。それは、人間同士のマッチングである点だ。ECサイトのように、ページの閲覧履歴やユーザーの購入履歴に基づいて商品を薦めるAIレコメンドや、動画ストリーミングの視聴履歴を基に動画をキュレーションする機能などとはまた性質が異なる。
「マッチングアプリに求められるのは、サービスからユーザーへの一方的なお薦めではなく、ユーザー同士が双方向に好き合うことです。素敵な出会いを生み出すためのAIは、日々向き合えば向き合うほど興味深いですね」(奥村氏)
AIのチューニングには、10年以上のサービスログとユーザーデータを駆使するほかにも、行動経済学や心理学なども参考にしているそう。奥村氏は「常に“人を科学する”感覚を持っていて、いろいろなところにアンテナを張っている」と話す。
AIマッチング機能は何を重視してレコメンドするのか?
ペアーズでは、年齢や身長、家族構成、趣味などが登録されたプロフィールから相手を検索。気になる相手がいた場合は「いいね!」を送り、お互いがいいね!をし合うことでマッチングが成立する。マッチングした者同士がメッセージを交わして関係性を深める出会いの場だ。
アプリ内では、ユーザーが主体的に探す検索機能の他に、AIマッチング機能として3つの観点からお薦めの相手を知らせてくれる。自分の好みを学習して相手をお薦めしてくれる「あなたの好み」、自分のことを好んでくれそうな相手を教えてくれる「あなたのことが好み」に加え、相性が良くマッチングする可能性が高い相手を提示してくれる「本日のおすすめ」でユーザーのマッチングをアシストしている。
マッチングアプリでのレコメンド、と聞くと「年齢は25歳~30歳で相手を探している」「このアニメが好きな人同士」など、プロフィール情報を基にしたレコメンドをイメージする方も多いだろう。しかし、奥村氏は「もっと本質的な意味でのレコメンド、マッチングを目指している」と語る。
「もちろん、プロフィール情報もレコメンドにおける大事な情報です。ただ、レコメンドからマッチングしている人はプロフィール情報起点でお薦めしたユーザー同士ではないこともあります」(奥村氏)
ペアーズにおいて、レコメンドのために重要視する項目は、ユーザーの動向やマッチング率等を評価しながら日々アップデートしているとのこと。「いいね!」や「マッチング」の数をただ増やすのではなく、本当に相性の良い人と出会えるという本質的に価値があるマッチングをもたらすことを最優先にしたチューニングを行っているそうだ。
近頃はプロフィール情報以上に、「検索」「いいね!」「マッチング」「メッセージ」といったペアーズを利用する際の行動パターンや特徴、頻度といったアプリ内での行動などもAIレコメンドの材料として価値が高い指標だと奥村氏は言う。
一方、マッチングの精度を高めるためにユーザーにできることはあるのだろうか。奥村氏は「マッチングは様々な要素によって成り立つものなので一言で断定はできない」と前置きをしつつも「積極的に活動し、自己表現がしっかりできているユーザーはマッチングの精度が上がる」との見解を述べた。
「アプリ内でのメッセージや行動において、自分のことを表現しきっていただくことをおすすめします。そうすれば、AIもユーザーの好みや嗜好をより適切に学習できるようになります」(奥村氏)
積極的に動く、とは言っても、マッチングする相手を増やすべく手当たり次第に「いいね!」をするのはよろしくない。本来大して好みではない相手も、AIはその人の好みとして学習してしまう。どうやら、変に背伸びをしたり、謙遜しすぎたりすることなく、等身大の自分を表現する方が良い出会いを導く一歩になるようだ。
ユーザーの懸念点である「安全性」もAIで担保
ペアーズをはじめ、マッチングアプリが出会いの主流となりつつある一方で、未だ世間的に不安がぬぐえない「安全性」の課題がある。
実際に、マッチ後のメッセージで巧みに誘導し、仮想通貨を使った投資詐欺を仕掛けるサイバー犯罪なども報道されている。一昔前には個人単位での違反ユーザーが多かったが、現在は組織的な犯行にフェーズが移っているようだ。
こうした状況に対してペアーズでは、安心・安全性に対する対策にもAIを活用している。
「真剣な出会いというアプリの本来の目的以外で悪用しようとするユーザーには特徴的な行動パターンがあります。犯行に慣れている場合は、一般のユーザーに比べて手際が良すぎる、といった点も特徴です。AIによるパトロールと検知をサービスに張り巡らせ、悪質なユーザーの行動を把握・解析を24時間365日行っています」(奥村氏)
目視による違反行動の検知も行いながらAIでの自動検知も合わせて実施しているかたちだ。ユーザー向けにはアプリ内にセーフティセンターを設置しどんな言動をするユーザーに気を付けるべきかなどの知識を提供するとともに、安全に利用してもらうためのハンドブックなども配布している。プラットフォーム上での安心・安全対策の強化と、ユーザー側のリテラシー向上で、安心して利用できるアプリを追求する構えだ。
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PairsでAIを活用しているセキュリティ対策
奥村氏の展望「マッチングの質を追求する」
ペアーズではAIを実装後の運用にも力を入れている。奥村氏曰く、他社プラットフォームと比べた際の強みは膨大なデータ量と強固なエンジニアチームの編成だという。
「ペアーズでは、AIにマッチングの成功データや、交際に至ってサービスを”幸せ退会”した人たちの情報に加え、違反ユーザーの情報なども活用しています。安心・安全面に関しても、10年以上の運用データを学習させているプラットフォームはそこまで多くないと思いますので、その部分は強みだと感じています」(奥村氏)
今後は「マッチングの質を追求する」ことが目標だと奥村氏は話す。
「より良いマッチングを目指すとなった場合に、最終的に交際や結婚をする相手は1人だけですから、単純にいいね!数やマッチング数を増やせば良いというわけではありません。単純に語れない部分なので我々も手探りですが、自分の好みで、なおかつ相性が良い人と出会えるというマッチングの質を向上させて定量化することを目指していきたいと思います」(奥村氏)
エンジニアチームも、この目標の達成を目指して毎週定例会を行い、プロダクトチームとも綿密な連携をとっている。奥村氏曰く、「エンジニアがプロダクトチームにどんどん改善の意見を飛ばす」とのこと。他部署へ意見するのは難しいことが多いが、ペアーズでは「ユーザーの幸せを体現する」カルチャ―が社内に根付いているため、そうした壁はないそうだ。
同社では、ペアーズをきっかけに良い出会いを見つけたユーザーの声や、そこから交際・結婚に発展した声が定期的に社内に共有される。奥村氏はユーザーに対して「お相手を見つけてもらうことで、その人の人生に良い影響を与えたい」と思いを語ってくれた。
「確かに、どのようにレコメンドやマッチングがされるのか、安心・安全性は大丈夫なのかが見えず、マッチングアプリに手を伸ばせない方もいらっしゃるかもしれません。けれども、アプリの裏側にはより良い出会いを作るために動いている人々がいることを知っていただければ嬉しいです」(奥村氏)